06─悪童討伐隊


 女の心ほど複雑かつ非常に恐ろしいものはない──ということを、俺はここ最近痛いほど実感している。だってお前、ほんのちょっと前まであんなに甲斐甲斐しく気を遣ってくれてた女が数ヶ月でここまで変貌すれば俺だって嘆きたくもなるよそりゃ。
 俺が松陽に拾われるまであんなに優しかった名前は、同じ学び舎にて一緒に過ごす中で、徐々にその恐ろしい本性を現した。──名前が怒るのは十中八九俺に非があるとかそういう話はしてはいけない。いやまあ、それくらいありのままの姿を見せてくれるようになったという好意的な解釈も出来ないこともないんだけど。


「ねえねえ銀時くん、一つ聞いてもいいかしら」
「おう、何だ──何かございましたでしょうか名前さん」

周りの奴等も家へ帰りがらんどうとした部屋の柱に凭れて、目を閉じて眠るか眠らないかの狭間でうつらうつらとしていると、頭の上から名前の声がした。目を擦りながら目を開けるとそこには、口元には笑み浮かべつつも、目だけは一切笑っていない名前の姿があった。

「銀時ってさ、講武館の門下生で知り合いの人、いる?」
「いや、いねーよ」
「……そう」

どんな恐ろしいことを言い出すかと思えば、聞かれたのはそんな話。しかしそんな所に知り合いなんていない。そもそも基本的にこの塾以外に知り合いがいない。一体それがどうしたというんだろう。講武館──聞き覚えはある気がするのだが。


「あのね、私昨日ひょんなことから講武館の人たちと乱闘騒ぎになりかけたの」
「そ、そうか……」

──いやどんなひょんなことだよ!という俺の渾身のツッコミを口にさせない程度には、名前の目は冷たく光っていた。

「そこでね、あの子たち、私のことを見て、こう言ったの──『獣女だ、逃げろ!』って」
「……あ、思い出したわそれ」

確かにこの間、ちょっかいを出してきた図体ばかりデカイ奴らをぶちのめしてやったとき、講武館がどうたらだの言ってたっけ。

「そうそう。アイツら俺のこと化け物とか抜かすからよ、『俺よりもっと怖い獣みたいな女がいる』って──」
「ああ……そうなの。そう」
「すみませんでした痛い痛い俺のほっぺたがちぎれるゥゥゥゥ!」

引きちぎれんばかりに俺の頬をつねる名前に、ごめんなさいもうしませんと謝り倒す。すると、やれやれと言った顔名前はそのツマミ攻撃をやめた。

「アンタのせいで私の不名誉な二つ名だけが勝手に独り歩きしてんの!ふざけないでよほんともう」
「いやだから悪かった!悪かったって!」

まあでも獣は事実だろ、とぼそり呟くと、また名前の指が俺の腫れた頬に襲いかかる。ごめんなさいすみませんでした。

「……にしても、乱闘騒ぎ起こしかけたってことは、アイツらまた何かやらかしてんのか?」
「うん。なんか同じ塾の高杉って奴に嫌がらせしてたみたいでさ。銀時もちょっかい出されたんだもんね」
「ああ、まあ雑魚だったけどな」

すると突然、ああそうだと名前が手を打つ。

「私たちで懲らしめよう!アイツら!」
「こ、懲らしめる?」
「だってあのままだと高杉もまた嫌がらせされるだろうし、ここは私たちでぎゃふんと言わせてやろうよ」
「……俺別に正義の味方じゃねーしその高杉って奴のこと知らねーし」
「……あの悪ガキどもとっちめるのを手伝うか、“獣女”呼ばわりしたことを後悔しながらほっぺたを千切られるか、好きな方を選ぶといいよ」
「手伝いますハイ」

今回ばかりは全面的に俺に非があるし、頬を千切られるのも御免である。

「それじゃあ明日早速決行ということで」

一緒に頑張るぞー、と意気込む名前を前に、名前の恐ろしさ─もといしたたかさを再確認した俺であった。
  



back