相補的護り合い



 「銀時はさ、なんでこんな戦争なんかに参加してるわけ」

なんでって、なんでそんなこと聞くわけ、と名前の方を向くと、まだ動くな!と一喝された上に背中の裂傷にグリグリと消毒液で濡れた綿を押し付けられる。痛い痛い痛い。傷を攻めるのは反則ですってば名前さん。

「戦に出る度あらゆる所に傷つくって帰ってくるアンタが悪いんだから我慢して──だってさ、見てる限り銀時って、政治とかそういうこと、興味無さそうだし」
「いやあの、別に好きで怪我してるわけじゃないですからね俺は」

そうツッコミつつ、名前の言う「どうして戦うのか」という問いに、ふと自分がここにいる理由が酷く漠然としていることに気付かされた。

 最初は、幕府に連れ去られた松陽先生を助け出す為に戦っていたつもりだった。戦で天人相手に武功を上げていれば、いつか松陽先生が帰ってくると信じていた。でもこうして戦に出続け、多くの命を奪い、ついに“白夜叉”と呼ばれる程になった今も──当然と言えば当然だが、松陽先生が帰ってくることは無かった。そして、俺達も薄々勘づいてはいるのだ。ここでいくら天人を殺し、反旗を翻そうと、それが松陽先生を救うことにはならないということを。こんなこと、ヅラや高杉には到底言えるはずもないが。

 「戦ってるのは──何でなんだろうな……俺もよく分かんないわ」
「分かんないって、どうなのよそれ」

若干呆れ気味の名前の手が、慣れた様子で上半身に包帯を巻き付けていく。

「んー、何つーんだろうな……惰性でやってるってわけではないんだけども、よ。最初は見えてる気がしてた希望が、実は幻だった、みたいな?」
「ふーん。 ……幻、ねぇ」
「まあ、戦う意味を見失っている気がしなくもない」

ここにいて、命を懸けて戦っている意味。いざ、改めて考えてみると、俺にとって、そんなものはほぼ無いに等しいことに気づいた。

「……てかさ、それ言うなら、お前も何が楽しくてこんなとこで怪我人の世話なんかしてるわけよ」

もし俺が女だったら、こんな場所でむさ苦しい男どもの看病し続けるなんてのは死んでも御免被りたいものなのだが。名前くらいの若さであれば、こんな戦場に出向かなくとも、もっと幸せな生き方があるだろうに。──こいつなりの、信念とか考えだとかがあるということなんだろうか。

「あ。今、俺なら絶対やりたくねえわこんなこと……とか思ってたでしょ」
「良くわかったな、エスパーか何かか?」
「そのあからさまに嫌そうな表情でわかるっつーの」
「いでででで、包帯キツい……!キツいです名前さん……!」

襲い来る包帯の締め付けに、すみませんこんな大変そうな仕事こなしてるなんてマジ尊敬してます──と謝ると、名前はふっと自嘲気味に笑った。

「まあ、正直ね。自分でもなんでこんな危ない所で働いてるんだろうって思うことあるしさ。辛いことばっかで辞めたくなるのなんてもうザラ」

──でもね。

「ここで戦ってるみんなの命が、多少なりとも自分の手にかかってると思うと……やっぱり頑張ろうって思えるわけでさ。たとえ傷だらけになろうと、みんなが生きて帰ってきてくれるのを見てると、ああ、私も少しはこの人たちのこと守れてるのかなーとかね。ま、ありがちな話なんだけど」

そこで一呼吸置いて、改まったように名前は口を開く。

「私はさ、いつもアンタが無事に帰ってくる度に──ああ、生きてて良かった、明日も無事に帰ってきてくれますように、って思って、それでまた頑張ろうって思えるわけよ──知ってた?」
「……。は?何だそれ、俺への愛の告白か」
「違うわアホ」

唐突な、告白とも言わんばかりの台詞に、一瞬狼狽えてしまう。心臓に悪いことこの上ない。元から世話焼きな女だとは知っていたが、まさか俺の方が守られている側だったとは。


 ──命が自分の手にかかってる、か。
少なくとも俺にとって、今の戦いはある意味で“復讐”であり“反抗”であって、何かを護るべくして参加しているものではなかった。
 もしそこに護るべきものがあれば、この終わりのない殺し合いの日々にも、本当の「意味」が見出せるのかもしれない。
 そしてその護るべきものというものは、案外自分のすぐ近くにあるものかもしれない。

「なあ名前」
「ん、何さ」
「今考えたわ。俺が戦う意味」
「え、なになに?」

手際よく怪我の処置を終えた名前は、興味津々そうにこちらへ身体を向ける。それに応えるように、俺も真っ直ぐ名前の目を見つめた。


 「戦って、勝って、お前が無事にまたここで俺らを守ってくれるように、お前を護る」

そっか、と受け流したあと、名前の表情がみるみる変わる。

「なッ……何それ、あ、愛の告白?」
「さあな」

──解釈はご自由に。
わざと不敵に笑って見せて、俺はその場を立ち去った。


 個人的には、その解釈が好意的な方向へと傾くことを願いたいものだ。



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