預かり猫にはお気を付けて



 「総悟っ!今すぐ出動準備!」
「あいあいさー」

部屋の襖を力任せに開け放つと同時に、捜索隊活動の知らせを高らかに叫ぶ。不機嫌なまま廊下を抜けて玄関へ向かう私の後に、猫用クッキーを手にした総悟が続いた。


 場所は変わってかぶき町内の大通り。夜の街とも言われるだけあって、夕方ともなれば街はいよいよ活気づき始める。日が暮れる前には猫を見つけなくてはならない。

「……マジでコレ警察の仕事じゃないでしょ、今どき猫探しなんて探偵でもやらんわボケ」
「ここはもう腹くくりなせェ。近藤さん直々の命令なんで」 
「猫預かるなら女子の方がいいでしょ、って考えが安直なんだわ、もう、近藤さんのバカ!」
「最初に『えぇっ猫ちゃんですか?可愛い〜私もお世話したい〜』っていってたのは何処のどなたでしたっけね」
「うぐっ……!」

私だってこんな脱獄常習犯だって聞いてたら引き受けてなかったわ、とぼやくと、脱獄常習犯だからわざわざ俺達のとこまで持ってこられたんでしょ、と冷静に返された。ごもっともでございます。


 私と彼とは現在、真選組に臨時に設置された「ミケちゃん護衛隊」の隊員に任命されている。その「ミケちゃん」というのが警察本部のお偉いさんの家の猫らしいのだが、何でも家族旅行で二週間家を空けることになるから、ここは警察機関に預けておくのが一番安全だろう、という話になったらしい。
 しかしこのミケちゃんというのがなかなかの曲者で、やってきて一日で、ケージの扉を開けるという所業を成し遂げ、総悟率いる一番隊総出で捜索することとなった。その後ミケちゃんは無事に見つかった──のはいいものの、お菓子で釣られることに味を占めたのか、はたまた脱走そのものが趣味なのか、懲りずに二日三日と逃亡を繰り返した。
 流石にこちらも毎日猫の暴挙に付き合うわけにも行かず、猫好きということで、半ば強引に私が、そしてその時たまたま屯所で昼寝をしていたいた総悟とがミケちゃんの専属捜索係をさせられるハメになったというわけだ。私一人で街中徘徊は可哀想だからと──どうせそれもサボり目的だろうけど──総悟も一緒に探してくれているのが唯一の救いか。

「ま、そう気張らず焦らず行きやしょーぜ。あの猫のことだ、きっとまたその辺彷徨いてるだけでしょ」
「……そーですね」

あーしんどいわと深い深い溜め息を漏らすと、そんな溜め息ついてちゃ幸せが逃げますぜと言われた。とっくに猫にも幸せにも逃げられてます、とは言わないでおこう。何か悲しくなるから。


 ミケちゃんが見つかる気配もないまま、私達はただただ街を隅々まで探し回る。この捜索タイム中、話し相手は必然的に総悟しかいないこととなる。そうなると共通の話題が必要になるわけで、それも長い間お互い継続できるものとなると、その中身も段々と限られてくる。そして一番場が持つ話題は、そう──恋バナだ。ここ二日ほど、ミケちゃん捜索の時間は最早私の総悟への恋愛尋問タイムと化している。

「えぇ、じゃあ好きな人とかいたことないわけ?」
「ま、そういうことですかねィ」

何でもないように総悟は言った。十八歳で初恋まだとか遅すぎでしょとツッコむ。いや、中身や言動やらを抜きにしたらこの男は正直隊士一の色男?というか美男子だと思うわけでして、そんな総悟くんともなれば恋人の一人や二人、もっというなら一線を越えちゃった相手くらいは当たり前にいると思ってたわけでして。

「ええ、でもさ告白とかされたことくらいはあるでしょ?」
「告白されるほど親しくなった女がいねェんで。真選組なんてほとんど男しかいないでしょ」
「私がいるんですが」
「え、アンタ女だったんですかィ?」
「切り殺すぞサディスト」

総悟に半ば女扱いされていないことで若干心に傷を負いつつ、私は話を続ける。

「いや、嘘だ絶対嘘だね。だって顔はいいじゃん顔は」
「……顔は、とはどういう意味で」
「そのままの意味でございます」
「不思議なことに全く嬉しくないですねィ、つーか腹立つ」

そっちこそ周りで気になる男はいないのかと逆に聞き返された。
 改めてそう言われると困るものがある。周りの男といえば真選組の人達くらいしかいないし。普通に好き、な人であれば山ほどいるのだけれど。
 まあ、近藤さんはそりゃ大好きだし、山崎さんとか優しそうだし案外ああいう人が彼氏だといいのかな。ああでも何だかんだいって一番好きなのは土方さんかも、ほぼ完璧な人だよね、マヨネーズ以外。そこが致命傷だけど。マヨネーズ。

 あと、総悟は──年が近くて話しやすくて、そりゃかっこいいし悪い奴ではないとは思うけど、いざ頭の中で恋愛的目線で見てみると、何か妙にリアルに想像出来てしまうというか──それに面と向かってどう思ってるかなんて言うものでもないと思うのでここは言わないでおこう。
 一連の見解を述べて、後から「あくまで私見ですよ私見」と付け足したのだが。

「……へー、そうなんですかい、まあどうでもいいけど」

 あからさまに総悟の顔が曇った。いやいやそっちが聞いてきたんでしょと心の中でツッコむ。私何かまずいこと言っただろうか。土方さん好きって言ったのがまずかったか?あの人が他人に好かれてるのですらムカつく感じか?

「え……何か怒ってる?」
「いや、別に」
「怒ってるでしょ、どうみても」
「怒ってねェってば」

これ以上追及すると流石に怒られそうなのでここは引いておく。特に失言をしたつもりはないのだが、妙に気まずい雰囲気になってしまった。この空気でまだ猫探し続けるなんてちょっと辛いよ、ミケちゃん早く出てきてお願い、と心で祈ると、神様もこの重い空気を見かねたのか、民家の塀の上からニャアという声がした。

 「ミケちゃんだ!」

ミケちゃんは優雅に塀の上でくつろいでいた。見つけてしまえばこっちのものだ。やってやれ総悟、と目で合図する。総悟はすかさずクッキーを取り出し、こちら側の地面の上にそっとおく。

「ほ*らミケちゃん……クッキーあるよ、クッキー」

ミケちゃんは地に置いたクッキーを見つめるものの、一向に動こうとしない。それどころかこちらに物欲しそうな視線を向けて来た。

「一枚じゃ足りないというのか、この欲張り猫め」
「……もう一枚追加します?」
「うーん、やむを得ない」

了解、といって総悟がクッキーを袋からまた取り出すと、ミケちゃんはひょいと塀を飛び降りてクッキーまで歩いてきた。そこを難なく抱き上げる。
 ミケちゃんはクッキーを口いっぱいに頬張って満足気な顔だ。喉をゴロゴロと鳴らしている。

「そんじゃあ、ミケちゃんも無事に見つけたことですし、屯所に帰りますか!」
「そうですねィ、俺もちゃっちゃと帰りたい気分なんで──てか」

総悟は何やらまた思いつめたような顔をして、さも言いづらそうに口を開いた。

 「……結局名前は、俺のことはどう思ってんだ?」

 あれ、もしかして、自分だけ評価してもらってなかったことに拗ねてたのこの人?さっきのあの顰め面はそういうワケか。不機嫌そうな表情を残しつつ目線を逸らす総悟が、急に子供のように見えてくる。よし、少しからかってやろうか。

「んーと、それは次の捜索の時のお楽しみということで!」
「はァ?」
「どうせ明日もこういうことになるでしょ、話のネタは温存しとくべきよねー、ミケちゃん?」

同意してくれたのだろうか、腕の中のミケちゃんがにゃーと鳴いた。総悟はふてくされたように、ケチ、とだけ言い放って、スタスタと来た道を戻り始める。

「あっちょっと待って、置いてかないでよ!」

私の評価は気にする割にこっちのペースはお構い無しですか!と文句を言いながら小走りで総悟の隣に並ぶ。腕に抱えられた猫は、大人しく縮こまっている。

「ってか、それにしても……なーんで逃げちゃうかね……ミケちゃんそんなに私のこと嫌い?」
「足りてねーんですよ、愛情が」
「うーん、そっか……もっと構ってあげた方がいいのかなぁ」

抱き上げて目線の高さを合わせ問いかけた私に、ミケちゃんはただ首を傾げるばかりだった。


▽▽▽

 ──うーん、そっか……もっと構ってあげた方がいいのかなぁ。


「……当たり前だろ、んな事は」

昨日名前が口にした言葉が、頭の中で何度もリフレインする。目の前にはケージが一つ。檻の中の猫は、期待するような瞳でこちらを見ていた──ちっと欲張りすぎたのかもしれねーな、テメーも俺も。

「ま、こっち甘やかし過ぎたのは名前の方だろ」

だから俺ァ悪くねーでしょ──と独りごちた。
 こんなケージのドアを猫が開けれる訳ねーだろバカ、と思う。この部屋の主はきっともうすぐ帰ってくる。そうしてまたやかましく騒ぎ立てながら俺の部屋へとやってきて、俺を猫探しへと連れ出すのだろう。
 悪気があったわけじゃない。まずいだろうと思わなかったわけでもない。それでも偶然もたらされた二人きりの時間は、それ一回だけで俺を動かす力があった。
 ただ、罪悪感と紙一重に位置する幸福感は、回数を重ねるごとに、名前の深い部分に踏み込んでしまいたいという気持ちを強めていく。この猫が少しの餌だけじゃ満足できなくなっていくように。

 ──次のお楽しみ、か。
どうやら名前は、この猫のことを厄介な預かり猫と思っているみたいだけれど。

「……一番厄介なのがここにいるかもしれねーぜ」

ケージの鍵を外すと、猫はこちらを一瞥し、いつものようにそのまま姿を眩ました。



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