present for you



 構内に植えられた木々が徐々に紅葉を始め、季節はすっかり秋へと移り変わってきている。それはすなわち、担任である──そして私が密かに想いを寄せている──銀八先生の誕生日が近づいていることを示していた。
 今年の誕生日はサプライズでプレゼントをあげよう、とは予てから決めていたものの、そもそもあの人の趣味や好みもわからない。単純に「誕生日に欲しいものありませんか」と聞けば済む話だろうけど、そうしたら生徒からプレゼントは受け取れないだのと突っぱねられかねないし、そもそもそれはサプライズプレゼントでも何でもない。
 極秘のうちに先生の好きなものをリサーチするべく、私の調査が始まった。


 放課後。いつものように敷地内全面禁煙の校舎の屋上で堂々と煙草を蒸すその背中を発見し、これまたいつものように話しかける。

「今日も一日お疲れ様でした、先生」
「おー、苗字。何か用事か?」
「いえ特に何も」
「うん、だと思ったわ」

ファーストアプローチは成功だ。普段から意味もなく話しかけておいて良かった、と心の中で思いつつ、先生と世間話をひと通りしたのち、いよいよ本題に入る。

 「──あ、そういえば先生って最近ハマってるものとかあったりってするんですか?」
「特にこれといったものはねーな。いや、ジャンプと糖分は常に俺の必需品だけどさ」
「……ですよねー」

糖分──どうも曖昧な回答だ。いや、スイーツと解釈出来ないこともないけれど。まあ、そもそも普段からジャンプと糖分にしか興味を見せないような人だ、当然といえば当然の答えか。


 「んで、それがどうかしたか」
「あ、いえ、何でもないんです!先生のマイブームって何かなあって思って!」
「んなの聞いて面白いのお前?」
「お、面白いですよー、先生ってホラ、傍から見てて何を糧にして生きてるかよく分かんないじゃないですか!」
「何それ、喧嘩売ってんの」

──本当のことを言えば、貴方の欲しい物を聞き出して、サプライズでプレゼントを渡したかったわけなのですが。
まさかそれをバラすわけにもいかず、先生に別れの挨拶を告げると、私はそそくさと屋上を後にした。

 とりあえずプレゼントの方向性としては──やはり甘い物で攻めるべきか。しかし甘い物といっても色々あるし、もう少し検討が必要だと思いつつ、次の調査のため、私はZ組の教室へと向かった。


 教室には、残って二人雑談をしていたらしい神楽とお妙の姿があった。

「あら、名前。どうしたの、何か忘れ物?」
「ううん、ちょっと二人に聞きたいことがあって」
「お、名前!何かあったアルか?」
「ええっと、実はですね……」

銀八先生の好きなものって何か知らないかな?具体的なやつで──と、先生にプレゼントを渡したいという旨を説明するした。もちろん私が先生を好きだということは隠して。二人はクラス内でもかなり先生と親しい方だし、それなら何か新たな情報を入手出来ないかと踏んだわけだ。

「ああ、そういえば銀八先生もうすぐ誕生日ですものね。うーん……何か良いものあったかしら」
「あ!そういえば先生前に、女子から手作りのモノがもらいたいって言ってた気がするネ!」
「神楽、それほんと!?」
「うん、『うーん、やっぱ女子からの手作りの贈り物って響きがロマンだよなあ』言うてたアル」
「それだッ!」

これで大体のプレゼントの形は決まったも同然だ。ありがとうファインプレーだよ神楽、と賞賛の言葉を送った。

「女子からの手作りのモノがほしいっていうなら、私も先生に誕生日プレゼント作ろうかしら……卵焼きでも」
「お妙、誕生日が命日になっちゃうからそれ」

本当にあの暗黒色の劇物、もとい特製卵焼きをあげかねないお妙にやめておくよう言い聞かせつつ、二人にお礼を言って私は教室を後にした。


 ──ここまでの情報をまとめると、先生にあげるプレゼントは、スイーツ、かつ手作りのものが良いと思われる。となれば問題は、一体何を作るか、だ。甘い物と一口に言っても、クッキーだったりドーナツだったりプリンだったり色々あるわけで。先生って何が好きだったっけなあ、いつも何食べてたかなあ、と思案を巡らせていたとき、ふとある記憶が頭の中にフラッシュバックした。


*▼

 ハッキリと覚えている。それは、クラス替えから少し経った、まだ私が3Zに転入してきてすぐのこと。
 他人とコミュニケーションを取るのに特段優れていたわけではない私は、みんなの並外れた明るさや勢いの中に上手く溶け込めずにいた。もちろん仲間外れにされているというわけではないけれど、どうにもクラスの中では息が詰まってしまって。そんな息苦しさから逃れるように、私はよく一人で屋上から空を眺めていた。 

 その日もいつものように、屋上で一人何をするでもなく座っていると、どこからか煙たい風が流れてきた。その風の吹いてきた方へ目を向けると、そこには、いつからいたのだろうか、咥え煙草でぼんやりと立っている、およそ教師らしからぬ教室──銀八先生が立っていた。

 「……校内、禁煙ですよ」
「あのさ、いつも言ってるけど煙草じゃなくてペロペロキャンデーだから」
「胸ポケットから見えてます、ライターが」

あーこれはちげーんだよ緊急時用のだよ、と意味不明な言い訳をしながら、先生はポケットから携帯灰皿を取り出して火を消した。

 「──ていうか先生、何しに来たんですか」
「……見ての通り、煙草吸いに来ただけだ」
「嘘つき」

嘘じゃねぇって、と先生は苦笑した。

「先生いつも学校の外出て煙草吸ってるじゃないですか」
「たまには場所変えてみようと思ったんだよ」
「わざわざ生徒がいる前で校則違反しないでしょう普通」

 言ったあと、この先生は違反も平気でしかねない普通じゃない人だったなと思い出したけど、先生は観念したように頭を掻いた。

「あのよ……苗字さ。ちゃんと今、学校楽しめてるか」
「……それは、楽しいですよ」
「嘘つけ」

さっきの意趣返しのように先生は言う。

「ホームルームの時も授業中も、お前全然笑ってねーもん」
「笑ってます、ちゃんと」
「笑うってのは、“ちゃんと”するモンじゃねーだろ」
「…………。」
「……こんな先公でよけりゃ、話聞くけど」

何だ、全部バレてんじゃん。何もかも見透かされてるじゃんか。
 そう思うと何だか全てをぶちまけてしまいたくなって、私はぽつぽつと先生に話し始めた。

「まあ……楽しくないわけじゃ、ないんです。でもどうしても、みんなみたいに明るく振る舞えなくて」
「ああ」
「みんなのこと、大好きなんです。うるさくてバカみたいで……でも本当優しい人たちばっかりで」
「ああ」
「自分から壁作ってるくせに……それをどこか他人のせいにしてて……わたしほんと、ダメですね、ほんと……っ」

寂しさと自分への苛立ちが混ざりあって滅茶苦茶になった私の言葉を、先生は黙って受け止めてくれた。流れてきた涙を拭っていると、ぐいっと手を引き寄せられて、私の身体がすっぽりと先生の腕の中に収まった。大きな手が私の頭をぽんぽんと叩く。ただでさえ酷かった嗚咽が、余計に増幅される。

「……正直アイツらのノリ、っつーか馬鹿さ加減には俺も手を焼いてるし、転校生からすりゃ何だコイツらって感じなのは分かる」

でもよ、と先生は続けた。

「アイツらは誰よりも優しくて、最高の生徒だ。担任の俺が言ってんだから、間違いねェ。 
 だから……少しずつでいい。少しずつ、気張るのやめてみろ」
「はい……ッ」

 ようやく嗚咽が収まってきたのを見て、先生は私の身体を離した。

 「あの、ほんと、楽になりました……ありがとうございます」
「お前も俺の大事な生徒なんだ。あんま色々抱えすぎんな」
「はい……わかりました」

先生はさぞかし目を真っ赤に腫らしているだろう私を見て微笑むと、あ、と何かを思いついたような顔をした。

「銀八先生から名前ちゃんに、とっておきのプレゼントだ」

そう言って先生は何かをポケットから取り出して、私の手に握らせた。手を開くと、そこには透明なフィルムに包まれた小さなチョコが三つ。

「あの、これって」
「まあアレだ。甘いもんでも食べてリラックスしてこーぜ、ってことよ」

 何かあったらちゃんと言えな、と念を押して、先生は屋上を去っていった。
 ──先生、甘党だったのかな。
手のひらに乗ったままのチョコレートのうちの一つを包みから取り出して、口に放り込む。先生から貰ったチョコは、市販品の癖にいつもと全然違う味がした。

 「教師の癖に、カッコつけすぎですよ」
 強がって言った一言は、誰にも聞かれることなく風に流されていった。




 「そうだ、チョコレート!」
あの時助けてもらったお返し、というわけではないけれど、手作りのチョコレートをあげるというのはなかなか名案そうだった。もうすぐ迎える10月10日に向けて、早速材料を買いにいくことにした。



 時は流れ、いよいよその日がやって来た。結局定番のチョコトリュフを作ることにした私は、猛練習に猛練習を重ねた。きっと先生の口にも合う仕上がりになっている、はずだ。
 リボンを巻いた小箱を持って屋上へ向かうと、そこには私の予測通り、煙草を吸う先生の姿があった。

 「銀ー八ー先ー生ー」
「おー、どした」

先生は例のごとく気怠げだ。てっきり向こうから誕生日プレゼントをせびってくるかとも思ったが、どうやら私の予想は外れたようだ。

「あ、今日は用事ありますよ!」
「え、そうなの」
「ふふふ。今日は何の日でしたっけねー?」
「今日……って何かあったっけか」

まるで検討もつかない、というような顔の先生に見せつけるように、手に持っていた小箱を差し出した。

「銀八先生、誕生日おめでとうございます!」
「…………!」

意外にも先生はまさか私がプレゼントをあげるとは思っていなかったようで、目を丸くして私を見つめた。してやったり、である。

「え、マジで?ドッキリとかじゃなくて?」
「ドッキリで誕生日祝わないでしょ普通」
「そうか、あーマジでか……え、開けていいのコレ?」
「どうぞどうぞ、開けてください!」

じゃお言葉に甘えて、と包みを開けた先生は、またまた驚いた顔で私を見た。

「え、コレまさか手作りか」
「不肖苗字名前、頑張っちゃいました」
「そうか……マジで嬉しいモンだな、こういうの」

あの銀八先生に嬉しい、と素直に口にされて、ウッと変な声を出してしまいそうになるのを抑える。顔が赤くなっていないか心配だ。
 しかし先生は一転、何やら気まずそうな顔をした。

「……本当はよ、あんま生徒から物貰うなって釘刺されてんだよね、校長に」

え、それってまさか受け取ってもらえないってことですか。気持ちだけ有難くもらっとくよってことですか?火照った顔が一瞬ですっと冷たくなる。
 
「じゃあ、貰ってくれないんですか……?」
「いや、銀八先生へしたプレゼントは返却不可って校則あるから貰うわ」
「いつ誰が作ったんですかその校則」
「今俺が作りました」

なんなんですかもう落ち込んで損した!とまくし立てると、お前からプレゼント貰っといて突っ返すわけないだろ、と言われた。青ざめていたはずの頬がまた熱を帯びるのを感じた。そういうこと平気で言っちゃうところがズルいよ先生、と一人心の中で叫ぶ。先生ってば本当は私の気持ち知ってるんじゃないの、と問い詰めたくなる。

「上手に出来てるな、これ。めちゃくちゃ練習したろ」
「あ、分かっちゃいます?」
「おう、分かる分かる」

先生のために精一杯練習したんですよ、と恥ずかしさを押し殺して言うと、大きな手で頭をぐしゃぐしゃ撫でられた。

「まさか生徒から手作りのお菓子貰えるなんて思ってなかったわ」
「いやいや……手作りといってもそんな大層なものじゃないですからっ」

あまりに感動されるものだからこっちもあまりにも恥ずかしくて俯いていると、先生が私にとんでもない一言を放った。

「俺のために苗字の時間を割いてくれたっつーことが一番嬉しいっつーことよ。ほんとありがとうな」

なななにいってるのこの人!もうこれでは動揺を隠しきれない。絶対顔真っ赤になってる。──あの、先生。

「もしかして、気づいてます?」

何を、と聞く勇気はなかった。もう絶対バレてるし。バレてなかったとしても今の反応でバレたし。

「え、何が?」

先生はぽかんとした顔を浮かべたが、これももう信用ならない。先生、私のことからかってるんでしょ。疑り深く睨みつける私に、先生は困ったように、かつ悪戯っぽく笑いかけた。

「そういう苗字こそ、本当は気づいてるんじゃねーの?」
「な、何がですか」
「俺がお前と同じことを考えてるってことにさ」

え、それってつまり私が先生のこと好きってしってるってことじゃん、やっぱ気づいてたんじゃん!
 と頭を抱えてから、もっと重大なことに気がついた。同じ事考えてるって、それって、それって。

「え、う、う」

──嘘でしょォォォォォ!!!???

先生のニヤニヤした視線の先で、私の幸せかつ悲痛な叫びが屋上にこだました。



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