花占い



 愛する人の幸せが自分の幸せだなんて最初に抜かした奴は、とんだ聖人君子だと思う。それが本来あるべき愛の形なのだとしても、俺はそんなに出来た人間にはなれそうにない。


 「──嫌い、好き、嫌い、好き……ああっ嫌いだ……」

コスモスの花弁の最後の一枚をちぎって、名前はガックリと肩を落とした。地面に散らばった花びらを眺めて、しょんぼりとしている。後でちゃんと片付けろよ、と注意するも上の空な様子で、はい、と名前は返事をする。

「やっぱり嫌いなんですかね、私のこと……」
「いや、俺が知るかよ」

昨日は“好き”が出て一人ではしゃいでただろうが。

 「そんなもんアテにしてねーで、もっと、こう、自分から何かすりゃいいだろ。こっちから話しかけるとか」
「やっぱり……そうですよね」

手元に残った茎と萼だけのコスモスを見つめて、名前はがっくりと項垂れた。


 名前の様子がおかしいと気づいたのは、一ヶ月ほど前のことだった。それまであれほど真面目でしっかり者に見えていたあいつがある時から急に、心ここにあらずといった様子を見せるようになった。近藤さんに聞いても山崎に聞いてもいつもと変わらないと言うし、俺の勘違いだろうかと放っておこうとしたものの、どうにも名前のことが気にかかる。タイミングを見計らってそのことに付いて問いただすと、名前は驚いたように俺を見て、誰にも言わないように前置きをした上で、その理由を教えてくれたのだった。

──私、沖田隊長のことが好きなんです。

 最初に聞いた時は何かの冗談かと思ったが、それを知った上で見てみれば、名前の態度は分かりやすいものだった。総悟と話しているときにはいつもより声のトーンが上がっているのが分かるし、何より表情が違っている。総悟の方は全く向けられた好意に気づいていないようだが。
 まあ何にせよ、俺がそれを知ったところで、あとのことは当人たちに任せる他ない。ガキの恋愛じゃないんだから、第三者が二人の関係に口を出すものでもない。だからこうしてその告白を聞いた後も、名前たちの関係も全く進展しないままだ──唯一何かがあったといえば、俺が名前に向けていた感情が、部下に対する親愛の情とは違っていた、ということに気づいたくらいだ。


 俺に秘密を打ち明けてから、二人でいるときに、名前は悩みごととも愚痴ともつかない話をするようになった。最近はよくこうしてその辺に生えていた花なりを詰んできては、縁側に座って飽きもせずそれをちぎっている。

「やっぱり、待ってるだけじゃ何も始まらないですよね……」
「……まあアイツは、そういうの自分から言うような奴じゃねーからな」

 “好き”であることに喜ぶ顔も、“嫌い”であることに悲しむ顔も、俺は嫌いだった。結局どちらの結果になろうとも、それで名前の心が変わることはないのだ。俺は出来た人間じゃないから、例え名前の願いが叶おうと、心から喜ぶことなんて出来るはずがない。

「……よし、決めた!」
「ど、どうした?」
「私、これで占い最後にします。この花で、沖田隊長に告白するか諦めるか決めます!」

──きっとこのままぐずぐずしてても何もいいことありませんから!

そう言って、名前は庭に降りて、端に咲いていた小さな花を摘んでくると、また縁側に腰掛けて、いっそ笑ってしまうほどに真剣な顔で花と睨み合っていた。


 愛する人の幸せが自分の幸せ、と思うことが正しいのなら、俺はいつまでも正しい人間にはなれないだろう。たとえその結果がその人の望まないものであっても、それが俺にとっては良い結果であったなら、きっと俺は自分の幸せを望んでしまうだろう。

 一枚一枚と宙に舞っていく花びらが、名前の恋が終わるように背中を押してくれたなら。そう願っている俺の心を知ったとき、お前は何と言うだろうか。



back