今宵のキスは甘いだろうか


 ぐるりと店内を見渡せば、目に入ってきたのは懐かしさを誘うお菓子や玩具の数々。カルメ焼きに十円ガム、糸引アメ、ポットに入っている、色とりどりのガラスで模様を打ち出したおはじきやビー玉。

 「また随分と懐かしいモンが置いてある店だな」
「そうでしょ!ずっと前から入ってみたかったんですよ、ここ」

土方さんは仕事中の真剣な眼差しとは打って変わって、昔を懐かしむような柔和な表情を浮かべていた。


 今日は久しぶりに、土方さんと一緒に街へと遊びに来ている。仕事絡みでなく二人で江戸の街を歩くのは何ヶ月ぶりだったろうか。名ばかりとはいえ国家公務員である真選組では、休暇もなかなか取ることが出来ない。ましてや相手がその真選組のNo.2ともなれば、お互いの休暇を合わせるのも一苦労というわけで。今回は、たまには水入らずで羽でも伸ばしてこいという近藤さんのありがたい気遣いのおかげで、二日間もの休暇を頂いて、こうして二人きりで、いわゆる“デート”というものを楽しんでいる。
 お前の好きな場所に付き合う、と言われてしまった私は、前から気になっていたものの行く機会や一人で入る勇気がなかった、下町の小さな駄菓子屋を訪れていた。土方さんもなかなか楽しんでくれているみたいだし、私のチョイスは間違ってはいなかったみたいだ。


 「あ、さくらんぼ餅だ!懐かしい」
「あー、昔よく食ったなそれ。ん……おい、マヨネーズのスナックなんてあんのか」
「絶対土方さんそれに反応すると思いました」

店内にはそれこそ子供時代によく食べたような駄菓子がずらりと並んでいて、そこから小さな頃の記憶も蘇ってくる。少ない手持ちで必死に十円の当たり付きお菓子を当てようとしたり、竹とんぼを買って近所の友だちと飛ばしあいっこをしたり。ちょっとした時間旅行でも楽しんでいるみたいだ。


 すると、視界の端に何やら懐かしい小さな小箱が写った。パッケージは煙草の箱を模したもので、中に入ったラムネ菓子にはココアやオレンジにブルーベリーなど様々な味があるものの、そのどれもがいわゆる紙巻き煙草の形に似せて作られていた。


「あ、土方さんの大好きな煙草ですよ」
「果物味のラムネを煙草とは呼ばねェ」
「子供にとってはこっちも本物みたいなものなんですから」

まだ煙草が私にとって“大人の特権”だった頃、お酒と並んで煙草という存在は大人を象徴するアイテムだった。喫煙の真似事に何故か優越感とも背徳感とも言えない幸せを感じて、よく真っ白な細身のラムネを咥えたものだ。煙の出ない煙草の、甘いハッカの香りを胸いっぱいに吸い込むと、自分が少し大人になったような気分がした。あの頃の私にとって、煙草は甘く美味なものだった。



 「大人になってから、実際の煙草がそこまで美味しいものじゃないって分かりましたけど」
「そりゃ、ラムネと比べたら美味いもんでもねーだろうよ」

俺だって惰性で吸ってるだけだ、と土方さんは苦笑する。と、ふと何か気づいたようにさっと表情が変わった。

「……つーか、名前って煙草吸わねェよな」
「はい、吸ってませんよ」
「じゃ、なんで不味いって知ってんだ?」


 一瞬、ぐっと返答に困る。えーっとそれは土方さんが吸ってるからであって──それってつまりそういうことなんだけど。普通に言ってしまったものの、結構これって恥ずかしい発言だったのでは。ふと色々なあれこれが思い出されて急に顔面に熱が集まる私の目を、土方さんは不思議そうに覗き込む。

「あ……あのですね、──苦いから、です……」
「苦い?」
「……苦いじゃないですか!土方さんの、その!」

──キスとか何かそういうアレが!
出来るだけ小さな声で叫ぶと、あからさまに土方さんが狼狽えるのが分かった。

「あー……そ、そうか。すまねェ悪かった……苦い、か?」
「ちょ、ちょっとだけ?」

あーでも気にしないでくださいごめんなさい、と謝る私に、更に土方さんは申し訳なさそうな顔をする。

「いいんですよ、全っ然気にしてませんから、本当に!」
「いや、でもよ……」

なまじ人が良いだけに気を遣わせてしまったことに、この話題を振るんじゃなかったと後悔する。
 すると、土方さんがなにか閃いたように棚のシガレットを手に取った。

「どうしたんですか?」
「変えりゃいいのか、今日だけでも……?」
「え?」

疑問符を浮かべる私を差し置いて、土方さんはレジへとその小箱を持っていった。箱の中身はココアシガレット。
 明日も一日非番だ。今日だけは夜更かしが許されるだろう。勝手にまたあの苦いキスが思い出されて、冷めたはずの頬の熱が再びぶり返してきた。

 ──ああ、今宵のキスは甘美だろうか。子供の頃の甘いシガレットの記憶が、急に艶やかなものに変わっていくような気がした。
  



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