硝子瓶越しに接吻を
付属のプラスチック製の玉押しで、飲み口を塞ぐビー玉を力いっぱい押し込む。ビー玉が外れる小気味よい音と共に、透き通った水色のガラス瓶から、泡がじわじわと噴き出してきた。
「おい、泡止まらねェぞこれ……!」
「副長が開けるの下手くそなだけですってば」
キャップを押さえつけて無理やり止めようとはしたものの、泡はその隙間から零れ出してくる。言わんこっちゃない、だからラムネは面倒だと言ったのに。仕方なく、そのまま飲み口に口付けて、溢れ出す澄み切った清涼な炭酸飲料を飲み込んだ。懐かしい、爽やかな香味が鼻を通り抜けていく。
真夏の昼下がり、茹だるような暑さの中、俺と名前はいつものように市中のパトロールに当たっていた。その道中、街角の商店にて瓶ラムネを売っているのを見かけた名前がいきなり、あれが飲みたいと言い出したのだった。
「副長、あそこのラムネ百円ですって!あっイチゴ味とメロン味もある……これは買いですよ!」
すごいですねー、とキラキラと目を輝かせるその姿は、まるで子供のようである。イチゴ味とメロン味の何がそんなに名前を惹き付けるのか、俺にはさっぱり分からない。いや、そういう子供っぽい所が好きと言われればそれまでなのだが、今はそういう問題ではなくて。
「あのな、わざわざあんな面倒くさい飲み物にしなくてもいいだろ?ほら、あっちに自販機あるしよ」
店の近くに置かれた自販機には、コーラやサイダーも取り揃えてある。第一ラムネといえば開けるのがいちいち面倒なイメージしかないのだし、わざわざ店で買わなくても──
「絶対!ラムネが!いい!で!す!」
「あーわかった。わかったから」
「やった!ありがとうございます!副長大好き!」
「だ、大好き……!?」
──と、いうわけで、俺は名前からの熱烈なラムネへのラブコールを突っ撥ねることが出来ず、結局その店で、しかも俺の奢りで二本ラムネを購入することとなった。
慌てて吹き零れたラムネを飲む俺の横で、名前は桃色の瓶──イチゴ味らしい──の飲み口に玉押しをあてがう。
「私なら、もっと上手に開けられますもんね……っと」
宣言通りこともなさげに瓶を開けて見せた名前は、どうだ、と言わんばかりのしたり顔でぐびぐびとイチゴ味のラムネを飲んでいる。その顔に浮かべる幸せそうな表情は、たかがジュースに対するそれとは思えない。まあ、奢った甲斐があったというか……何というか。
「……お前もまた随分美味そうに飲むな」
「えー、だって美味しいじゃないですか!イチゴ味ってのもポイント高いですよ」
ていうか、副長のラムネも一口くださいよ!と何でもないように名前は瓶を俺に要求した。どうして平気でそんなこと提案してくるんだか。
「あのな……お前な、ちょっとは気にするべきことがあんだろ」
「え、何が……あ、もしかして人とあんまり回し飲みしたくないタイプでしたっけ……?」
「いや、いいんだよ……いい、んだけど、よ」
異性で回し飲みとか、そういうの気にすんだろ普通。敢えてこっちはやんわりと断ろうとしているのに、当の名前は全くそれに気づいていない。
「ええ?私と副長の仲でしょ?もう、水臭いなあ」
「なーにが水臭いだ」
私と副長の仲──とは言うけども、実際のところ別に名前との間は何も無い、というか俺の一方的な感情くらいしかないのが現実だ。……というか、俺が全くそういう対象として見られていないからこういうことを平気で言えるんじゃないのか?
街のど真ん中でラムネ瓶を持ったまま、ネガティブな思考が頭を占めていく。全く、俺の気持ちも知らないで平気な顔しているのだから、こいつも大概な人たらしだ。
その読めない行動に翻弄される俺の真意を知ってか知らずか、名前は俺のラムネ瓶をさっと受け取り、挙句の果てには自分の瓶を俺に差し出した。
「副長も飲みます?イチゴ味!」
子供のように笑う名前の誘い、もうその無邪気さには騙されないぜと拒む──ことも出来ず、俺は心中穏やかでないまま、桃色のラムネ瓶を受け取ってしまった。
不本意かつ厄介な間接キスが、片恋に頭を抱える俺の悩みを、また一層深刻なものへと変えた。