浦木吏と賭け事


「きたッ『猪鹿蝶』!!」
 キラウシの声が部屋に響き渡る。新聞を読んでいた浦木は何事かと様子を見れば、門倉と花札をしているキラウシが上がったようで騒いでいる。対して門倉は先ほどから一度も上がれていないのか、ぶすっとした表情を浮かべている。花札のような『引き』がかかわるような遊びでは運の悪い門倉に勝ち目はないだろうに。
「キラウシ強いですか?」
 新聞を畳みながら浦木がそう聞くと、門倉は「まあまあじゃないの」と負け惜しみを言うが対面で煽るようにはしゃぐキラウシを見て眉間に皺をよせていた。
「じゃあ次は僕としましょう」
「スンケ(嘘つき)ニシパ、花札強いのか?」
「う〜んまあまあじゃないですか」
 いつも通り胡散臭い薄ら笑いを浮かべながら浦木は花札を手に持ってかしゅかしゅと良く繰り始める。
「何か賭けますか」
「じゃあ買った方が門倉に好きなものを買ってもらう」
「なんで俺が損することになるんだよ」
 門倉が訴えるが浦木は知らんこっちゃないと言わんばかりに「いいですよ〜」と軽く返事をする。何もよくはない。
 浦木は場の札を置き手札を配って残りを山札として畳の上に置く。準備ができたようだ。
「ん……」
 自分の手札を見たキラウシだったが、手札に藤の札が3枚、梅の札が3枚、それも一番いい札は無いうえに残りの2枚も牡丹と菊の一番下の札とまあひどい有様だった。門倉の引きの悪さをオソマと言った直後にこの引きはさすがに彼も閉口せざるを得なかった。
 後ろから手札を覗きにきた門倉も思わず「さっきの俺くらい酷いな」と言う始末で、キラウシは「覗くな!」と手札を隠す。
 浦木はいつもの薄ら笑いではなく、ニヤニヤ笑いを浮かべている。
 と、そこで隣の部屋から尾形がやってきた。矢が目に刺さり隻眼となって間もないため、足元を確かめるようにゆっくりと歩いてきた彼はニヤニヤ笑いの浦木を一瞥すると「相変わらず仕込みが上手いな」と言い放つ。
 門倉は「やっぱりか」と浦木を見る。
「キラウシ、こいつ最初からイカサマしてたぞ」
 何が起こっているのかわかっていなかったらしいキラウシはハッとして浦木の持っていた手札を奪い取る。
 場の札を見ると見事に浦木の手札と合致するような内容で、どうやら彼は山札を作っている時点からキラウシが不利になるように仕組んでいたらしい。
「浦木また嘘ついた! やっぱりスンケ!」
「やめてくださいよ尾形、せっかく門倉さんに本を買ってもらおうと思ったのに」
「残念だったな」
 尾形はフンと鼻を鳴らして薄ら笑いの浦木を無表情で見遣る。
 師団時代からイカサマが上手く、同僚たちをよく騙していた浦木は基本的にこういう賭け事は出禁となっていたことを思い出す。イカサマ抜きでやらせてもまあまあ強いのだが、彼にとっては『イカサマをすることで誰かを裏切っている』という状況が楽しいのだろう。常日頃から裏切者と呼ばれていただけはある。部下からの尊敬や愛情を浴びてコントロールしていた鶴見中尉がこの誰からも信用されていない浦木を置いていたのは何故だったのか、尾形はそんなことを考えたことがある。
 おそらく彼は『裏切者』をあぶりだすための役割があったのだろう。
 いつ裏切るかわからない時限爆弾のような存在である浦木は常にだれからも警戒されていた。それ故に離反する者が『皆浦木を見ているから自分は大丈夫だ』と思い込んだ結果、油断したところを中尉に追い詰められていた。ただ尾形自身は元々の出自故の目があったし、彼自身浦木が隠れ蓑になるとは思ったことがない。彼に向けられるものは性格面での異常性であり、自分に向けられるのは生まれ故のものだ。
 だからこそ、周囲が自分と浦木を同じ枠組みに入れて見ていることが不愉快であった。浦木自身もはっきりと尾形と周囲がいる前で同じことを言っていたことがある。珍しく薄ら笑いを浮かべず真顔だったのでよく覚えている。
 ただまあ彼も結局のところ網走監獄へ監視任務に就き、そのまま中尉を裏切り今ここにいるわけで。こいつの考えていることはわからんしわかりたくもないしわかる気もない、というのが尾形の思う所である。

 浦木はイカサマをした罰でキラウシから花札や賭け事の場から出禁を食らっている。浦木は悔しいなあと言っているが表情はちっとも悔しそうではなく、むしろ楽しそうに笑っている。久々に誰かを騙せて楽しかったのだろう。……そんなことはどうでもいい、とため息を小さくついて尾形は少し冷えた身体を火鉢で温めるため、再び隣の部屋へと戻っていった。
「あ、門倉さんまたひどい手だ」
「言うなよ浦木!」