「もうあんたしかおらんのよ」
憔悴しきった母の声が脳裏によぎったが、女は振り払うように頭を振って重い腰をあげた。
短く切り揃えられた髪は中途半端な自分の決意を表しているようで胸が少し痛む。この旅を始めるために、色々と捨てる準備をしたけど、女の象徴である髪の毛を丸刈りにするのはさすがの彼女も難しかったようだ。
夜風が露わになった首筋をくすぐり、なんだか落ち着かなくなり手のひらで頸を撫でる。
もう後には戻れない。でももう自分にはこれしか残されていないのだと、彼女はどくどくと早鐘を打つ心臓の動きを感じながら静かに息を吐き、吸った。
そして後ろを振り向いて小さな声で告げる。
「ごめんね兄さん、行ってくるね」
暗闇から唸るような声が聞こえてきたが、外へ向かう彼女を止める者は誰もいなかった。