酒井満雄


 女の柔肌から湧き水のように血がどくどくと流れているのを感じながら、男はどこか他人事のようにその光景を眺めていた。
 あさ、いね、うの、おえい、かね、きみ、くに、……皆みんなどうしてこんなことをしてンだよと声に出そうとしたが駄目だった。彼が愛した女たちは皆獣のような声を出しながらお互いを罵り、髪や服を引っ張ったり手に持った凶器で刺したり殴ったりしている。
 すでに数名、血だまりの中で動かない者もいて、誰がどう見てもまさに地獄絵図といった様子だ。
「何よ不細工」
「あの人は私のものなんだから」
「違う! あの人は私を一番愛しているって言ってたわ」
「馬鹿ね一番は私よ」
 狂ったように叫ぶ女たちは肝心の男には目もくれず争い続ける。

 ――ずっと誰かが自分を愛してくれた。それが当たり前だと思って生きていた。可愛い、男前だね、こんないい男いないわよ。
 そうだな、俺はいい男だ、皆に愛される男なんだ。
 だから彼も ”皆” を愛している。愛してる、愛してる、愛してる、愛してる、愛してる。
 出会ってきた女にそうやって愛を囁いたらこの有様、彼は十人の女全員にそれぞれ愛していると伝え、それぞれ一緒になろうと言った。その言葉に嘘はないし本気で全員と一緒に暮らせればと思っていた。ただこの男は生粋の世間知らずのボンボンでバカだったので、誰か一人を選ぶという選択肢を持ち合わせていなかった。
 彼は皆に等しく愛されてきたので、自分のために誰かを一番に選ぶということが世間一般の常とは思っていなかったのだ。
 哀れにも彼の平等で不平等な愛は結果的に全員を傷つけた。
 地方刑務所へ投獄された男はこう語っていたという。
「なァ、俺ってばもしかして本当の意味で誰も愛してなかったってことなのかね?」
 看守は吐き捨てるように言った。
「知るか」