あの日からおれに付きまとう、うっすらとした謎の苦しみの正体は、……わからないふりをしていただけで、実は何なのか、おおかた検討はついていた。
「相澤、次移動だぞ」
「ちょっと待ってワークみっかんない!」
「それじゃないか?ほら、教科書とノートの間に挟まってる」
「……あ。ほんとだ」
南は間抜けなおれのことを、困ったというように笑う。その眉の下がった、呆れ混じりの笑顔が大好きで、間抜けなおれの世話を焼いてくれることが狂おしいほどに嬉しくて、そんな南のことを考えると、薄ら苦しみが一層苦しくなって、胸がつかえる。おマセ男児だったおれは、幼いころからこの症状を知っている。幼なじみのあの子に抱いたそれと同じものが芽生え、それがおれを悩ませていた。
おれはどうやら、南のことが好きらしい。
これは友達としての域を超えた意味での話だ。もともとおれは友達への愛情は深いほうで、南のことも、前々から友達として好きだった。やさしくて、頼りになって、おれのくだらない話にも笑ってくれるから。いつでも、どんなときも、おれの存在を受け入れてくれたから。とにかく、居心地のいいヤツだった。けど、それはほかの友達も同じことで、なんで南だけちょっと特別になっちゃったのかはわからない。一丁前のことを言うと、恋は理屈ではないのだと思う。男友達のことを好きになるだなんて、おれだって想定していなかったわけだから。
「あ、やば、チャイム鳴った!」
「急ぐぞ」
「待っておれ足病み上がり!」
病院に行かないから長引くのだと、ここぞとばかりに叱られた。ばたばたと忙しなく移動をして、出席番号順に席についた。一番前の端っこに座るおれの視界には辛うじて最前列のやつらが映るくらいだけど、代わりに後ろからの声はよく聞こえる。
「南くん、教科書忘れちゃった。見せて?」
特に「南」には過敏になって、さりげなく斜め後ろのほうを振り返った。南にそう声を掛けた女子は、背も顔もちみっこくて、けど目は大きくて、めちゃめちゃにかわいい子だ。こんなかわいい女子に鼻の下も伸ばさず平然と対応する南、すっげえ硬派で、誰にでも平等で、めちゃめちゃにかっこいい。おれだったら完全に目を泳がせて、挙動不審の陰キャムーブをかましていたはずだ。二人は机をくっつけて、一冊の教科書をシェアし始めた。……くそ、羨ましい。なんならどっちも羨ましい。おれだって南とも女子とも教科書半分こしたいのに!
「わり、相澤、ワーク忘れたから問題見して」
「……いいよ」
好きな人や女子との教科書シェアハピを夢見るおれに話しかけてきたのは、隣の席の上田だった。移動教室に教科書やワークを忘れるような間抜け体質はおれ以外にもいるようだけど、どうかこれから先も南が世話を焼いてくれる間抜けはおれだけであってほしい。南にとっておれが「放っておけないヤツ」だとしたら、底抜けの間抜けに生まれてきたことも本望だと思えるから。