南の良心に救われたあの日から、おれは昼休みには大抵南の席へ赴き、一緒に弁当を広げている。初めはよそよそしかった会話も、今ではくだらない話で盛り上がり、自然と言葉のひとつひとつが弾むようになった。

「部活、辞めたのか」
「んー、誘われて入ったけど、やっぱ部活ノリ向いてない。バイトもしたいしさ」

友達に誘われてとりあえず入部したバドミントン部は、二週間足らずで辞めた。その間もまともに活動には参加していなかったから、周りからは納得の眼差しを向けられた。南は変わらず、テニス部を頑張っているらしい。口を開けば部活のことやチームメイトの話を楽しそうにするものだから、愛を持って活動していることがひしひしと伝わってくる。熱中できることがあるっていいよな、と羨ましくなるくらいだ。

「なあ、南ってさ、彼女とかいねーの?」
「いないぞ。ついでに好きな人も」

おれはまだ、イマイチ南のことを理解していない。真面目でとにかく良いヤツで、テニスへの熱量がすごいある。案外冗談を言ったりもするし、おれのちょけたノリにも乗ってくれることが最近発覚した。長年の狭い友達付き合いばかりに集中していたおれは、この微妙な距離感の友達関係にそわそわする。けど、久々に他人に対する知的好奇心がかき立てられ、新たな一面を見つけるのがおもしろい。今はそうだな、南のことを知ろう週間、みたいな感じで、いろんなことを聞いてみてる。

「へー、ほしいとか思わないの?」
「うーん……、いたら楽しいのかもしれないけど、考えたことないかな」

思った通りではあったけど、南の中学三年間はもっぱら部活漬けで、恋愛沙汰には興味もなく過ごしてきたらしい。なんとなく興味本位で聞いてみたけど、新たな一面という意味での収穫は得られず、空振りだったと残念に思うと同時に、イメージ通りだというどことない安堵を感じていると、おれはどうなんだと質問が飛んできた。律儀におれにも質問を返してくれるところが南らしいと思った。

「おれもいないよ」
「へえ、意外だな」
「え、そう?おれ、モテそう?」
「一見クールそうだし、おしゃれだから」
「クールそう!?おれのことそう思ってたの?」

南の下したおしゃれ判断はイヤーカフとかリングとか、アクセサリーを身につけてるからだと理解がいったけど、クールそうだということに関してはひとつの自覚もなくて、自分のことながら笑ってしまいそうになった。話を聞いてみれば、最初の印象がそうだっただけで、話してみたら全然そんなことないと言われた。たしかに、内弁慶な自覚は十分にあるから、初めにそう思うこともあるのかと少し納得がいったが、どうやら南には既に根っこのアホな部分がバレてしまっているらしい。

「じゃあ今は?おれの印象、どんな感じ?」

恋愛の話はまるで興味ナシの南と非モテのおれでは大して盛り上がるはずもなく、新たな興味の矛先を見つけたおれは話題を変えた。極度の人見知り体質のおれでも、南にはそこそこに素を出せてきているという実感があるから、そのうえでどう思われているのか、何よりもクールだという第一印象がどこまで変化したのか、わりと気になる。南はしばらく考えて、やっと答えが出たと思ったら、今度は予想だにしない二文字を発した。

「…………犬?」
「イヌ!?なんで!?」
「他のクラスの友達が教室に来ると、すごい嬉しそうな顔して走っていくから」
「……まじで?」
「最近は俺が話しかけても同じ顔をするから、犬っぽいなって思ってた」
「がち!?地味にめちゃくちゃ恥ずいんだけど」

クールだと思われていたのに、いつの間にか南の中でワンちゃん認定されていたとは……おれってもしかしてかわいいのかもしれない。だって、この世にかわいくない犬なんていないし。南曰く、初めのころはおれから「話しかけないでほしい」的な警戒心丸出しの雰囲気を感じでいたらしいが、話し掛けると表情を変えて、いかにも嬉しそうな顔をするから安心したという。どこまでも恥ずかしいじゃん。そうだよ、顔に出てた通り、嬉しかったよ。南はまた律儀に「俺は印象、変わったかな」と、自分の評価が気になるのかうきうきした様子で聞いてきた。

「南の印象は最初とあんま変わんないかも」
「そうなのか?」
「うん。最初っから良いヤツ。変わんないけど、良いヤツっていう認識がどんどん深まってる感じ」
「あはは、喜んでいいのかな」
「うん、だからおれ、南のこと結構好き」

南は笑いながら食べ終わった弁当箱を片付け始め、おれも残りのいちごジャムパンを口いっぱいに頬張った。咀嚼しながらごちそうさま、と両手を合わせ、きっちり折り畳んだはずの空のビニール包装を机に置いたら、カサカサと音を鳴らして突然跳ね返った。びっくりしたおれを見てまた笑って、元通りになったそれを南が畳み直してくれた。南はイメージの数十倍世話焼きみたいだった。




妄談臆解_男×男