BGM:AlanWalker&NoahCyrus/
All Falls Down
水葬の花嫁
マイクさんとは、連絡先を交換するかどうか、という話が以前から出ていて、私はそれを、こんなに会えるから別にいいと断っていた。
実は特にそれっぽい理由なんてなくて、本当は、焦がれてしまったら寂しくなるからに他ならなかった。
孤独になりがちな病院生活の者が、気に掛けてくれる外の人といつでも話しかけられる関係をもつなんて、底抜けに甘えたくなりそうで怖いから。ましてやあのマイクさんだから、どこまでも甘やかすに違いない。
あとは私が助けられる側の者だから。もしそれが正義から来る義務だったとして、知ってしまった時の傷を最小にしたい、そんなただの保身でしかなかった。
でも、そろそろ意図的に転院させられてしまうかもしれない事を考えると、そうも言っていられない。何かあった時に助けを求められるようにと言われて、私はやっと連絡先を交換した。
でも多分、少しは、義務じゃないって解らせてくれたのも、あるのかもしれない。
「イヤァァ!…名前で登録してくれんの?」
-だって。携帯だから
「ひざしさん、ね。うん。ひざしさんかー…沁みるゥゥ」
-呼びましょうか?
「Ahhh!」
ひざしさん。と動かしかけた私の口に、慌てて掌を被せてくる。
「俺帰らなくなるケド?」
-それはまずいですね
私は小さく笑って、今日は待合室に行きたいとお願いをした。静かに見ていて欲しいと追加で頼むと、「何すんの?」と問われて、お勤めかしらと、思いついた事を応えた。
小児病棟と繋がる通路から、母親に手を引かれた低学年くらいの少年が一人と、そして遅れてもう一人。母親は看護師さんに頭を下げて、一人の少年はその看護師さんに託して帰っていった。
「はい、戻るよ」
「行かねえし」
「こらこらこら」
そんな会話が聞こえてくる。あの子は大暴れすると手が付けられない事で、病棟では少し有名だった。
-見ててね
静かにね。とジェスチャー付きでノートを見せると、親指を立てつつも、不思議そうな顔をしている。
でも待合を見渡した少年がこちらに向かってすぐ走り出したから、察してくれたようだった。
「あー!ユメおるー!なんで最近おらんねーん!」
-ごめんごめん。今日はどうしたの?
「俺悪くないで、弟が悪いねん」
-私もお兄ちゃんが欲しかったなぁ。カッコイイんだよね、お兄ちゃんって。
「アイツいつも俺をつついてくるねん。やめろって言ってんのに止めへんから、怒って本棚の絵本全部ばらまいたった」
-恥ずかしくて遊ぼって言えないのよ。きっとお兄ちゃんの事かっこよくて大好きだよ。嫌じゃない時だけ優しく遊んであげたら?
「うーん。嫌じゃない時やったら…ええよ」
-私が君の事好きだって解ってるから、君は私に優しいんでしょ。嫌いじゃないよって遊んであげたら、嫌な事しなくなるかも。
「お前俺の事すきなん」
-好きだよ?
「ほんなら俺、お前と結婚したるわ」
後ろからはマイクさんの吹き出す声が聞こえて、迎えに来た看護師さんもふふ、と笑って。うっかり聞いてしまった待合の人達もニコニコしているのが解った。勿論私も、そりゃあ身体が弾むくらいには。
-ありがとう。でも花壇のお花は、もうちぎちっちゃ駄目だよ。私はお花屋さんのお花が嬉しいの。
「あかーん、俺子供やからむりやー!」
-だから大きくなったらね。
「ユメさん、いつもごめんねー!ほら、戻るよ」
「なぁ!また来てやー!」
機嫌を損ねていた事を忘れて、すんなり戻っていく背中を見送る。立ち上がった私は、未だ腕を押し付けて笑いを堪えているマイクさんを引っ張って、次はロビーへ向かった。
ロビーには大きなテレビとガラス張りの窓があって、いつもなら綺麗に日が差す所だけど、今日は生憎の雨で、灰色の空と門までの歩道、花壇の濡れた花くらいしか見えない。
マイクさんが壁に背を預けてテレビを見る振りをした頃、私が腰掛けた長椅子の隣に、いつものおばあちゃんが座った。
「困ったねぇ雨は。濡れるのがねぇ」
-おばあちゃん、傘は?
「今迎えが来る所だよ」
-よかった。でも嬉しそう
「困るのよねぇ」
一緒に雨を眺めてから五分もしないうちに迎えが来て、おばあちゃんは私に二つの飴を手渡して、またね、と自動ドアを抜けていった。
代わりに隣に座ったマイクさんに飴のひとつを渡して、ひとつは自分の口に放り込む。
包み紙でハートを折り終わった頃、ガラス張りの向こうで、杖の代わりにエスコートしながら、傘を傾け過ぎて背中を濡らすおじいちゃんが見えた。
ハートに小さくありがとうと書いて、マイクさんに渡して、私達は部屋に戻った。
しかし、部屋の前にはさっきの少年が座っていて、手には懲りずにお花が握られていたので、ノートとペンを取りだす。書くより先に勢いよく話し出すものだから、中々筆が進まなかった。
「言っとくけど今日は取ってないからな!嫌って言うから買ってきた!五千万で!いっぱいくれたわ!」
マイクさんは耐えられなくなったのか、後ろを向いて震えている。何だかもう、色々と微笑ましくて、笑いすぎで頬が痛くなってきた。
「折り紙のお金作ってな、五千万って書いて受付けで渡したら、笑いながら付いてきてくれてな、ハサミで好きなやつ全部切ってくれた」
-わぁ、すごく嬉しい!!ありがとうね
「これ指輪な!」
沢山のテープで巻かれたピンクの折り紙を渡されて、あれよあれよと結婚してしまった事に肩が震える。涙まで滲んできてしまった。
「おいお前!おれら結婚してんねんから手出したらあかんぞ!」
捨て台詞を残し、嵐のように走り去る彼を見届けて、いよいよ限界だった私達は、結構な勢いで病室の扉を閉めた。
「俺威嚇されたんだけどォォォ!」
ベッドに伏せて、枕に顔を押し付けて笑う私の横で、マイクさんも倒れ込んだ。
「静かにするの辛ェェェ」
-中々でしょ、あの子。
「五千万の花束とかイケメンすぎだろ。モテモテじゃねぇかよ。妬けるわ」
-私、人妻になっちゃった
お互い好きだったら結婚しちゃう、子供独特の純粋な想いが大好き。難しい事なんて何も分からなくて、知らないから先の事も考えようが無くて、剥き出しの無邪気さを持ったまま、芽を出した双葉の感動を、そのままぶつけてくる。
できるかどうかなんてさて置いて、自分の中にある感情こそ全てだとでも言うような、そのわがままな芯の強さが、大好き。
くすぐったさが抜けなくて、笑ったまま目を閉じたスローな瞬きの後、花とノートを挟んでこちらを向いたマイクさんは、ゆっくりと私の髪に引っかった花びらを摘んで、そのまま何度か頭を撫でて、梳いた指に残った髪に唇を寄せた。
-あの子に怒られますよ
「見てないからok」
俺達、2人だけだろ
-今日も沢山愛されちゃったな
今日も、ひざしさんに
沢山愛されちゃったな
沢山愛されちゃったな
「罪作りだねユメちゃん」
ユメは罪作りだな。
みんな虜だったじゃねぇか
みんな虜だったじゃねぇか
どっちがですか
私が罪作り?まぁ…失礼!
それなら貴方こそ
それなら貴方こそ
「What's ?俺なんか罪つくってる?」
俺、何か悪い事したか?
-そのサービス精神ですかね
いつも思わせぶりな事ばかり。
勘違いするじゃない
まるで愛してるみたいで
勘違いするじゃない
まるで愛してるみたいで
「へぇええェェ、光栄だねぇ。嬉しいんだ?」
誰が…思わせぶりだって?
なんだよ…そうか。
俺だけじゃなかったんだな、
なんだよ…そうか。
俺だけじゃなかったんだな、
-???
よかった。嬉しい、か。
それは堪んねぇな…光栄だわ
それは堪んねぇな…光栄だわ
「嬉しいからサービスなんて言葉が出んだよ。…で?俺罪作り?それはちょっと怒っちゃおうかなー」
サービスなわけないだろ本気なんだ。
…怒んぞ?
…怒んぞ?
目の前で意地悪そうに緩く笑う端正な顔とか、とにかく今日も胸がいっぱいで、手を伸ばして頬を撫でてしまった。触れずにはいられなかった。
「やっぱユメちゃん罪作りだわ」
ほら、こんな事するだろ、
勘違いするじゃねぇか。
まるで
勘違いするじゃねぇか。
まるで
愛してる
みたいだ-サービスだと思ってるんですか?それはちょっと怒っちゃおうかな
まぁ。
こんなにも愛おしいのに、
この想いをサービスなんて言うの?
怒りますよ?
怒りますよ?
「そういうとこネぇぇ」
そういう所が罪作りなんだよ、
ユメちゃん。
こんなに幸せなのに今は言えないって、
解ってて言ってるんだろ。
…なあ、俺も、
-罪人同士仲良くしましょ
互いに愛を持っていたのね
なんとなくにしてあるのに言葉を解かないで欲しいとも思うけど、ある意味、私達もあの子と似たような世界にいるのかもしれない。
隠しているようで隠していなくて、隠す気があるようで無い。密かに通じ合う想いを巧みに流し、脆い指針で操作しながら、毎日を過保護に愛でているのだから。
もし寝てしまったら気にせず帰って下さいと書き、何も言わずに頬を撫で返してくれる手に連れられて、私は微睡みながらベッドに溺れた。
「ユメさん入りますよ。少し喉の様子見せて下さいね……あら、オフィーリアがいる」
「…お宅ら病院の人間でしょ。そんな縁起でもないこと言わないで下さいよ。疲れてるみたいなんで起こさないでやって下さいね。失礼シマース」
夢の中では何故か、あの子の姿が、
指輪を持った貴方に変わって出てきたなんて言ったら、一体どんな顔をするかしら。
眠りの狭間で誰かがオフィーリアだなんて言うから、世界にミレーの深緑が広がっていく。貴方から貰ったお花で花輪を作って花嫁衣裳にするのに、落としてしまったじゃない。私は今、こんなにも美しい世界に住んでいるんだから、水を差さないで欲しいのに。
【水葬の花嫁】
fix you