BGM:Zedd / stay
クジラの鱗









ユメの声について言及した事は今までに一度もない。触れないようにしていたからではなくて、ユメはユメだから関係がなかった。


しかし今、俺が目にしているのは、
確かにユメであるのに。

いつも聞いている
俺だけが聞こえる周波数ではなく
誰にでも届くユメの声。

当たり前に笑い
好きな物を腹一杯食べ
友人と話し
聞いた人が拍手で応える


もし聞けるならどんなだっただろうと考えた、想像とは違ったユメの本来の声。ごく一般的な日々を送っていたことがよくわかる光景、そしてこの落差。言葉が出てこない。



過去にはあったものを見せられた後、
次は失ったものについて、
一枚ずつちぎり取り、俺の前にメッセージが差し出された。


「待って、入院してどのくらい」

--2年です



途中で裏返した紙にそう書いた。
2年だ。2年も。


ユメはどんな思いで
あんな餌を食べていたんだ?
あんな顔して撒いたのはひと握りだ

あれは欠片に過ぎなくて、
俺が掬いあげていると思っていたのは
今も無数に落ち続けるユメから、
たった一枚ずつ剥がれ落ちただけの
ただの鱗だったなんて


1日3食365日を2年
2000回を軽く上回る。
意味の無い検査と診察は何度だ?
薬は何錠だ
届かないと解って叫んだ数は、
抗ってできた怪我の数は?


何故俺なんだ?こんなにも長いあいだ苦しんだユメを、こんなにも出会うのが遅れた俺よりまともに救ってくれる奴が何故居てくれなかった?直ぐにでも助けられてくれていたら俺じゃなくてもよかったろ

そんな中俺は、ユメが痛みを伴って引き伸ばしてきた日々で幸せに浸っていたなんて


ヒーロー業の傍らで誰かを救う度、ユメ一人も救えないのに、これからも誰かを救っていくのか?と、こんなにも救いたいと思った人を救えない自分の不甲斐なさと戦っていた


揺らいでいるのは同じなんだ


そう考えた頃、
顔を覆っていた掌を外されて、
俺は次の1枚を受け取った。



でも今は、辛い時いつも助けに来てくれたから、いつも心救われたから、居なくなってもラジオがあるし、次にラジオが奪われたとしても、心には沢山ひざしさんが持たせてくれたものがあるって、さっき襲われて戦った時に確信しました。なんにも怖いものがなくなりました。




そしてその紙を裏返し、
何かを書き足していく。ユメの瞳は確かに俺を捉えていた。そしてこの最後の一枚で、俺の世界は一瞬にして綺麗に塗り変わった。




-ラジオがなくても
-声がなくても
-そこに居なくても
-私、貴方を見ているの

-いない?貴方の中にも
-ねえ、いるんでしょ
-着いてきてよ

-私もう大丈夫。 戦えるから
-二人でなら きっと


「OKユメ、やっぱりだ。間違いねぇ。オレ、
それ聞こえるみたいだわ」

-大丈夫よ、ひざしさん
-貴方の声はどこへでも届く
-私、全部解るの。
-聞こえるの、貴方の声

-だからお願い。もう一度、


そして掌が差し出された。





嗚呼、
俺の声が届いた。



そう思うと、
次から次へと闘志溢れてくる。

そして今更、あの局面でポーズを見せつけたユメの意図が響いてくる。

彼女はもう過去を見ていない。
もう大丈夫なんだ。
確かに持たされた者は強いな
まるで怖いものがない。


二人でやり直しにいくぞ。
救い直しだ。
取り戻すぞ、全部。過去ごと


目の前で広がった紙のなかで、俺は吸い込まれるように手を取った。



 






fix you