BGM:Sia/Play Dumb
心臓の麓から目覚める時計










青や黄色
赤などの花が周りを飛んでいた

白い背景に
水に濡れたブロンドが幾つか

薔薇の茎のように
香りを可視化したような
模様を作って彩っていた。


その空間に仲良く馴染んだひざしさんが、私を布団ごとぐるぐると包んで、抱き上げる時の優しい圧で抱き締めてくれる。

そんな夢である事を、
シーンの終わりに自覚した。


もう意識が目を開けてしまうな。

そう納得するにも勿体なくて
ぬいぐるみをギュッとする様に、
柔く形が変わるくらいの力を込めて
夢にお別れをした。



側頭辺りに現実味のある重力を感じる。
身体は…暖かい。居心地が良い。

痛みは、太ももの付け根に筋が違えたような違和感が少し残るだけで、殆ど残っていないみたいだ。


眼は…まだ開けたくない
微睡んでいたい。
重い瞼が言うことを聞かない。


それでも何度か明かりに慣らして、
ボヤけた睫毛の隙間から一番にとらえた
世界は、だらしないくらい目尻を下げた、
ひざしさんの微笑みだった。



ひざしさんの肩の当たり、筋肉質で頼りがいのある腕に頬っぺをくっつけて、擦り寄った胸元を鼻先でなぞるように擦り付けて、見上げて目が合ったらしかった。


眠りながらの幻想で最後に贈った
駄々を捏ねる様なお別れの抱擁は、
今、私の左手が撫でる、
ひざしさんの背中と重なる。


私の顔にかからないように後ろへ回された綺麗なブロンドの残りがフェイスラインを飾っていて、崇高な美しい朝だと感じた。




眠たそうに緩んだ瞼が瞬いて
薄緑が咲いているわ、と
幸福に溢れて、

頬を走った涙が次々と、
ひざしさんの肌へと足速に駆けていった。



「1人じゃないね。

「モーニン、マイエンジェ。」



カーテンの隙間から射す朝日と、
ひざしさんの声が私をゆっくりと貫いて、
込み上げる愛しさが美しい事を教えてくれる。

横腹の窪みに落ちた熱い腕は布団の中で背中を撫でる事をやめ、すぐに目元から涙を一掴みしていった。


「寒くない?」


くっ付けたアイスパックで寒がった私を抱き締めて寝てくれたんだ。

枕元に目線をやれば、転がる幾つかの保冷剤は役目を終えてへたれていた。寝付く前は冷たくて嫌だと頑なに拒否した筈の物だ。眠ってからずっと冷やしていてくれたんだ。



「ノぉ、プロブレぇぇ、ちゃんと寝たよ」



欠伸をしながらの掠れた控えめの低音が、全部嘘であることを物語っている。こんな事をして、欲を押し込むのも困難だったろうに。
胸の奥が熱くて恥ずかしくなるような想い、これが愛の域なんだろうか。とっくに彼を愛していたかもしれないな。そう思うと、ありがとうが溢れてやまない。


夢ではないんだ。

これが新しい、
幾つかあった内の
もう一つの朝なんだ。



ありがとう。

あと、

誕生日おめでとう。



唇でそう伝えると、一瞬真顔に戻ったひざしさんは、欠伸のせいか潤んだ瞳を揺らせて、次の瞬間には背中がしなる程の勢いで私を抱きしめた。

「ん。」とだけ言った短い返事の後、二度頷いたひざしさんの背中を、噛み締めるように撫ぜ返すと、ゆっくりと分かち合うような感動的な手つきで髪を撫でてくれた。






出掛けた事が出来るだけバレない様に、朝の配膳までに戻る必要があり、朝食をご馳走になった後、私はまた送られて病院へ帰った。


荒れていた筈の病室は、委託の清掃の方が先に来てくれたお陰で、何も起きていなかったかのように、綺麗に整えられていた。


"後でまた来る。その時出かけるよ。無くなってもいいものと分けて、大切なものだけ一纏めにしておいて、OK?"


ベッドに座り、そう言って病室の扉を締めたひざしさんの言葉を何度も反芻して考え、コソコソと荷物を分けていく。

そして窓辺のマスコットを詰め込んだ頃、朝食を運んで来たいつもの彼女が、後ろ手にしっかりと扉を締め、開口一番「ごめんなさい」と涙を流した。



「今日は採血があります」


初めに脱走を試みた時も同じ事が翌日にあった。多分、出掛けた事がバレたのでは無く、昨日の件で逃げ出さないためなんだろう。もう予想が着く分、驚きは無かった。

ただ、
あの頃は彼女は居なかった。
初めてだったなぁ。


-私は貴女が大好きです。
-解ってます。大丈夫ですよ。

-ステーキ食べたら治りますので!


そうメモを書いて見せ、
顔を隠してしまった彼女を抱きしめて、心の底から笑う事ができた。


「私もうここを去るわ」


小さな声でそう教えてくれた彼女に、いい考え!と、沢山頷いて見せた。


平常心を装う様に伝え、
彼女の手により採血なるものは終わった。

荷物を纏めてどうするのかなんて分からないまま、ただ、彼女と笑い合えた最後を思うと、窓際の太陽を見てことごとく美しい朝だと感じ、そのまま意識が飛び掛けて廊下の手すりに寄りかかった。




「…失礼。部屋は」



手すりにぶつかる予定だったダメージは、抱き上げられた事により皆無だった。


掠れる視界に、
無精髭と、長めの前髪から見え隠れする鋭さ混じりの、優しげな目が見える。

メモもペンも出せなかった私は、黙ってすぐ側の自分の病室を指さした。



「ユメさんですね」



何故名前を?という驚きと、
このタイミングで現れたひざしさんの、
イレイザーと呼ぶ声とで混沌とした一瞬を巻き込んで、私達は病室の中になだれ込んだ。



「んな顔してる場合か」


「報告会議一緒だった癖に早ェ!」


「お前はいい、俺まで正面から入ったんじゃマズいだろ」


「そりゃそうだな」


「血を抜かれてる。もうこのまま行くぞ」



朦朧としながら展開されていく状況に自分だけついていけないと感じながらも、ひざしさんの視線が注射の跡に向いて、ほんの少し歪んだ事だけは見えた。



「少しでも偽装したい。窓から出ます」


まさか自分が窓から撒かれる日が来るなんてという衝撃で驚いている間に、大事な物を分けた荷物を持ったひざしさんが先に容赦なくグルグルに巻かれてしまって、いつも通りの面白い悲鳴が小さくなっていってしまった。



「あいつじゃなくてすいません。我慢して下さい」



ポカーンとするしかない中でそんな事を呟き、後はほんの一瞬だった。

身体が柔く苦しくない程度にしっかりと包まれて、風で靡く黒髪と、青空と白雲と太陽がただ視界をいっぱいにしていく。



画伯が、
瞳は時を刻むという。

人は逃げることも
時間を変えることもできず、
目は現在と未来だけを見るのだと。

だとするならば、
私の眼球が映し始めた幾つもの美しい朝は

もう既に、
眩しい今と未来を投影した
日の出を表しているのかもしれない。






-心臓の麓から目覚める時計

-Eye of time




 






fix you