BGM:Avicii/Sunset Jesus
自由の女神は声のステラを掲げ
招集をかけられた全員がマフィアの如く目を光らせる空間に最後の一人が加わり、白く小さな腕が後ろ手に閉めた扉の音が、張り詰めた会議室の中で空を刺すように響いた。
「早速ですが」
オールマイトに軽く引かれた椅子を踏み台にし、相澤の腕をよじ登る校長は白い布の中で居心地の良い場所を探しながら中程で顔を出して、今朝は少し冷えたのでと呟きながらも、その目は確かな黒さを灯しながら、同じ高さに並んだ目を見渡した。
「ユメさんの件ですが昨晩襲われたそうです。マイク先生から連絡を貰いました。それでお集まり頂いたという訳さ」
「奴は部屋には入らない筈ではなかったのか!?…彼女は」
「大丈夫ですオールマイトさん。寝込みを襲われ揉み合いになって奴は逃走、その後連絡を受けて、人が出入りする朝までの間保護しました。怪我は掴まれた青あざが数箇所で済んでます…まぁ何処までを無事というか、その辺は爆発してますがァ…」
「取り乱してはいませんか」
「抱えていたモノを吐き出せた事で、それこそ荷が降りたように思います。食事も取れているし眠れてる。抜け出したのが悟られぬように、今は病室へ戻ってます」
「は…話してくれたのか」
「彼女の告白は我々の仮説通りでした。元は声が出せた事を除いて」
ファイルから取り出された数枚の紙がテーブルに置かれ、経緯を聞いて下さいと括られた冒頭に視線が集まる。
「彼女が仕掛けた動画の中で一週間の内に移動を画策する様な事を言ってます」
「証拠まで撮ったのか!?」
「ええ。彼女は諦めてはいません。…が……逆に戦う気満々みたいな顔まで見せちまってまァ…ほっとくと一人でもやらかしそうなんだよなァァ…いや…ほっときませんけど………早く行ってやりてェェ…」
「オイ心の声出てんぞ。……校長、公安へは」
「証拠が撮れたと電話を貰ってすぐ一報入れたさ。警察の一部とも絡み、プロヒーローと病院の者がこんな所業を親子でしていたなんて事は…世間に広まれば、それこそ芋づる式で公安も評判的に不味いのですよ。もみ消すつもりでしたね。
なので、 "この綻びは私共がキレイに無かった事にしておきますよ" という提案をしました。快諾ですよ。害悪な院長親子は公安が引き取るさ。利用する市民の受け入れ先も手配できるそうですよ」
「それは…なんとも…爾に出ずるものは爾に反るとは言いますが…」
「ええ…すっきりしないわね」
「グレーにはグレーをか」
「いや、完全ブラックでしょ」
「公安の黒さしかり、全てを解くなんて出来ないんですよ。国を動かす者達の力がそこにはある。視点が変われば時に正義は悪にも映ります。ユメさんはそこの狭間に堕ちていると自覚していたんですね。どこまで巻き込んでしまうかと思うと言えなかったんでしょう。
マイク先生もよく揺らがずに居られましたね。これでユメさんだけでなく我々としても、そんな所へ生徒達が通うなんて事も阻止できますし、まだ明るみに出ていない市民の被害も無くせるでしょう」
「いや…正直危なかったです。オールマイトさん言ってたでしょう、時に救う者から勇気を持たされる事があるって。あれですよ。アレがなけりゃ危なかったかもしれません」
「まあ、そういう事です。従って聴取もなし。彼女はマイク先生の即保護で」
「ファ」
「我々が動くのはあくまでも公安の揉み消しとして、です。彼女を一人の人間として救おうと足繁く通っていた山田君の件とは別ですので。それに彼女の失語が心身性なら一番心休まる場所にいるのが一番です。それはここでは無いと思いますけどね」
「んまぁ、ハァァ…いやぁ、」
「お前…とんでもない顔してるぞ」
「いいわぁ、青い、青くて…」
神妙な面持ちで「そうか、君も」と肩に置かれていたオールマイトの手は笑みを含んだ口元へと帰っていき、相澤は眉間を歪ませ、その真横に身体を並べる校長は真顔で先程の台詞を際立たせていく。そこへミッドナイトの吐息が混ざり、それぞれに気まずそうな面持ちでいた。
「…イレイザーくううん…俺ェ…今日誕生日ィ…巻くなら今プレゼントで巻いて欲しかったわ…」
「めでてぇ奴だな」
「アリガトねェ…」
「という事で。一旦ユメさんをこちらに迎え、詳しい話はその後で。それでは…お願いします」
失礼しますと足早に駆けていく音を聞きながら、僅かに笑みを残して白い布から降りていく中、足を絡めたのか止まってしまった体をそっと外した相澤に、校長は思い出したように言葉を付け加えた。
「あぁ、すいません。もう行ってしまいましたけど、相澤先生も向かって貰っていいですか。手荷物は如何程か聞いていませんでしたので」
「そうさせて頂くつもりです。アイツは潜めそうにありませんし」
「私はお手伝いできませんが…警察側を。塚内君を当たっておきます」
「ええ、お願いします」
また後程と締められた部屋には、お茶を啜る音と、楽しげな含み笑いだけが静かに響いていた。
◇
近頃すぐに眠たくなる。
私は夢と現の間で、今の場所を追いかけるように回想していた。
窓から飛んで、地に足をつけた瞬間よろけた私を、入れ替わる様にひざしさんが抱き上げてくれて、イレイザーさんは荷物を持って先を歩いていった。
「もう少し寝ててもいいんだよ」
優しげな老女の声と、
まるで学生時代を思い出す装飾。
…そうだ
雄英高校へ向かうと。
薄れる意識の中でそう聞いた。
「こんな量抜くなんてね。こんなものは医療じゃないよ」
頬に指を滑らせたのはひざしさんだ。彼女の死角で握られたもう一方の手が、僅かに震えて歪に力がこもる。
この突然の展開と、イレイザーさんの話した"知った風"。そして尚、揺れるひざしさんの瞳。これは今の私の体調を案じてだけでは無いな、と。総じて何かを動かしていたように感じさせる。
「ユメちゃん。調子は」
枕元には開かれたノートとペンがある。応えようとした腕が軽く感じて、自分でも驚きながらサラサラとペンを走らせた。
-今、腕が軽い事に気が付いて驚いています。いつもの身体の重さも…感じないかも…
そこまで書いて、腕のアザが無くなっていることに気が付き、驚いて服を捲った。腕も足首も、太ももの付け根の痛みすら消えている。
どうしてと振り向いた先で、ひざしさんがリカバリーガールさんの治癒だと教えてくれた。
突然ベッドを降りた私を、無理するなと緩やかに止める優しい手をさする。改めてリカバリーガールさんに向き直った私は一礼し、握手を交わした後、聖母のような微笑みをくれた彼女を抱き締めた。
ありがとうございます
口の形だけでそう伝えると、
微笑みを残し、目を覚ました事は私が伝えるから話す事があるなら今済ませるんだよと、部屋主でありながらに退室してしまった。
その瞬間、後ろから突然抱き締められた私は、息が詰まってしまう程こめられた腕の力強さに意識が着いて来られずにいた。
「ユメちゃん、ごめん。話す事がある」
振り向いた私の手を引き、またベッドに座らせたひざしさんは、小さな丸椅子を寄せて正面に向かい合うように座り、手を握った。
「下手に動かないとは言ったが、こっちなりにやれる事はやらせて貰ってたんだわ。まず生徒も通う病院としてどうか?って視点で、先生方には…奴らの話を上げていた。まず一つは、それを謝らせて欲しい」
淡々と紡がれる言葉が、静かに腹に落ちていく。終わりに括られたごめんは、ゆっくりと胸に沁みた。
これまでに私は、怖さから沢山の口止めをしてきた。そして二人の秘密を積み上げながら、黙って着いてきて欲しいとひざしさんの手を掴んで一人走りしてきた。今まで、何がベストで正解かなんて解らなかった。
そんな同じ様な迷いや揺らぎの中、ひざしさんもベストを模索し尽くそうとしてくれていたんだと、その影なる行動に目頭が熱くなる。
別に結果はどうだってよかったんだ。ただ、ひざしさんが見えない所でも一緒に走ってくれていた事に胸が詰まった。
誰にも聞こえる筈がなかった声はひざしさんへと届き、そして今では気が付いてくれた人が他にもいる。
知ってくれたんだ。そしてそれをもたらした、引導を渡したのは紛れもなくこの人で。
何度も両手で握り返して、
ただ、もう、
頷くので精一杯だった。
「それで今回の件。…ユメちゃんが仕掛けたあの動画だ。それがあったお陰で大きく動く事になった。
詳しくはこの後、さっきのイレイザー、オールマイトさん、校長とユメちゃんと俺、他の先生方で話す事になる。その件に関して生徒達とも顔合わせして貰いたい。ここまでは流れだ。
でも俺が言いたいのは…、あー、なんて言ったらいいんだよ…こりゃ…」
歯切れが悪くなっていく話しぶりに、声まで元気が無くなっていく。困った視線が一旦何もない壁へと逃げていき、そのまま呟くような小さな声で真意が告げられた。
「俺はヒーローだ。困ってる人を救う。ユメちゃんもだ。…でもヒーローとしての義務からじゃ無い。毎日会いに行った理由なんてアホ程あるが報告のためじゃねぇ。これで伝わってくれ、だから許して欲しい」
「私情モリモリだわ。救われて欲しい。救われてくれ。その一心だ」
視線が戻り、目が合う頃、
ひざしさんは綺麗に微笑んだ。
そしていつものように、
言葉にならない私から
大きな掌で涙を攫っていった。
「ハーッハッハッハ。私が、迎えに、
来たァァァー!!!」
小さなノックの後、ひざしさんの返事で開いたドアから軽快な明るさが弾ける。背後にリカバリーガールさんを連れて、また新たな風が颯爽と吹き込んで私達を包んでいく。
「お話はかねがね」
象徴の名を型どりながら唇をわなつかせ、慌てて立ち上がった私は、差し出された手を掴み握手を交わした。
「私はこんな時に相応しい言葉を持ち合わせていない。だがしかし、これだけは言わせて欲しい」
秘め続けた戦いを撫でる様な眼差しと、背中を擦る、もう一つの私の象徴と。
「もう大丈夫。私達も来た」
ひとりじゃない
ひとりじゃない。
そう巡る言葉が、
繰り返し輝いて重なっていく。
目覚めてから、日の出と日の入りが同時に射した様な今日は、影など立ち入る隙もなく思える。湖面の遥か底で層を積むように、次々と私の芯を揺るぎなく支えてくれる。
世界を変えるかの如く、
天体を動かす様な…
もしくは、
時間を送れる物はあるのか。
どれだけ都合よく考えても、流石に声が出ない上にシャボン玉じゃあ、私になんてどうにもできないと思っていた。
それなのに、どうせ過去の思い出になるのならどうしようもなく輝いてくれと、後ろ向きな気持ちで磨き続けていた一緒に重ねた日々が、今こんなにも煌めいて歯車となり、世界を動かしているなんて。
私はもはや、声すら失っていないのかもしれない。私の声も彼の声も、世界を回したんだ。
「…ユメちゃん…急展開すぎるよなァ、…大丈夫?」
ハッと我に返った私は、慌ててベットの上のノートに声を綴った。
-サプライズショーみたいで
-ワクワクしちゃいました
-お会いできて光栄です
-私も、来たー!
「まるで自由の女神じゃないか」
「uh huh…どうりで照らすわけだ」
ノートを抱え、ペンを握ったまま突き上げた拳を眺め、遅れて重なっていく二人分の笑い声を聞きながら、共に肩を弾ませる。
きっとここには自分の音も重なっているんだなと、私は声の輪郭を取り戻した様な気がしていた。
-自由の女神は声のステラを掲げ
fix you