BGM:Be Like That /Kane Brown
サイレントコメディ上映中










自分で思い付く限りの予想から大きく外れた、予測不可域の廊下を二人に連れられて進む度、緊張感が増して、歩む速度を緩める。


どんなに真っ白で綺麗に見えても、この先はもう私の想像しえない世界になる。密かな鼓動を早まる靴音に重ねたくなくて、ついに私は足を止めてしまった。



「…大丈夫?…ユメちゃん、ガッチガチ」


「立て続けに人と会う事になるからね、無理もないか」


「深呼吸深呼吸」


胸の辺りをパタパタさせて何度か息を吸い、まず、ひざしさんに助けを求めるように掌を突き出して、丸を書いてくれと指先で伝えた。



「んー…お薬かァ?」


「私もかい?…これでいいかな」



大丈夫、大丈夫。
何度も言い聞かせながら二人分のマルをグッと握りしめて、私は日の出と日の入りの御守りを飲み込んだ。



「おまじないだな」


「なるほど」



のんびりしていたら、
きっとまた怯んでしまうな。


-ごめんなさい、もう大丈夫です。
-これで効果は二倍!


書いたノートとピースサインを見せて、笑ってくれた彼らと再び会議室へと歩み出す。


扉の前でひざしさんと私を見て一呼吸置いたオールマイトさんは、ユメさんをお連れしましたと一言、いよいよ扉を開けた。





「ようこそ雄英高校へ。校長の根津です」





…ねずみさん。

…校長先生は、ねずみさん。



さっきまでの緊張が飛んでいくほど和やかな印象に、思わず指先がヒラヒラしてしまう。

ぺこりと一礼した帰りにひざしさんを見ると、その目線はしっかり私の手元を捉えていて、ねずみさん可愛いと思ってしまった事が既にバレているようだった。


気を引き締めて皆さんにも一礼し、促されるままにひざしさんとオールマイトさんの間の席へ腰を下ろした。



「体調は良くなりましたか?」



-はい、感動的なくらい

-私はユメと申します
-本当に感謝しきれません
-ありがとうございます



「血を抜かれていたとお聞きしました」



-はい。名目は採血でした

-以前、抜け出して都外を目指した時も警察を使って連れ戻されましたが、翌日は同じ事がありました。昨日の事があったので、念のため抜いておく事にしたんだと思います

-朝には戻っていましたし、バレていないとは思うので、流石に今回はされると思いませんでした



「完全にヴィランじゃねぇか」

「…だから今まで」

「逃げられなかったのね」

「保護ではなく連れ戻されたと」


-はい。勿論黙ってはいませんでした。足も血だらけでしたし、まるで軟禁だから逃がして欲しいと喚きましたけどダメでした


「血だらけ?!」

「都外に頼れる方が居らっしゃったのですか?」


-当てもなくです。警察は県警とか府警といういい方をするので…それより外へ出たら病院の息がかかっていない、まともな警察に保護してもらえると思って。病院のスリッパのまま逃げたんですけど途中で破れまして、それで血が


「歩いて?!」

「聞けば聞く程とんでもない話ね…」


-連れ戻された翌日に血を抜かれたので、それからは強行や無理はやめて、できるだけ大人しく、反抗しながら模索していました


「例の件、電話で聞いてみましたが、警察の幹部にも派閥があるそうで、その中の疎まれている人物が…あまりいい話を聞かないそうです。院長と繋がりがあるかもしれませんね。
証拠提出先が動くまではここまでしか話せないと言われましたが…つまりこれから確実にメスは入ります」




決して綺麗とは言えない走り書きを、ノートの端に置かれた小さなスタンドライトを模したカメラが、書いた文字を空中のスクリーンへ映し出していく。


これはひざしさんにはまだ伝えた事がない話で、それが気になって横顔を見れば、口元を手で覆ったまま、鋭い瞳で静かにスクリーン上の文字を睨みつけていた。




「本題へ入りましょう。マイク先生から問題提議を受けてから、我々の会議は度々あの親子と病院、ユメさんの事でした。


仮説でしかありませんでしたが、
今朝方、明確な告白があったとお聞きしましたので。よく話してくれましたね。

証拠も撮ったそうで。
それが決定打ですよ。それを受けて、あの親子を捉えて欲しいと言う依頼がありました。

奴は一週間以内にどこかへ連れていく算段だそうですね。なので直ぐにでも決行さ」




驚いた私は、
脱力した指からペンを転がした。


いつの間に開いたままになっていた口に気が付いて、思わず生唾を呑む。ノートの糸目で沿うように止まったペンを持ち直してみたが、何を書いていいやら言葉が浮かんで来ず、"捉える 決行" という二語だけが頭を巡った。


立ちはだかる壁に気がついた時から、あんなもの世にあるべきでは無いとは思いつつも、到底太刀打ちできない闇であり続けた。

そんな圧倒的な世界を、こんなにも淡々と、直ぐにでもと言う。

それは私には想像しがたく、糸口と言うには鮮やかすぎて。意識を確認する様な手つきでひざしさんが肩に触れるまで、驚きから帰って来られずにいた。



「生徒達にも協力して貰い、病院から市民の完全避難をします。血迷った人間は何をするか分かりませんからね。親子は捉えて依頼主へ引渡しです。
他の穏便なやり方を選ばないのは、全てこちらと依頼主の都合ですので悪しからず。

あと作戦の決行時間ですが、助言を頂けたら助かります。大体で構いませんので、彼らの一日の動きは解りますか?」



-…院長は…院長室かと思います。出くわした事はありません。あの人は朝の診察前から、帰りはまちまちで掴めません。


-でも、昼食の時間なら…

-院内食堂へ向かう筈ですから外へは出ないと思います。入院患者は皆同じ時間に配膳がありますし、受付も診察も止まります。帰る人も多いです。



「ありがとうございます。決まりですね、お昼時を狙いましょう」




その後も、プロヒーローでもある先生方へ向けた内容が続いていく。細かな順序だてと人員配置を固めながら、話は一斉避難の中、詳細な位置が掴めない人間をどう捉えるかに差し掛かり、話の途中で失礼かとも思いつつ、もう流れが汲めてしまった私は、話が進んでしまう前に急いでノートを書いた。




-わたし、囮になります



正気かと問うような叫び声と同時に両肩を掴まれて、ぐるりと回ってしまった椅子の背もたれを止めた背後のオールマイトさんからも、ほかの先生方からも、どよめきが聞こえる。


宥めるようにひざしさんの手を外し、私はもう一度机へ向き直った。



-私がいればあの人は来ます


-あの人は同じ日が明日も来ると思ってる。だから、突然の異変で人が雪崩れだしたとしても、自分の安泰を守るために、これまで通り必ず私を連れていこうとします



「ユメちゃん!」



-私はもう一人ではないと言って下さいましたしね。…我儘は承知の上なんです。元は私の戦いでした。だからお願いします、どうか私もこの一計に混ぜては貰えませんでしょうか。実の所、これが最適解だとも思っています



「…他にやり方は幾らでもあります。いいんですか」



-この展開には正直驚いてますけど、覚悟ならもう昨日、皆さんのことを知らないながらに決めていました。それに一緒に戦ってくれる方々がいるので怖くありません。



もう思いは全て載せた。

ペンを置いて、身体ごとこちらを向いたままのひざしさんの目を初めに振り返り、決意の程を伝えるように先生方と目を合わせていく。



「今回の件は公には明かされない案件になります。ユメさんが強く望むのであれば…実は叶えられない事もありません。少々酷になりますが。いいんですね」



強く頷いた私を見て一呼吸、
手を叩いた校長先生は、ニコリと笑ったせいで僅かに髭を揺らせた。



「それでは。ユメさんの声はマイク先生しか聞くことができません。よってこの作戦の要はユメさんとマイク先生とし、その後の流れを組みましょう。次に…」



作戦の流れを組み立てていく話の大詰めで、いよいよ顔の確認と証拠引渡しのデータを送る事になり、先生方からは口々に退室してもいいんだよとお声掛けを頂いたが、もう怖くはない事と、最後まで会議に御一緒したい気持ちが先行して問題ないと答えた。


それならひざしさんこそ大丈夫かと目を見れば、自分はさておき私ばかり気にかけていて、囮の事まで引き摺りながら、何度も「またアレを見て大丈夫か」と繰り返し、互いに「あなたこそ」と指を突き付けては「大丈夫」の頷きを掛けあって、全く折り合いがつかない。



「あの、すいませんが」


「おい。どっちなんだ」


「はぁ…本当に…好きよ…そういうの」



ハッとして頭を下げた私は、
取り出した携帯をスクリーンへ映るように机へ置き、通信が始まったサインを確認して再生マークを押した。


深刻に動画を見る先生方の傍ら、
ひざしさんは、"せめて耳は塞いで" だとかその手を退けては、声を出してしまいそうなひざしさんへ"静かにしましょう"のジェスチャーを言い付けたり、しつこく身振りだけでパントマイムの様な言い合いをしていた。

強行手段へ出ようとしたひざしさんが、私に耳栓をしようとヘッドホンに手を掛けた頃には動画は終わりかけていて、私達のやり取りなんて気が付かないほどのシリアスさだった筈が、少しのざわめきと不思議な顔で全員がバッと振り向いた。



「彼女に!…こんなポーズ教えたのか…!?山田君!!…君は」


「…あ!…オールマイトさん、いや!これは!」



皆様の絶句と、頭を抱えたイレイザーさんの盛大な溜息を添えて、動画は全開の笑顔で中指を立てる私のドアップを映してプツリと停止した。



-どうか怒らないで下さい!
-すいません!!
-その、これは、
-マイク先生のお陰なんです!


セットしていた携帯をどけ、
慌てて書いた言い訳に移し替えて、そのまま続きを綴っていった。



-何故だかひざしさんには私の声の音が聞こえたんです!!この時だって思い出したから頑張れたんです!!

-気がついてくれてありがとう、糸口をありがとうと思うと…ひざしさんは私にとって神様からの贈り物なんです!

-毎日ああやって笑わせてくれたから、笑ってくれたから今があって乗り切れたんです、だからごめんなさい!ほんとに、どうか怒らないで下さい!結果皆さんを巻き込んでしまいましたが私はもう見つけてもらった時から一人ではありませんし覆ったんです、ひざしさんにはとても感謝しているんです!今では一緒に戦える事がうれし



「あー……ユメちゃ、ごめん、そのくらいで…お願いできるかなァ…?……公開処刑は…その…シヴィ……」



息を切らすほどの勢いで書き殴っていた私が顔を上げると、笑いを堪える先生方がプルプルと震えていて、見悶えたミッドナイトさんが「マイク先生、ひざしさんひざしさん」と消え入りそうな声で繰り返しながら、身体が反り返るほど天井を仰いでいた。


書き終えたノートと見比べながら、かっと熱くなった私は謝るためにひざしさんを振り返ったけれど、その顔は見ない方が自分のためだったなと後悔する程赤面していて、私まで消えたくなってしまった。



「街の平和を守るのがヒーローです。
街とはすなわち人なのさ。

さて全快した事ですし。次は生徒と個性の紹介と打ち合わせがてら、お散歩でもして帰って下さい」



綺麗に纏められた根津校長のお言葉があっても尚、最後まで笑われながら、私達はいたたまれない気持ちで会議室を後にした。



「嵐前には静けさがある筈では」

「嵐前に大嵐でしたね」

「いいじゃなぁい、楽しそうでぇ…私こっそり見ていたいわ」

「あぁそうそう、相澤先生。対象捕獲後は好きにしていいですからね」

「だから…なんでアイツ行ってから言うんですか…」






羞恥が中々消えず、
言葉にならない溜息を何度も付く二人は、それぞれに緩んだ口元を押さえ付けたり、暑くもないのにノートで扇いだりと、特に意味もない行動を繰り返して歩いていた。





「ユメちゃん、あのね。学校で口説いちゃダメ。二人の時にしようね。ok?」


-くど?!…口説いてません!!大事な事言っただけです!!


「大事って…だからソレな…そういうの」


-ちょーーっと!そーれーはー!ひざしさんが勝手にデレデレするんです!!何言ってもキリがないですこんなの!ほら、ちゃんと怖い顔作って下さい、生徒さんにお会いするんでしょ先生


「Waaaait センセェッ!!もう先生ェもダメ!!いけない気分でわくわくしちゃうでしょうが!」


-じゃあなんて呼ぶんですか山田くんですか!!


「や、あー…ワンモア」


-はぁ、…解りました名前は無し
-もうアナタとかにします


「……なんだい…オマエ?…て事?」


-ちがーう!!!そっちの意味じゃなくて!!!!勝手に夫婦漫才にしないで下さい!!!!!


「めおとぉ?!!…や…ゴメン…そっちの貴方かよ………アナタだったらオマエだろって思って言っただけで、つい…でもそれめちゃくちゃイイな」






「おい。ソレいつ終わるんだ」



「…イレ…faaaaa!!」



「俺に照れんじゃねぇ!先に行ったのになんでまだこんな所にいんだ!!早く行け」





私たち、一体何やってるんだろう?
そんな漠然とした思いが掠める中、すいませんすいませんと、私は何度もイレイザーさんに頭を下げた。




 






fix you