BGM:Be Like That /Kane Brown
真夜中の太陽が昇る
「…作戦の流れは以上だ。
これから明日の作戦にあたり、ユメさんを交えてレクリエーションを行う。個性の紹介と顔合わせだ。堅苦しくしないよう校長から言われているのでお楽しみ会とでも思ってくれ。
ユメさんの発言はスクリーンに映す。では……今俺が説明する間に音が聞こえた奴、いたら手を上げてくれ」
どういう事かと静まり返る中で、
ひざしさんが「三回」と答えた。私はそれに応えるように急いで正解と書いて、ノートを皆さんへ掲げて見せる。
「周波数の様な音が聞こえるらしいが、この通り、プレゼントマイクにしか聞こえないそうだ。音に関して少しでも話したい者が居たら来てくれ」
「私、試していいっすか」
初めに来てくれたのは、
耳元が特徴的な女子生徒だった。
「耳郎響香…イヤホンジャックです。喉元を失礼します」
スルスルと伸びたジャックが二本、首の横へくっつく感触。成程と直ぐにロングトーンを発声した私の声を、診察する様な静けさの中で彼女は目を閉じた。
「体内の音は聞こえます…あと声帯が開いたり閉じたり。でも、それだけでした…ダメです」
大丈夫です。ありがとう。
そんな気持ちを込めて、
両手で手を握った。
「落ち込まなくていい、元々コイツだけ聞こえるのが妙なんだ。次に試したい者は」
「ミョー!!!」
「うるせぇ巻くぞ」
二人のやり取りが面白くて弾んでいると、輪の中のどこかから、「ケロ」と返事のような間合いで声が聞こえた。
「カエルに耳はないけれど」
左側からだ。
そう思って振り返ったが、
思った距離には人がいない。
「ちゃんと聞こるのよ」
気のせいだろうかと感覚を疑いかけた時、次に聞こえたのは真後ろだった。しかしこれも、驚いて振り返ってみたが空間と壁。
「カエルは肺で周波数を感じるの」
正面に気配を感じて向き直る頃、他の生徒との空間がぼんやりと揺らいで、立体が形を成していく。
梅雨ちゃんと呼んで。
そう声を掛けられた時には、驚いて飛び跳ねた手を握られて、握手を交わしていた。
「肺がくっついてないと解らないの。ごめんなさいね」
ぺこりと軽く頭を下げた後、
両手を広げた意図が汲めて、私も両腕を広げて彼女を抱き締める。
そうして互いの曲線を埋めるように擦り寄った彼女は、静かに、おでことおでこをくっつけて、お願いと一言呟いた。
「WOWォ羨ましィ…」
「羨ましいいいいいい」
発声を試そうとしたのに、
男子生徒の一人が叫んだせいで一旦止められてしまった。あろう事か煩悩の生徒の声にひざしさんの声まで馴染んでいる。
驚きと笑いで、緊張感が一段と薄れた気がした。
「個性もぎもぎの…この峰田も是非に…くっつける事では引けを取らず…」
近づきつつあった峰田さんは、私と梅雨ちゃんの目前に張られた、誰かのテープで直ぐに歩みを止められた。
「やめとけ峰田!!すいません、コイツ煩悩が馬鹿野郎で!」
「ヒュー瀬呂君!
nice!caution tape!」
「お前もだ馬鹿野郎!生徒の前だぞ!いちいち乗ってんじゃねぇ!」
ムッとした顔でひざしさんを牽制して梅雨ちゃんに向き直り、再び額を付け合うと、目で合図を合わせるようにロングトーンを発してみせた。
「響いて来るのは感じるわ、でも密着しないといけないなら、実用的では無いわね…ごめんなさい」
けろ、と言いながら離れていくシュンとした様子が申し訳なくて首を横に振ると、ニコリと笑ってもう一度握手をしてくれた。
イレイザーさんがテーブルへ置いてくれた会議室でのプロジェクターライトを調整し、ノートの手元に向けた私は、あらゆる可能性を探せたらと、ノートへ連想ゲームの様なメモを書いていく。
そうだ。梅雨ちゃんはカエル
カエル、…動物、生き物
-私の声
-音 音波 周波数 〇
-声ではない 音のようなもの
-何を話しているかは解らない
-周波数…コウモリ イルカ クジラ
すると空中に現れたスクリーンを見る中、奥の方で生徒が一人立ち上がり、モジモジと生徒達の輪を遠回りしながら、控えめに隣へと身を寄せた。
大きな体で、照れくさそうに指先をつつき合い、目線はこちらへくれたり、逃げたりを繰り返している。とても恥ずかしがり屋さんの様だった。
お話できるまでゆっくり心の準備をしてくれればと思い、うんうんと緩く頷きながら笑って見せれば、決意したように私のペンを取っていった。
「…お前も書くんかい!!!」
-生き物達に語りかける事ができます。失礼ながらユメさんに試してみてもいいですか。生き物達は、人間とは違った周波数を聞いています…語り掛けてみますね
数人分のガヤと笑い声に隠れる様にして呟かれる声は、聞き取る限り、大地と生き物への祈りの言葉のようで、胸を熱くする程美しい響きを持っていた。
何かを感じ取れたらと思い目を瞑ってみたが、残念ながら、内なる動物を感じ取ることは出来なくて、彼からペンを受け取った私は、「ダメでした でも試してくれてありがとう」と、ノートに書いた。
次に立ち上がった男子生徒は、横に立つと一礼し、丸々とした瞳を煌めかせて、意気揚々と私のノートの隣に自分のノートを並べた。
「緑谷出久と言います!デクと呼んでください。早速ですが、少し個性について伺ってもいいでしょうか」
-はい。どうぞ
「シャボン玉とお聞きしました」
-はい、指先からシャボン玉が出ます、皆さんの様に訓練したことはありませんから、どんな事が出来るかわかりませんが、昨日初めて掌で無理やり握り潰して泡ではなく液体化させる事ができました。そのくらいです
「なるほど、じゃあ…指先から球体を作るように…フィルムを生成している…もしくは体内から器官を伝達する仕組みで泡のイメージを出しているんでしょうか」
-いいえ。どちらかと言うと…イメージは放つ…?放出に近いかもしれません。泡の明確なイメージはした事がなくて…ただ出そうとすると既に泡の状態で吹き出ていく感じです。
「仕組みをお聞きしても?…洗剤を常に取り込んでいるんでしょうか、もしくは体内の何かしらの変化が?」
-洗剤を精製しているのではなく、母体から出る母乳の様に血液から変換されて精製されているんです。なので甘いんですよ
人差し指から出しかけたシャボン玉を一つ、食べてみせると、少し驚いた様な視線が向けられた。
「つまりおっ」
何かを伝えたそうに瞳を輝かせた、吊るされたままの峰田さんは、イレイザーさんによって、より一層締めあげられ、何も言えないミノムシのようになって揺れている。
「もう少しカラッカラになるまで干しておきます。ロクな事言わないので」
一生懸命聞き取ろうと眉をひそめた私に気が付いたイレイザーさんは、そう言って他の生徒達へと視線を戻してしまった。
それからというもの、他クラスの生徒も混ざり始めて、学生らしく混沌としたムードになってしまい、私では収拾がつかない騒ぎへと変わってしまった。
「クソナァァァァァド共がァァァァァァいい加減にしろやクソ暗くなるわその辺にしとけやァァァ」
「では誰よりも眩しいこの Can't stop twinkling.キラメキが止められないよ☆ な、この僕がどこまでも明る」
「すまない青山!ダークシャドウが!眩しがっている!止めてくれ!」
「おっと……ま、ば、ゆ、すぎたよね、…ゴメンね常闇君」
「叩けば俺も響くぅ鉄哲徹鐵ぅ!」
「レッドライオットぉ!硬ぇ!」
頭を抱えて溜息を着くイレイザーさんの姿を横目に捉え、ただ呆然と "混沌" を眺める。ひざしさんはそんなイレイザーさんの肩に手を添えて、なんだか宥めている様に見えた。
そうして私の隣はいつの間に、声の改善を試みる生徒たちが次々と話し掛けに現れていて、ひたすら対応に追われる事になっていった。
「温める、冷ます…温冷療法は」
「バァァカかこの半分野郎!!!温泉気取りか」
「だったらおれ電気ショックできます!爆豪も爆発ショックできんじゃね」
「うっせぇ人体実験じゃねぇ!!」
呆気に取られていると、
次は騒ぎとは別の、降りてきた生徒達の中から現れた一人が、私の前で控えめに声を掛けてくれた。
「すいません。心操といいます。…お話はお聞きしたんですが…あの、あんまりいい方法とは思えないけど。話し掛けるので答えて下さい」
コクコクと頷くと、
あーと呟いて、その先を考えていなかった様な素振りで天を仰いでいく。
「質問どうしよう…何を…」
すると俊敏な動きで背後に回った一人の男子生徒が、考えている彼に、楽しげに耳打ちをした。
「プレゼントマイクと付き合ってんすか」
えええええ!
そう叫ぶつもりだった。いや、そう心の中では叫んでいた私だった。しかしそんな私の代わりに悲鳴を上げたのは女子生徒たちだった。
心外だったのか、心操君は、
愉快愉快と仰け反って笑う背後の彼を睨み付けている。
す、す、す、
勝手に動く唇が形を成してしまいそうで、顔が熱を持っていく。どうしようどうしようと思考がグルグルする。
その瞬間、いつの間に隣に来ていたひざしさんが、スっと腕を伸ばして、喋ってしまった私の口元を隠していった。
「Heeeyリスナー!おふざけがすぎるぜぇ!それは大人のトップシークレットだ解ったかァ?」
駆け寄ってきた女子生徒に「物間」と激しく呼ばれて引き摺られて行ったのを見て、心操君は酷く申し訳なさそうに頭をかいていた。
「すいません…こんなつもりじゃなかったんですけど…聞こえましたか」
「いや、周波数だけだったな。しかしナイスアイデアだったぜ」
目を据えて真剣に説明をしたり、混沌さを前に頭を抱えるイレイザーさんも、時々生徒と同じ温度で戯れながらもしっかりフォローを入れるひざしさんも、こうして皆から愛され慕われる先生なんだなと、胸が暖かい気持ちになっていく。
こんなにパーティのような賑やかさを体感しているのに、明日には全てを持って戦いに行くだなんて、全く想像もつかない。
「少しお茶にしませんか」
「俺、クッキー焼くんす。良かったら一つどうですか」
ずるいずるいと案の定巻き込まれていく輪の中で、いつの間に奥の方へ行ってしまったひざしさんとイレイザーさんが、なんだか二人して笑っているような気がした。
◇
作戦の説明とレクリエーションを終え、寮の外へ出た私達は、戻って来たオールマイトさんも交えて、屋外を活かした個性の見せ合いや身体能力の特徴を話し合っていた。
それは先程の形式とはまた違い、より談笑やお散歩のような雰囲気を纏っていた。
私はノートを広げ、話しかけるための悩み事を書き上げると、それを持ってイヤホンジャックさんの隣に腰を下ろした。
-あの、このシャボン玉で、壁や床に絵を描くにはどうしたらいいと思いますか?
「絵を描く、ですか?」
襲われたあの日、もし私の個性が目潰しが出来る程に鋭く伸びたなら…そう思っての事だった。でもヒーローを志さない私が堂々とそう話す事はできなくて、考え抜いた苦肉の策だ。
-水鉄砲みたいにして、壁とかコンクリートに…液体を出せると分かっても、線上に出せたことなくて
少し考える素振りを見せた彼女は、何かを閃いたように、笑って人差し指を立てて見せた。
「んー、指じゃなくて爪の先から出すイメージはどうですかね。例えば…何色がいいですか」
ペンケースを取り出し、中から沢山のペンを取り出して見せる。
鮮やかな蛍光色をひざしさんに重ねて、私は翠色をクジ引きのように引き抜いた。
「ライブであるでしょう?あの、パフォーマンスで、大勢いるのに一人だけを指さしたりするやつです。
あんな感じで、周りに沢山いても、指先でウインクを届ける…みたいな」
横に立っていたオールマイトさんに、ここへ試していいですかと伺いを立てて、足元へ広がったコンクリートタイル目掛けてお絵描きを試してみる。
何度か試した後、彼女は上手くできない私の爪先に、先程選んだ緑の蛍光ペンで色付けしてくれた。
「爪先で、届ける。です」
指じゃない。爪先、爪先。
線を指すように、爪先で届ける様に。するとそう意識した私の指先から、そう難しくなく見た事もない形状で溶液がとんだ。
「そんな感じです!」
拍手をくれた彼女と握手をして、
私はありがとうをちぎって渡した。
やったあ!!!
やったー!!!!
感動を伝えるべく走った私は、ひざしさんを直ぐに見つけて、袖をグイグイと掴んだ。
「何何、お友達できたのかなァ?」
頭を横に振り、オールマイトさんへ手を振った私は、横の壁を指さして、ジェスチャーでここへも描いていいですかと問いかけてみる。
伝わったようで、腕で大きな丸を作ってくれたのを見て、私は壁に向かって大きく絵を描いて見せた。
「へぇ!描けるようになったのか!…ところで……これは………魚?」
- くーじーら!!!
そのまま壁に文字を書いた私を見て、ひざしさんは絵心は伸びねぇなと大変失礼な暴言を吐いて笑った。
-私、あんな気持ち悪い世界に挟まるのはもう嫌です。
お絵描きをやめ、改めてノートへ文字を綴るたび、文字を追い掛けるひざしさんが相槌を打つ。
-ここの人達は皆さん、同じ所から見守ったり、声を掛けてくれたり、優しさをくれるんですね。まるで綺麗な平らな世界
未来のヒーロー達だからなと答えたひざしさんの目は遠くを眺めていて、穏やかに笑った先にはやはり、元気な生徒達がいた。
-知ってますか?見渡す限り湖面が続く、真っ平らな湖があるって。私大好きなんです。世界一平らなんですよ。…しかも塩の湖なら私、沈みようがない!
「…それもそうだ…けど自虐ネタすぎぃ!ユメちゃん!」
笑い合う私達をみつけ、再び囲んでいく生徒達は、デク君のヒーローノートからひざしさんの誕生日を見つけ出して、あっという間に誕生日ソングが空間を包んでいった。
少しずつ輪から離れ、私は遠目でその光景を胸に刻んだ。サングラスの下にチラリと見える、得意げでありつつ嬉しそうなその瞳を、囲む生徒達の思いと温度を。いつか夢見た暖かな世界を。
「装うためには、今日は病院へ戻る必要がありますが。大丈夫ですか」
ゆっくりと現れた根津校長へ、私は改めて頭を下げ、ノートにはいと書いて見せた。
「お送りするので夕暮れ時まで居てください。ご飯も美味しいと評判です。明日のためにたくさん食べて万全で挑みましょう。病院へ戻ってからは朝まで、交代で院外からの見張りを付けます」
-何から何までありがとうございます。あと、最後にお願いがあるのですが、どうにか今のうちに聞いては頂けませんでしょうか…
「ええ、なんなりとどうぞ」
-抱き締めても…いいでしょうか
「…HAHAHAHA」
面白い笑い方をしつつ両手を広げて下さった、念願の校長先生を抱き締めて、せっかく目を盗んだのに見つかってしまって、遠くからはひざしさんの叫び声が聞こえる。
たくさん笑って、
たくさん日を浴びて。
とんでもなく幸福だった。
日が暮れかかる頃、
よく眠れるようにとご好意でミッドナイトさんもついてきて下さり、ひざしさんに送られて病室へ戻った私は、ベッドの上でこの不思議な一日を噛み締めるように、ゆっくりと布団を抱き締めた。
「ユメちゃん、大丈夫?」
-はい。今日もありがとう
-また、明日
「また明日。オヤスミ」
少し離れたひざしさんに代わり、ミッドナイトさんが枕元に立ってから、私の意識はゆっくりと微睡んでいく。
眠香のお陰かいつかの恐怖はそこにはなくて、何故だかとても幸せで、こっそりと、こんな素敵な日を用意していたひざしさんを最後に瞳に映すと、自然と口から言葉が溢れた。
「なんて言ったのかしら」
「グンナイじゃないすか」
眠ってしまったユメの頬を撫でながら、釣られて口元が笑ってしまう。
"もっと一緒にいたい"
そんな事言っちゃって。
はァ、初めて言われたわ
「名残惜しい?」
「面会時間上、あまり眠る姿は見られないもんで」
「それもそうね」
でもと続いた言葉は美しく、子守唄の様な温もりを残して髪を撫でる。希望を孕んだ軽やかな口調で魔法をかけるように、引き摺った夜の裾にも必ず朝が絡まっているのよ、もう悪夢は終わりよと、彼女は静かに呟いた。
真夜中の太陽が昇る
Midnight Sunrise
fix you