プレマイ祭り
こんなプレマイ読みたい!
「美味しそう」より
【長編主の指先シャボンを
眺めるひざし】
いつもの様に、病室の前で「コンコン」と声を掛けるつもりでいた俺は、突然扉から飛び出てきた少年をギリギリで避け、余韻に浸る楽しそうなユメと目が合ったせいで、そのタイミングを派手に逃した。
「お客さんジャーン。何貰ったの?」
ユメが掲げたのは、薄黄色の広告チラシで折られた紙飛行機だった。
この質問の解は既に見たら分かる。それでもあえて、二人のルーティンになっている新しいノートを渡した。
ユメはいつも最初の片ページを使わない。必ずその次の、両方紙のページから書き始める。
-初めて!
-お花じゃないのくれた!
ガイドの線を無視し、ページの3分の1を使ってそう書いた。数えれば10行。二言目も同じ幅を使って全部で3分の2が埋まった所を見れば、相当喜んでるのが分かる。
仰向けに寝転がって機体を飛行させる軽やかな手つきを、一緒に転がって眺める。天井が白いパネルになっているせいで、繋ぎ目の線を越えていく黄色い飛行機は雲を渡っているように見えた。
「イイもん貰ったじゃん」
右に首を傾けてユメを見れば、目線だけくれたユメから小刻みなリズムの音が聞こえる。へへへ、やったねー!ってところだろうか。
最近、ちょっとした事なら何言ってるか解っちまうなぁなんて考えた時だった。
機体の翼辺りに書いた広告の一文が気になったのか、分解し始めたユメが、突然ガバッと起き上がってベッドが揺れた。
「ナぁーン?どした?」
覗き込むように後ろから近付けば、そこには大きく「デジロウ先生の化学実験!巨大なシャボン玉を作ろう!」と書いてあり、ユメはそれを凝視していて、両手の指が全部開いていた。
「…ユメちゃん。…ユメちゃん」
何なら指どころか、
目も口も開きっぱなし。
あーあー。なんか、閃いちゃってんなこれは。週末は外の芝にお出かけかもしれない。
窓をバーンと開けたユメは、案の定シャボン玉を出そうとしている。明らかにデジロウ先生のアドバイスを試そうとしていて、戸棚からタオルとコップを出してきて、水を半分入れて戻ってきた。
指先に付けた水を弾いて、空間に湿度を保たせているんだろう。黄色い紙には、空間の埃で割れやすいから加湿させると割れにくいと書いてある。
スプレーじゃ無かったら意味が無さそうなのに、そんな飛沫じゃあ。
「…ユメちゃん」
あんまり笑うと拗ねて辞めてしまうかもしれないから懸命に堪えてはみたけど、小刻みに笑ってしまうせいで、まともな言葉も掛けられず名前しか呼んでやれない。
何度やっても小さな泡しか出せないユメは、やっぱり駄目かと、すっかり眉を八の字にしてしまった。
「Uhh…そんなに気にすんなぁ?小さくても綺麗だよ」
八の字眉のままこっちを見たユメは、こっそり隠した褒め言葉を受け取ってはくれず、すごく不満足そうに顔を横に振った。
俺を見たまま溜息をついたユメだったが、そのままなにか閃いたのか、クレッシェンドがかかった周波数を俺に浴びせて、何故だか眼前に指を突き出してきた。
「……me?…?」
ノートを手にしたユメは、
贅沢にも片ページを全部使った。
-酸素が足りないんです!!
「HAHAHA!…へへ、そりゃそうだわな…!」
今更な事を大事件みたいに言うもんだから、結構な声で笑ってしまった。
少々、上から目線な可愛がり方をしていたもんだから、次の瞬間のユメの突飛な行動には気持ちが追い付かず、動揺の嵐が巻き起こる事になる。
妙な大声を出す俺を無視して、
頬に頬をくっつけてきたユメが、一緒に吹けと、俺たちの前に指で作った丸を出してきた。
「俺もォォ???!」
せーのとでも言うようなカウントダウンが響いてくる。諦めた俺は、歪んだ口元を整えるように、気流が2倍で入っていくようなイメージを即席で作って吹いてやった。
目の前には、ユメが見せた事がないような大きさのシャボン玉が飛んだ。
これは、…ビーチボールぐらいだろうか。隣でトコトコしてるユメは、置きっぱなしだった窓際のプラスチックのコップを倒して、水で滑って体を傾けた。
もうわかるな、これも。
「二人で!ヤッター!」と、
「うわぁぁぁ」だ。
転けそうなユメを止めてベッドに返してやり、零した水を拭いてる間に書いたんだろう、ノートの新しいページには懲りずに「もう1回やろう!」と書かれていて、またもやTimeoutを叫んだ俺は全力でノートを閉じた。
◇
-あの中に入ってみたいなぁ
あの日、シャボン玉研究が終わったユメが眩しそうに呟いたのが忘れられなくて、休日の今日は組立式のフラフープと巨大シャボン玉セットをお土産に持っていった。
ノートより先に取り上げられた簡易プレゼント包装は、目前で無惨な格好で床に落ちていく。裏と表を交互に見て目を輝かせるユメを見て、大成功だな、と思った束の間、腕を引っ掴まれてそのまま病院の噴水前に連行された。
「ユメちゃん!?ノートぉぉぉ??ノート忘れてるyooo???」
要らんとでも言うような、
知らね、とでも言うような。
勇ましく腕捲りをして噴水に両腕を突っ込み、周りに水滴を振り撒き始めたユメを見て、呆れてるのに口元が歪んだ。
「何すんのー?」
「これすっげぇシャボン玉や!」
「いいなー!貸してお姉ちゃん!」
「俺も俺も」
「私もやりたい!」
あっという間に子供達が集合し始めて、筆談もなしに順番の指示までしている。
そして見本を見せるとでも言うように、組み立てたフープを溶液にくぐらせると、振り上げた輪からシャボン玉が流れるように風を孕んだ。
「すげええええええ」
「でけええええ」
「すごーい!!」
「私!私も入る!!」
歓声に包まれたユメは、あっという間に子供達のヒーローになってしまい、あっちこっちで風を捕まえては、1人ずつ並んだ子供たちを包んでいった。
子供達は泡が壊れる度に、衝撃で驚いた顔をして、また直ぐに笑い出す。調子のおかしな、おもちゃのような声だった。
「もうこれ、軽い遊園地じゃん…」
子供に分断されて輪の外から眺めていたら、ユメが目の前に帰ってきた。そして、私もやって。とでも言うように腕を引っ張り、問答無用で濡れたフープを渡された。
「解った解った」
座っていた芝から引っ張られるまま腰を上げて、大人しく連行される。広まった所で止まったユメを、まず鎮める必要があるな。
「ほらユメちゃん、止まンねぇと入んねーだろ。良い子はFreeeeeeeze!」
わくわくを食いしばって堪えた所に、洗剤でびしょ濡れの輪を頭からかけてやった。
あー、シャボン玉の中から叫ぶとこう聞こえるのか。幕を張ったような、楽器にミュートをはめたような、少し篭った音がする。
二三歩引いて、
広がる芝と噴水と空、子供達とが視界に入る様にユメ全体を捉える。
数秒で割れてしまった泡の中から、弾けた笑い声と歯をむき出しにしてニカッとするユメが出てくるもんだから、なんだ今、俺は妖精が生まれるマジックショー見せられてんのかと、クソ真面目に感動した。
軽快な周波数を引っさげたユメは、また俺の腕を捕まえた。本当に容赦がない。俺の袖はもうデロデロに泡そのものだ。
多分、次は俺も中に入れと、そう言ってるんだろう。もう少し小さくなれと、懸命に手を伸ばして無理矢理肩を押し下げてくる。
「それは無理でしょ!?これでいーじゃん、乗んな」
踏み台になる様にバケツをひっくり返してやり、直立待機してやると、すぐにユメは助走をつけてまで、軽やかにバケツから跳ねた。
とんでもない躍動感を見せ付けられて「ぶっ飛びすぎだろ」と言った俺の呟きは、届く事なく泡に飲まれた。
確かに内側は面白い世界だった。子供達の一瞬見せた静けさは、この感動の瞬間を映していたのかもしれない。世界の音から遠のいた癖に、膜を隔てた外側は夢のように見える。
内側の世界はすぐに弾けとんだ。
去りかけの透明なホログラムフィルムの残像に、まるで夢の光景でも目にしている様な眼差しで俺を見るユメが居て、小さく溜息が出る。あーまずい。これ知ってるわ、理性の音だ。
「Heeeey!お片付けできる良い子チャンはいるかぁ??」
「俺!俺やる!!」
「じゃあ僕チャンにプレゼントな」
流れ作業の様な数秒で面倒事をプレゼントした俺は、ユメを抱き締めて都合よく今日も強制終了を宣言し、自動ドアの前で両頬を挟みあげる平手打ちが待っているのを覚悟で抱き上げたまま帰りの芝を歩いた。
-あー楽しかった!!
ありがとうひざしさん!
病室に戻り、窓の外を名残惜しそうに眺めるユメの髪を拭きながら、書かれたノートに目をやる。
「良かったネェ」
-でもやっぱり、1番は、
-これが好き。
「……はい、ピース??」
ユメが出したのはピースサイン。全く意図が解らないなりに、ピースと言えば、写真でも撮りたいのかと思ってしまった。
「なぁに?次はパパラッチごっこでもすんの?」
ブンブン顔を横に振ったユメは、俺にピースサインを強要しているようだった。
疑問符を頭に沢山浮かべたまま、大人しく2本の指を立ててをやると、突然俺のピースはユメの指で泡だらけにされた。
「な、な、ユメちゃ、ハァァァ???!!エェ?」
そして窓際に引っ張られ、ユメのピースと逆さまにくっつけられた指は輪を型どる。
「吹く…ノォ?」
激しく頷くユメを前に、
こうなると選択肢が無いんだよなあと溜息をひとつ、もう諦めた。
やけにもにゃっとした感情を隠すのが難しくて、変な歪んだ口で息を吹いてやった。
空へ飛んでったシャボン玉を見送り、すぐにノートを掴んだユメはまた、派手な白紙の使い方で文字を綴っていく。
-へへ、ひざしさんから
-シャボン玉でてる(笑)
-新鮮。私と一緒!
そんな顔で感動してくれるなよ。
ユメの顔が宝物を見つけた子供達と被ってしまって、もうどうにも。
「あーもう、おわり、終わりねー」
-駄目よ、下手くそだったから。
-やり直し。もう1回。
「笑っちまうんだって、こんな口で止まってらんねってェェエエ工!!!ヤメテェェ」
-手伝いますよ
口の隣あたり、頬を親指と人差し指で鷲掴むもんだから、いよいよ笑いが止まらなくて、ユメは変顔で止まったまま笑い続ける俺を見て、ひたすら大爆音で周波数を響かせていた。
【ホログラムフィルムの残像】
fix you