暗がりを付けよう
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BGM:Avril Lavigne/Rock N Roll
暗がりをつけよう










尖りはしなくとも神経が過敏になっている。
連れ帰ったユメの様子はまだ興奮を引き摺っているのが分かった。

静けさを取り戻した凱旋後の空白ではそれがよく浮き立って見える。最終的に笑いはしたが、待てないと言った言葉通り、今にも溢れそうな動転を抑え込むようにどこか上の空でいた。浴室から出れば消えていた筈のキッチンから別の部屋に至るまで、ユメの視界に入る全ての暗がりに電気が着けられていて、心が震えていることが顕著に現れていた。

椅子に掛けていたテーブルクロスを被った塊の前には、自身を模した人形が病室の窓辺を再現する様に夕陽を浴びている。テーブルの上の開かれたノートは綴じ線でペンを噛み、ユメに変わって思いを伝えていた。



-あの場所から出られたのは嬉しいのに、
-私は少し悲しいのかもしれない

-閉じ込めた嫌な場所だったのに
-悪い夢が輝くぐらいに塗り替えてくれた
-ひざしさんとの思い出まで消えてしまった気がして
-大切だったから

-ほんとになくなってしまったのかな

-今あそこに行っても 本当に何も無いのかな
-今でもひざしさんが真っ白な廊下を歩いている気がするの
-秘密のお庭はもう無いの?


-ねぇ、治っても、いてくれる?
-病院が無くなってしまっても会いに来てくれる?

-近くにいていいの
-もう帰らないでって言っていいの
-行かないでって
-言っていいの



「…ユメ」


隠しあった真相を欲しているようだった。
綻ぶわけに行かなかった日々の中で、「多分、きっと」と揺らぎながら信じてきた見えないものが、理由の消失で隠す必要が無くなった。
あんな真っ暗な世界じゃ確かな光であっても、明るみに出れば不確かな物にすがっている気になってしまう。それは、遠のく周波数の中でもう聞いてやれないのかと去っていく鯨の尻尾を追いかける焦燥によく似ている。


「そのまま聞いてくれ」


夜が明けた今こそ、
俺だって、互いが灯台である証明が欲しかった。


「周波数が…小さくなってんだ」


今伝える必要があるのか、最善とは何か。

惑いながら模索する恐れは馬鹿ほど知った。
小さく震えた白い塊の輪郭を見て、今でもこの言葉にならない琴線をなぞり合うことはできるかと思うと、急速に喉が締まっていく。


「だから駆けつけるのが遅れた。…多分このまま……ユメの周波数は聞こえなくなる……もう聞いてやれねぇんだ」


発した瞬間に形を持つ言葉の破壊力は、
一番に自分の心臓を殴る。

現実を突き付けるようで理解したくなかった。
まだユメのもう一つの声を、胸の深淵を照らす波紋のように広がるクジラの唄声を聴いていたかった。



「このまま俺だけの声が聞こえなくなっても」

「俺を呼んでてくれるか」


密やかにと隠しあったベールをめくれば、
幾度となく照らした灯台の瞬きが、滑らかな曲線を描く白いひだの隙間から明かりを取り込んだ雫をポタリと零す。

涙を流す灯台の落書きが鮮明に現れた神聖は、もっとよく見たいと願った、胸を突く指が残した逆さ文字の誘惑よりも、ノートの世界を映した廊下の衝撃をも上回った、まるで比にならない世界だった。


「ひざし、さん」


灯台元。此処が心臓の麓だ。

潜みあった囚人はもう解放してやろう。
隠れんぼはもう終わりだ。

子供のプロポーズに自分を重ねなくたっていい。罪人同士仲良くしましょうなんてもういい。暗号なんてもう必要ないんだ


「愛してるよ」


もうこれ以上はなんて言っておいて名前を呼ばせたが、無理をしあった掠れ声を交わし、痛む喉を労りあって触れる唇の温度は花嫁さながらの幸福でその全てを溶かされた。

全灯の眩さに照らされて、赤らんだ頬も、応えようとする苦しげな瞬きもよく見える。角度を変えながら深堀りする唇の隙間からはユメの息遣いがよく聞こえるな。残念ながらもう手放せそうにはない。

ベールを剥ぎ取り、冷えてしまった背中を抱き寄せればユメに届いた感触が鮮明になっていく。勝手な本能が連れていったベッドの上で、直ぐにユメは小さな周波数を震わせた。


「ざし、さん」


首筋、左頬、耳、髪。くっつく鎖骨。
抱き寄せれば、めちゃくちゃな誕生日祝いが火薬の匂いまでさせて頭に浮かぶ。今更思い出したのか、ユメは好き放題していた癖に慌てた息遣いを飲み込んでいた。


「いい匂いすんな…甘ぇ」


黙った思考の中で同じシーンを映しているのかと思うと、まだ駄目だと決めた思いが揺らぎそうなほど、捕まえたくて仕方がなかった。



「ごめ、なさ、私」

「ん」

「しゃんぷ、んかい…三回…つかい、ました」

「…へ?」

「ぼけっと、して」



何の話かと思ったが、いい匂いを勘違いしたらしいユメは勝手に気まずそうにしているものだから、それは軽快に笑ってしまった。


「待ってェェ??!いや、……HAHAHAHA!…遅せぇ…とは思ったぜ?…いやでも、そういう意味じゃねぇんだよ…まあ、…もういっかァ」



-ねぇ、治っても、いてくれる?
-病院が無くなってしまっても会いに来てくれる?

-近くにいていいの
-もう帰らないでって言っていいの
-行かないでって
-言っていいの


「にしてもあのノートは悲しいぜェ?…俺どこにも行かねえって。こんなに夢中なのによ」



それは君を、
心臓の傍に置いて起きたいだけの話なんだよ。


「例えばな、こうするだろ」


ベッド脇の機材から引き抜いたコードを八の字に巻き、掬い上げたユメの手に重ねた自身の手を、捕まり合うように絡めていく。

例えばそれは、意図せず出会った俺達が互いに呼び合うように惹き合い、何処にいても聞こえている事を示している。

聞いた事のない声すら届けあったんだ。
照らし合った日々と同様に、また積みあげようぜ。どんな声も聞いてみせる。立ちはだかるなら二人の声を混ぜて、またぶっ飛ばせばいい。


「ここに置いておきたくなるワケ。…守るヒーローが俺じゃないなんて妬けるね」


抱き上げたユメをデスクに座らせて膝を着き、忌まわしさが触れた足首に口付けを。膝まで降りた裾から手を滑らせ、目眩がするほどの質感の先、重圧に耐えた太腿には口印を。


「俺が…守りたい」


溶かし合ったんだよ俺達は。暗闇を塗り替える光を届け合う俺達と、それを描き続けるユメの落書きが、これまでもこの先の白紙にすら幾らだって浮かんで見える。

一番上の引き出しを開け、出会った日からの全てのノートを取り出せば、受け止めるように泣いていたユメはより一層涙を溢れさせた。


「ここに全部ある。何も消えねぇよ…大事なもんだけ持ってサ。明日の計画たてようぜ」


ユメの手が首にまわり、絡み合ったコードが足元に落ちる。次は自分の腰をデスクに預けてユメを抱き上げれば両頬はその掌に包まれて、顔中に濡れた唇の洗礼を受けた。


「たくさん、泣いたら、眠くなっちゃった」

「寝ちまえよ」

「まだ、はやいよ」

「ユメが眠るなら夜くらい連れてきてやるよ」

「……電気…消すの?」

「…怖ぇんだろ?確認しに行きゃいい。プレミアムひざしさん家ツアーしようぜェ?……こちら玄関〜。何か思い出すことはァ?」

「ひざ、さんが、靴、脱がなかった…とこ」

「正っっっ解っExcellent!!!!次ィ……風呂ォ!ここはァ?」

「……優し、ひざしさん、のとこ」

「aw…Sugar Honey Baby…手が埋まってんだよ、ハッピー野郎にキスしてくれ」

「へへへ」

「なんか居るか?」

「なに、も」

「消してみな。……怖いか」

「こわくない」

「Wooo!!!Amazing!!次ィ……ここがユメちゃん専属シェフがステーキ焼いたスペシャルキッチンなァ。…ココは?」

「…レストランと、ノート、ちぎった、とこ」

「正解。お味は」

「せかい、いち」

「…可愛い唇寄せてくんね?届かねえ」

「…消すの?…ここは、こわいよ」

「mm…魔除けのマイクちゃん座ってっから大丈夫だろ」

「…だめ、つれ、てく」

「エエ本物ォォォォ!本物が居んだろォォ!?」

「う、そ。」

「オイオイとんだ小悪魔LADYだな…まあ、そのマイクちゃん目からビーム出っから安心して消せよ」

「…へへ、へ、笑いすぎて、お腹、いたい」

「消すぞ」

「…うん」



大丈夫だ。俺がいる。俺がいる。
何度もユメをあやす様に呟いて、
明かりを消していく。

最後、一筋の光が溢れるドアを開け、
二人分の重さでベッドを軋ませて、
ユメにリモコンを持たせた。



「プレミアムツアーの最後を飾るのはベッドルームだァ。ここでどんな事あったかなァ?」

「おたんじょ、び、」

「ザンネン…aw…最後にハズしちゃったネ」

「…な、に?」

「ユメちゃんが俺襲った所だろ?……イテッ!?…イッテ!イテッッ」



講義する手を宥めて、抵抗が浅くなったところを頂いて。伸ばした腕と広げた懐に抱き寄せて納めれば、柔らかな暖かさがいっぱいに胸を満たした。


「消したら…食べる?」

「なぁに…食べられたいの?オカワリ止まんねぇよ?」


満更でもない誘惑には…目を瞑っておこうか。


「今は、まだ。……大っきい声出るまで我慢な」

「……!!!」

「ッテェェェ!!待ってェェ?!くっっっそ真面目!俺ェ!」





-暗がりをつけよう




君が、大きな嫌だを言えるまで。

もう暗いなんて思わせない。
君のために、恐怖ではなく安息と安眠の暗がりを。

安寧の日々を一口ずつ。少しずつ食べような。



「わたしも、あいしてる、ひざしさ」

「!…はァ…クッソ嬉しいンだけどォ…」


願わくば、そうやって、
いつまでも微笑みを咲き誇ってくれれば。

「オヤスミ。My sweet honey」









 






fix you