BGM:: I Love You / Kevin Rater

「美味しそう」こんなプレマイ読みたい!!より リクエスト【子犬と戯れる2人がそれぞれ可愛いと思うほのぼの::長編主人公とプレマイのほのぼの日常をもっと見ていたくて、追加させて頂きたいです!笑】






ノープランなお散歩でペットショップに差し掛かり、中に入った私達は、可愛い可愛いと夢中で見てまわっていた。


歩行中で筆談が難しくても、
返される笑顔の同調を見れば、なんとなく同じ気持ちなんだと解ってしまう、そんな幸せに包まれた穏やかなひととき。


水面の反射と揺れる水草、優雅に泳ぐ彩りを見つめて、そんな幸せに浸るように覗き込んでいたアクアリウムの前で、ひざしさんの姿が近くに無いことに気が付き、私はくるりと後ろを振り返った。

すると、真後ろの子犬のゲージの前で指先を動かすひざしさんが居て、魚のように心臓が跳ねた。



弓なりな口元に、優しげな瞳。

彼の純真を盗み見てしまった気がして、
勝手に恥ずかしくなってしまう。だから歩み寄るには少しばかりの時が必要だったのに、私の方が先に気が付かれてしまい、ひざしさんにおいでと手招きをされてしまった。



「ユメちゃん犬、好き?」



配慮した精一杯抑える声は囁きに近くて、消そうとした恥ずかしさが中々消えてはくれない。

やけに早まった頷きで返事を返す私にひざしさんは気付かないまま、抱っこエリアにいた子犬を抱き上げて、そのまま私の腕に抱かせた。



「俺も好きィ」



可愛いなと呟き、私の腕の中をまさぐるように、一緒になって子犬をこちょこちょとくすぐる。同じくらいそんなひざしさんが気になってしまって、素直に子犬に目をやるのが難しい。

その瞬間抱いていた子犬が切なげにクーンと鳴いて、キラキラの瞳で見上げるものだから、やっと私の意識は子犬に持っていかれた。



わぁ、どうしよう、
愛しいなぁ…なんて可愛い。


多分声が出ていたら、
どうしたの?君はとっても美人さんだねぇ、可愛いねぇ、なんて話し掛けていたと思う。


もしかしたら愛でる気持ちが伝わってくれたのかもしれない。しっぽを嬉しそうに振ってくれた子犬は、少しはしゃいで背伸びを始めて、私の唇を楽しげに舐めた。



「ノンノンわんちゃん。ゴメンなァ、そいつはNGだ。そーいうのはちゃんとマネージャー通して下さいねェ」



片眉を釣り上げて寸劇を始めたひざしさんは、子犬じゃなくて私の口を掌で塞いでくる。対象を隠されてしまった子犬は、それでも可愛い瞳をキュルキュルさせて私を探しているように思えて、ひざしさん邪魔ですと酷く素直に魔が差した。



「っ!………コラぁ…」



口を塞ぐひざしさんの指を内側から舐めて、どける事に成功した私は得意げに笑って見せて、存分に子犬に頬を寄せた。



「犬よりたち悪ぃぞ…」



いつも以上に声に配慮しているひざしさんは感情を荒立てないように工面しているようで、衝動を突く驚きや反応を抑えるためか、むず痒そうな顔をした。


しかし、
赤らんで見えるそれが楽しくて笑った頃、何故だかひざしさんが大きくなったような錯覚がしてきて小首を傾げた。

そして足元しか見えないほど巨人になった頃、やっと自分が小さくなったらしい事を自覚して、私は自分の白い手足を見ながら半狂乱で叫んでいた。




え、犬!犬!犬になってる!!!
どうしよう!!
ひざしさん!!!!どうしよう!!




動揺は全部声に変わった。

声が出せる喜びと、
残念ながら声ではないんだよなぁ、という少しニアピンな喜び。

小型犬らしい高い鳴き声が、
キャンキャン響く。



まさか自分からこんな声が出るなんて。喜怒哀楽の、楽しいとか嬉しい、ワクワクやドキドキ、動揺なんかが身体を突き動かして制御出来ないくらい激しくて、とてもムズムズする。


現に、どうしようひざしさん!を言っているつもりが、黒いブーツの周りをひょこひょこ走る事しかできない。

爪たてちゃダメだ!なんて思っても、今は人間ではないし。ひざしさんの足元で立ち上がって、膝下にも届かないのに、背伸びして跳ねてしまう。



全部私の意思じゃない。…いや、感情は私の意思なんだけど…変換される行動が全てが、とにかく自分でも予想がつかない。



「……ユメ…ちゃ…ん?」


ハイ!!!!

「キャン!」


だめだ。そりゃ犬はハイなんて言わないけれども。

ひざしさんは動揺顔でいたけど、徐々に腑に落ちた様で、静かに掌で顔面を隠していった。

低めの声で静かに呻きながら、
うーんとかあーとか、しばらく自身の顔面をグニグニと揉み込む様な仕草で、とても困っている様だった。



私が抱いていた子犬は小さな女の子に戻り、ママー!と泣いて走っていき、スタッフエリアの裏から追いかけてきた母親と、再会して抱き合っている。



駆け付けた店員さんによると、
個性事故の連鎖を止めるために、空いたスタッフルームを使って個性が解ける五分間を待って貰っていた筈が、小さな子供だったために逃げ出してしまったとの事だった。

なんでも、舐められてしまうとバトンを渡す様に犬になってしまうらしい。前の人に逆戻りはせず、ただ次へ移るだけなので、五分を移さずに待てば戻るそうで。




店員さんの説明は理解できるのに、身体は驚きを逃しきれずに、ひたすらひざしさんの手に抱かれて、空中でぶら下がるように手足をわさわさ動かしていた。

ひざしさんといえば、相変わらず声にならない様で、あぁとかはぁとか、どこか上の空で店員さんの話を聞いていた。





バタンと閉まった何も無いスタッフルームで床に降ろしてもらった私は、その気も無いのに "何も無い部屋だ" と思っただけで、勝手に「うっわーい!!なんにもなーい!広ーい!!」と、はしゃぐ子犬の感情が流れくる。


忙しない感情に振り回されながら部屋を隅から隅まで走り、込み上げてくる楽しげな衝動が振り切ってしまっていた。



「…どうしよう…ね…」



ヘナヘナと床に胡座をかいたひざしさんに目ざとく気がついてしまって、子犬としての反応速度に、人間の方の私の感情が全く付いてこない。

うわぁ待って待って!という自分自身の声はさておき、犬の私は、全速力でひざしさん目掛けて飛び込んでしまった。



「ユメ…ちゃん…なぁ…」



脇の当たりを両手で掬われて、
持ち上げられた身体が揺れる。

足が勝手に宙で足踏みを始めて、無意味な行動にそろそろ恥ずかしくなってきた。ひざしさんが顔を傾けるから、簡単に釣られて自分の顔までなぁに?と傾いていく。その瞬間、ひざしさんの表現しがたい顔が、もっと複雑にひくついて、眉が歪んだ。



「…ダメだなこれは…」



犬になっても可愛いな、と続けて呟くのと同時に胸元に押し付けられて、ひざしさんの両手の指先が、背中やお腹を撫でるとも言えるような柔らかさで、緩くくすぐってくる。



うわあああ!駄目です駄目です!やめてください恥ずかしい!楽しくなってしまう!!うわぁぁ!!


強烈な子犬の本能が勝手にしっぽをブンブン振って、ひざしさんの指を何度も噛んでしまった。


「楽しいの、ユメちゃん」


「キャン」



ひざしさんから見えている私は、
誰が見ても可愛らしいと思う様な子犬の姿だろうに、溶けてしまいそうな甘いこの眼差しは、いつもの病室で私自身に向けられている色と全く同じだった。

それを嫌でも理解させられてしまって、どんな姿でも私を射抜いてくるから、嬉しさと恥ずかしさで顔が熱くなってしまう。ああ、髭の当たりがとってもムズムズする。


暴れた私を優しく床に放ったひざしさんが、次はおもむろに部屋の隅にあったカゴからおもちゃを取り出していて、顔を両手で毛繕いしていた私はとってもとっても嫌な予感がして、ハッとしてしまった。



「遊んであげよっかァ」


駄目!!ひざしさん!!
それは、それだけは駄目です!
だめーーー!!!!!


うわああい!!!



キャンキャン言いながら勝手に旋回した身体は、何周かした後、ひざしさんを見詰めたままピタリと止まり、さあ来い!と言わんばかりに、両前足で何度も床を叩いてしまう。



「どっちがイイ?ユメちゃん」



目の前に、ロープを丸めた様な噛み噛みとゴム人形を並べられてしまい、迷わずソフトビニール製フィギュアの "ヒーロー プレゼントマイク" に飛び付いた瞬間、頭上から「俺もそうだと思った」とのんびりした穏やかな声が降ってくる。


そんな甘さを、食いちぎる勢いで噛み付いて頭を振ってしまう私の気持ちも少しは理解して欲しいと思ったけど、緩んだ顔のひざしさんにはもう何も期待できそうにない。必死な私との温度差が、やけにシュールさを添えていた。



「おいで」

「ユメちゃん。おいで」



転げ回って窓際まで来ていた私にそんな事を言うから、口から投げ捨てたマイクさん人形が部屋の角に頭をぶつけてピュウと鳴った。

次の瞬間には、寝転んですっかり寛いでしまったひざしさんに飛び込んでいく小さな身体。


喜ぶ子犬心と、
羞恥心をごちゃ混ぜにしたまま、
私は今度こそ誰にも聞こえない声で密かな大絶叫をしていた。



「こんなの…我慢できねェって」



止めて下さいと言う言葉は届かず、
容赦なくひざしさんの唇を舐め続ける私の中の子犬がずっと、好き好き大好きと言うものだから思考が停止してしまった。




「俺、犬になってもいいわ」



思考停止しているのは私だけじゃなかったと衝撃を受けた頃、両肘をひざしさんの顔の横に付いて、頬を舐めながらプシューと音を立てて人間に戻っていった私は、酷く気まずい心持ちで、そろりとひざしさんの身体から降りた。



「ゴチソウサマ、ユメちゃん」



絶叫した周波数はひざしさんを喜ばせるばかりで、両手で自分の顔面を揉み込むようにぐにぐに押さえつけた時、ああ、この動きはさっきどこかで見たなぁという回想が、私が子犬になった瞬間のひざしさんの反応に行き着いてしまって、恥ずかしさに収拾がつかない。

そんな覆い隠した隙間から見える顎のラインを、ひざしさんはずっと、子犬をくすぐるような優しい手つきで撫でていた。




愛しのポメラニアン


 






fix you