Quiet Confession
BGM
Usher/ Confession part 2






‐本当に今日も来てくれたんですね


驚いて振り返ったユメが、何の悪気もなくそう書いたノートを見せてきて結構なショックを受ける。

通常運転なテンションで扉を開けた俺との差分が、異様に開いてる気がした。また明日と、確かに明日の話をしたってのに。


「Why?信じてなかったの?!」


‐違うんですごめんなさい、先生されてるのも知ってますし、都合がつかない時だってあると思って。過度な期待は困らせるかなと。


取り繕うような内容と違って、柔らかく笑うユメを見て少しほっとした。


ヒーローとしては、期待してもらわないと困る。
疑われた訳でもなければ、信用が無いと突き放された訳でもない。ただ、ユメがどれほど届かない願掛けを繰り返してきたのか、ある種のトラウマのせいもあるのだろうと、改めて見せつけられただけに、仕方ないとは言え…苦いもんがある。

今までだって信じたかったろうよ。裏切られてきたのは恐らくユメの方で、不安で明るい明日も見られなかったなんてのは、別にユメのせいじゃない。そう思うと、信じろなんて言えもしなかった。


「あー、okok。じゃあこれからは楽しみにしといて。プレゼントマイクのスペシャルステージ、毎回ここでオンエアするから。Are you ready?」


派手目に笑ったせいで随分テンポがずれていたが、ユメは応えるように拳を上げた。無邪気に笑う姿は昨日のようで、弾んで聞こえる波長がやっと温度差を埋めていく。



‐あの人は居ましたか?

「クソ野郎?事務の奥でふんぞり返ってたなァ」

‐少し実験をしたいんですけど、いいですか?外に出てみたいんですよ。

「雨だけどいいの?」


頷いたユメは小さなメモをポケットへ入れ、何故かロッカーからバスタオルと傘を一本取り出した。
予想は全くつかないが、とにかく好きにさせてやりたくて、黙ってついていく事にした。


扉を開け、頭だけを出して何度も左右を確認し、やっと廊下へ出ても角に差し掛かる度に同じ事を繰り返す。あの男が居ないかどうか、影を探しているようだった。

受付の前を通過する直前で一旦止まり、なんでもない風に仕切り直して、ゆっくり踏み出す。
相変わらず事務室の傍らにある影から視線を感じたが、それが動く様子は全くなかった。



‐ほんとに大丈夫だ!…全然着いてきませんね!!!!やったぁの舞。


病院の外壁沿いのベンチに座り、そう書いたユメは、両手をえらく元気に振っていた。


「で?タオルは何のためかな。セクシーレディがシャワータイムでも見せてくれんの?」

‐よくわかりましたね

「は?待て待て」

‐知ってます?こういう映画のポスター。やってみたかったんですよ。遊んでくるのでちょっと待ってて下さい。

「Waaaaait!」


メモを俺の手に押し付けて雨の中に出ていったユメは、空に向かって手を伸ばしていた。

待てよと止めてる筈が、ユメがあまりにも下手なスキップで躍り出るもんだから、傍から見ると俺がウェイウェイ盛り上げてるようにも思えてくる。
コレは無駄だわと諦めた頃には、そりゃあ盛大に笑ってしまっていた。
ヒーローとは何かを真剣に考えていた昨晩から、数分前までのシリアスはどこにいった。


これ以上濡らしておくのもよくないと、傘を開いて迎えに歩く道中で、ユメが眺めている雲の切れ間から差した光が、丁度ユメ自身を照らしているように見えて、綺麗なもんだと思った。

あと数メートルという距離で、何を思いついたのか、メモを預けたままだったユメは、右と左の掌に何かを書き始めたが、傘に入れてやる頃にはグッと握られていた。


「なぁに、手品でもすんの?」


楽しげに二度頷き、こちらを見上げて人差し指を立てる。ゆっくり空に向かって動く指先に連れていかれた俺の目が空を捉えた頃、掌がパッと開かれた。


“みつけた”


意図がわからず、首を捻ったが、次に開かれた右手には“ひざしさん”と書いてあり、直ぐにアレと、形を変えて空を指さした。

控えめに言って完全に見せられる顔じゃなくなっている自覚があって、こっちは空いてる手で顔を隠す他ないのに、指の隙間から見えるユメは、思ったよりウケなくてがっかりする顔をしていた。


「なぁ、そろそろ戻るぜ」


平常心まで戻れたのが時間のおかげであれば良かったが、ベンチに置き去りだったタオルに手を伸ばしたユメの腕に、薄ら模様を見つけてしまって、病室で話を仕切り直す事にした。


‐ダメですかね、もう少し居たいんですけど…お願い。

束の間の解放と自由を堪能しているのも理解している。いつまでも自由にさせてやりたいけど、震える姿をそのままにする訳にもいかない。こうして、つまらない我慢を強いらなければならない事にもいちいち胸が痛む。


「駄目だ。Timeout」


聞き分けが無さそうなユメに傘を持たせて、無理やり抱き上げて連れ帰る。しばらく大人しくしてくれたのは何かを書いていたからで、抗議は自動ドア手前で始まった。



「てええ!なにSooooon!?」


両頬を挟むように叩かれて見下ろせば、お腹の辺りに置かれたメモには「見られたらまずい」と書いてあり、仕方なく降ろしてやる事にする。


‐ちゃんと歩いて部屋に戻りますから。ありがとうございます

傘とメモを差し出して、タオルで髪を吹き始めたユメの腕には、相変わらず濡れて張り付いた布越しに青アザが透けて見える。

「悪ぃ、これ持っててな」

ジャケットを脱いでわざと持たせ、質疑の間も与えず先行して歩く。そして病室に入ったタイミングで、服ごとその手を捕まえた。



「なあ、これなんだけど」


あからさまにハッとしはしたが、気まずそうにはしていない。OKサインを見せた後、どこか開き直っている面持ちで、ゆっくり手を解いた流れで戸棚からドライヤーを出したユメは、ベッドにメモとそれを置いて、髪を拭きながら椅子に座った。

そして突然、まるで誰も居ないかのような素振りで上着を脱ぎ始めるものだから、肩のあたりに一瞬見えた素肌に、焦って後ろを向いた。

そりゃあ筆談も追い付かない事くらいあるだろうが、と、そこまで考えて思考を手放し、大きなため息をついた。


「…終わったら呼んで。先生後で怒るからなァ」


背中をつつかれて振り向いた頃、パジャマに着替えたユメを見て、更に大きなため息が出た。


「俺がやるから書いといて。OK?…その腕は?」


ベッドに座ったまま後ろを向いたユメの頭からタオルを取り、手渡されたドライヤーのスイッチを入れる。
根元に指を差して揺らす度に、頼りなく身体が揺れるものだから、足を立てて支える様に伸ばしてやると、それをテーブルにしてメモを書き始めた。


‐“大丈夫”の跡なんです。一線は守れてるという抵抗の証

「毎日か?」

‐着いてきたり、待ち伏せをされるので

「警察がこのレベルだと介入できるのは…知ってんだよな」

‐はい


毛先はまだ乾かない。こうして何もかにも直ぐには上手くいかねぇと思うと、つい呻くような声が出てしまう。


「まだ言えないってんだろ?」

‐気にしないで下さい、痛くないし。今となってはなんとも思ってませんから

「そっちの痛みじゃなくてよ。それは無理があるだろ」

‐これも、マイクさんが来るうちに消えてくだろうと思うと嬉しいんです。


そこまで読み、仕上げに、終わったと頭を撫でる。まだ続きを書くようだったので、その間にドライヤーの線を抜いて、サイドテーブルに置きに立ち上がる。
ユメは、枕を壁側に詰め、布団を纏って大袈裟に背を預け、空いたスペースにゆっくり足を伸ばし、またメモを埋めていった。


‐心もです。どれほど救われたか。こんなに自由を感じられるなんて思いもしなかった。雨が綺麗に見えたのなんて初めてで


手渡されたメモの真ん中から始まった続きは、ページを飛ぶ素振りで終わっている。
右下の角に書かれた矢印を摘んでめくる間に見たユメは、目を閉じて布団にくるまったまま笑っていた。きっと瞼の裏に、あの雨を見ているんだろう。


‐力が抜けてしまうなぁ。マイクさん居ると気が抜けて。今は大丈夫なんだ…って。安心ってこんな風なんですね。


次のページに書かれたそれは、頼りなさすぎて割と深刻だった自分を慰めるような、どこかにあった葛藤を丁寧に解いていくようで、コイツまだ笑ってらぁ、と思うと救われた。


「あー…遅いぞー明日ァ…遅刻しすぎだろ」


笑い始めたユメの波長を上の空で聞き流す傍ら、難しいってんなら、せめて少しでも早く治ればなぁと個性について考えていた。
天体を動かす様な、もしくは時間を送れるような物はあるのか。どれだけ都合よく考えても流石にヴォイスじゃあどうにもできそうにない。


「…あ、突然のストリップショーはやめてよねェェ。心臓止まるかと思ったわー」


謝りながら笑ってんなコレは。と、小刻みな声を聞きながら、目を閉じた先ではぼんやりと雲の陽射しが浮かんで見えた。



Quiet Confession


 






fix you