BGM:RIP SLYME/ 黄昏サラウンド
灯台のサラウンド











迷惑な音量で通りすがる誰かの音楽も、睨みをきかせる通行人Bの傍らで「私もその歌好きなのよ」と勝手に親近感を持ってしまうくらい音楽が好きだ。元々は。

声が出なくなってから自然と遠のいていったのはその反動で、歌えないならいいやと拗ねて聴くのをやめた。ジレンマで切ない気分になりたくなかったから。


マイクさんは髪を下ろした私服モードの時と、ヒーロー姿で来る時があるけれど、どちらの時もヘッドホンをかけていたりする。そしてそのメーカー名を見て、実はこっそり共感している所があった。

あのメーカーは海外製で重低音に特化しているから、厚みのあるワールドミュージック系には持ってこいな音質なんだ。流行りの細身なデザインもあるけれど、私は少し古く感じるような、あのメカニックな型が大好き。

そんな所がまたマイクさんにとってもピッタリで、すごく似合ってると思っていた。

音をより美しく聴くあれで見る世界は、一体どんな風なんだろうか。一旦は離れるように歩いた音楽が、マイクさんの傍にあるんだと思うと、少し聴いてみたくなった。


生放送でリアルに届く様なラジオそのものを聴く気にはなれなくて、過去に放送されたものから、30分間だけ切り抜かれた物が並んでいるログコーナーを開いてみる。

同じ時を生きるどこかの誰かが、同じ様に誰か達の声を拾いながら繰り広げる楽しげな「今」ってのは、ロマンだと思っている。
自分がどんな状況にあっても、簡単に同じ時を行っている気にさせてくれる所が好きだ。
皆頑張ってるんだなって、共感的勝手な仲間意識に、さも当たり前のように自分を招いてくれる。

だからこそ、自分の感性に直触れする事を知っているから、ワンクッション置きたかったんだと思う。
ようは心の準備的に、怖かった。少しくらい、遅れて届いて欲しかったんだ。


クラシックコーナーとJAZZコーナー、告知ポップをすり抜けて、一覧の番組をスクロールしていく。
すると、これじゃないな、もっと面白そうな、と引っ張り上げた画面に、突然マイクさんが出てきて、「あ!マイクさん!」と、病室の扉を開けた彼を迎えるような反応で、再生を押してしまった。


トークかコーナーか、何かのブリッジなのかもしれない。フェードインで流れてきたのは、そんな始まり方が良く似合う曲だった。

いつもの病室を瞬く間にオシャレな雰囲気にして、溶け込むような滑らかさで、風みたいに私の時間を撫でてくれる。マイクさんが頭に手を置いた時みたいな暖かさだった。


マイクさんが頭に浮かんで、その鮮やかさに思わず笑ってしまった。どこに居ても会いに来るんだなと、フットワークの懐っこさを感じて、少し部屋を見渡した。居ない筈なのに、確かに居るみたい。

ド派手なタイトルコールがいつもの“マイエンジェル”的なノリで始まって、一瞬の憂いすら笑わせて攫っていく。そんな所までこのマイクさんは、マイクさんなんだなぁと思った。


-さっきのリクエストみたいな最高のHappy野郎もいると思うけどォ…頑張ってるそこのお姉さんもおお!ちょっと辛ぇなーって奴もおお…聞いて元気なってけェェ…いいなァ?メェェェェイクサァァァムノォォォオオオオイッ!Faa!Yeaah!


こうして聞いてると、何だか私に語りかけてくれてるみたいで、自分にだけ届いてる気にさせるなぁなんて。うんうんと相槌ちしていた私は、最後の絶叫を聞いて、何の心配も無いのに口を塞いで笑っていた。

一人きりの病室で肩を震わせて爆笑している自分が馬鹿みたいに幸せに思えた。そしてキュンとする度に、おっと危ないと時々心にストップをかける。

届けるマイクさんは1人だけど、受け取る側は私だけじゃなくて、彼へと繋いだ全国の皆様がいたんだったと、全ファンを差し置いて簡単に2人のつもりになってしまった。ラジオとは、プレゼントマイクとは、どこへでもどんな人にも光を届けられる灯台なんだ。


-お待ちかねプレゼントマイクのプレゼントコーナーだぜヒィャ!ハッシュタグを付けてメッセージをくれよおおおお!置いとくとHappyだぜぇ……大人気プレゼントマイクお座りマスコットあげちゃうぜえええ!


え、なにそれ、欲しい。

過去の放送じゃなかったら送っちゃったかもしれないな、なんて、すっかりラジオの懐かしい雰囲気にやられていた。
そして「いつでも傍に居るからネ」と付け加えられたおふざけの一言を聞いて、現状と重ねてしまった。


「sorry ユメちゃん、返事ないから入っちゃたんだけど、ノックしたからね?…何聞いてンの?」


そして突然、片耳のイヤホンを抜かれて今に至る。

お化けか何かの如く、マイクさん?!!と驚いてフリーズして、自分の耳に近付けようとしているマイクさんの手を焦って握り締めた。もちろん、絶叫した。


待って待って!!!ダメだから!やだああああ!!!ばかああああ!!


「スッゲェ怪しいンだけどォ?」


ニタニタしながら、ノートに向かって伸ばした私の手をベッドに押さえ付けて、身をよじって全力抵抗したせいでジャックが抜けて、結果、中々の音量でPresentMICのぷちゃへんざレディオを垂れ流した。


「え…あー…ハーン?」


いやあああああああああ!
やめてええええええ
やめてええええええ
届け届け!!今こそ届け!
私の声えええ!


絶対聞こえているくせにこれだ。ニヤニヤと企みを孕んだ顔になっていくマイクさんには完全に無駄で、拘束を解いた代わりに、次は勢い良く両肩を掴まれた。


「えええ!ユメちゃんリアルリスナー!?オレいるよ?本物ォォォォ!Yoyo隠れリスナー!そんなに照れんなよォォ!HeyHeyHeeeeeeeeeeey」


うわぁと絶叫しながら、クロスした両腕で顔面を隠して、熱烈な全力ハグと頬ずりに加えてゴロンゴロン揺すってくる攻撃に、私はひたすら耐えるしかなかった。


「ね、クッソ嬉しいンだけど」

少し落ち着いた頃、乱れに乱れた髪を少しずつ整えながら、顔を隠していた腕を優しく解いたマイクさんが、そう呟いた。

顔の作り方が解らなくなる程の気まずさを引きずったまま、恐る恐る目をくれてやると、そこにはもう追い詰めようとする悪い顔はなくて、暖かいものを回想する様な下がった目尻が、疑いようのない心の独白めいたものを感じさせるから、不服ながら許してあげるしか無かった。


「あの回の制作秘話聞いてくれる?結構頑張ったんだケドォ」


またそっぽを向いて小さく頷く私に、微笑みをくれながらそっとノートとペンを寄せてくれて、奪うように開いた空白に、おぼえとけと暴言を書きなぐった私をひとしきり笑って、あのマスコットに纏わる話を聞かせてくれた。


制作にあたり、幾つかポーズの撮影があって、撮影が一度で済むように、関節という関節にたくさんのコードを付けて、動きをデータにする所から始まって。
そのために半裸になっていたんだけど、その時のカメラマンが脱がせてテンションを上げていくタイプで有名なカメラマンで、脱ぐところから見せろと喚いたせいで撮影が止まり、軽くドンパチしたそうだ。
結果、待たせているスタッフの事を考えて、もう一度服を着て、やってあげたらしい。


「なァ?シヴィだろぉ、勘弁して欲しいぜ…」


嫌だった事を語る割に穏やかな抑揚と、ごきげんな接続詞のリズムに合わせて時々笑って、相槌をノートに書く私を何を話すんだろうとニコニコ待ちながら、またゆったりと話を乗せて。

流れていく時間が温かさをもって、いつもの病室を瞬く間にオシャレな雰囲気にして、溶け込むような滑らかさで、風みたいに私の頭を撫でていく。

だから、空間を演出する彩りが一つ増えていたんだなと思った。存在を忘れていたイヤホンを探そうと思える迄に、日々が臨場感を取り戻し始めているのを感じる。

それがとても嬉しく感じられて、私は、自分の元に帰ってきた愛すべき世界に、小さくおかえりを言った。



灯台のサラウンド



 






fix you