BGM:P!nk Who Knew
灯台のモノラルサウンド











目の前の人間を救いたいと言うヒーロー、救える距離にいない人間でも救う事ができるラジオ、どちらも共通した本懐のもと掲げてきた。
俺の声は遠くまで届けられる。機材さえあれば伸ばす事も。局を使えば距離も越えられた。誰にでもある優劣弱点と上手く付き合いながら、その中で個性の特性を最大限活かしていく。


そんな自身の今までの定説を一つ一つめくり、どこにもページが見当たらないもので頭を抱えていた。


救われるべき人間が助けを求めて目の前に居るのに救えないという状況、救えない距離をカバー出来る程の電波とボリュームを持ってしてもチャンネルを合わせてはくれない要救助者、“まだ”と越えられない距離を突き付けて、目の前の手を握り、最後にはまた明日と手を離す、ユメ。


久しぶりに感情を詰まらせて、少なからずスマートさを欠いている気がした。

見られるとまずいから降ろしてくれと言われて、何故すぐ救うことができないのかという疑問が焦りになり、先行して空回りした事を示していた。

何と戦っているのか、何故まだ言えないのかなんてのは尊重されるべきだ。今までしてきたであろう葛藤と努力、彼女なりの心の願いと思いを守るには、望む形を模索しなければならない。

そうは解っていても、恐らく敵のひとつには時間がある。虫除けなんてどう見ても根本的解決ではない。どう出てくるかによれば当然にリミットは発生する。
それにユメの至る所に垣間見える足掻く痕跡は、その必死さからか、いつも同じ焦りの匂いがした。

しかし本人はあんなにもキリキリとした助けを求めておいて、真逆の緩さを見せてどうにも。望みの中から仕方なく捨てていった諦めを感じさせる。だから、勝手に悔しい気になっていた。


見つけてやれた事さえ奇跡なんだとは思うが、あんな悲愴を漂わせた出会い方の後で屈託なく笑う顔を全開で見せられたんじゃあ、そんなもんでは満足はできない。
さっさと次へ、平穏へ連れてってやりたい。あれだけで奇跡ってんなら小さいもんだ。まだユメは本当の光を知らない。


託された使命は、俺にしか聞こえない分、思いの外デカいのかもしれない。

いつ手を取ってくれるかは解らないが、一人で暗い中を走り回るだけのユメが気が付かないなら、せめて、いつの間に明るい世界にすり替えておいて、いつか立ち止まったユメが、もう迷走しなくていいんだと気が付けばいい。
手を差し伸べる事さえやめなければ、いつかは気が付ついて手を取るかもしれない。現状ではそれしか方法が思い浮かばなかった。


反抗は抗いであり、抗議だ。意と思いが通らないから抵抗をする。救いたいならまずは思いを救う。言えないの中に隠してある思いを傷付けないように、最重要で大切にしながら、それでも解決へ動き出さねばならない。…でも鍵はユメの胸の中。


堂々巡りを繰り返す思考は、
これが最善だったと、最重要を意識しなければ簡単に崩れそうな綻びを見せる。
ヒーローは完全ではなく、大勢の中から救えない命もある。そんな定説から、できればユメだけは取りこぼしたくない。


-まだ言えない
その「まだ」は来るのか。
俺は本当に救えるか?
なァ。俺の声は本当に、



そこまで考えた所で自動ドアが開いて、その隙間から飛んできた周波数が、思考を書き消していった。


これは、かなり笑ってるな。


そう理解した所で不思議に思う。誰か面会が来てるのか、ユメの部屋のテレビはいつもコンセントが抜かれている筈だ。

時々跳ねる様な笑い方で、心なしか、聞こえるかどうか試した時のロングトーンが混ざっている。早く確かめたくてノックをしたが、これは全く気が付いてない風だった。


「……オレ?」


仕方なく扉を開けて驚いた。
微かに零れてくる音が自分の声である事を知って、自分より先にプレゼントマイクが来ていたのかと思うと。

先を越された上に、
これは、やられたなぁと。


「なんだよ聞こえてんじゃん」


ご機嫌なユメと俺がタッグを組んで、先までの思考を笑っている様な、背中を押す様な、暖かい風の癖して身体を貫いて吹き抜けていく。


夢中になって笑う姿、パタつく足、こんなの破顔しない訳がなかった。できれば見られたくない顔で笑っているだろうなと思うと、まだ声は掛けられそうにない。


「そうやって笑っとけもう…幸せ過ぎンだろうが、何だこりゃあよォ」


今日の見舞いはやめてずっと見ていようかと思ったが、構いたい欲が度を超えてしまった。声の掛け方は、こんなデレデレじゃあ素知らぬ振りしか思いつかねぇなと小さく笑い、プレゼントマイクからユメを奪い返す事にした。


なあなあユメ

「…何聞いてンの?」


これはどの道、見られたくない顔から回避出来そうになかったなと、絶叫を浴びながら、懇願するように握られた手を堪能させてもらう。


「スッゲェ怪しいンだけどォ?」


手を伸ばす先にノートがあり、払い除けるかとも思ったが、これはユメの思いを聞く大事なもんだとすぐやめた。代わりに手を拘束すれば、中々に加虐心に火がつく。

解ってはいても、スピーカーから流れる音を聞くと、やっぱり同じ感情を繰り返してしまった。きっと顔面もさっきと同じでだらしねェんだろうなぁと思うと、もう安い演技を重ねていくしかない。


「え…あー…ハーン?」


一番の絶叫にニヤニヤが止まらなかった。大きければ大きい程かゆい気持ちにさせてくれるもので、うるせっ、と心中で笑っておいて。そんなに叫ばれると煽られて仕方ねぇなと、そろそろ抱き締めたくて限界だった。



それでも。固く閉じられた腕に、何度やり過ごしても、懲りずに重なる「まだ言えない」という言葉が浮かぶ。ジレンマに完敗した俺は、どうしても顔を見たくて、邪魔する髪を一筋ずつ摘んだ。


なあ、
顔を出すタイミングが解らなくなっただけなんだろ。必ず迎えに行くからさぁ。


力が緩んで、徐々に腕を預けてくれるのが、どうにもこうにも感動的で。仕方なさそうにしていながらムッと結ばれた口元を見ると、もう、今はこっちを向いていなくてもいいかと思えた。


灯台のモノラルサウンド



「ね、クッソ嬉しいンだけど」


願わくば、そうやって、
少しずつ綻んでいってくれれば。



 






fix you