BGM:Be Like That /Kane Brown
チャンネルはそのままで










「コンコーン!!Heeeeeyリアルリスナー!今回はスペシャルプレゼント持ってきたぜぇ!」


今日のマイクさんはリラックスモードで長い髪を下ろしていた。次に見たのは、いつものブランドと違う、新しいノート。

エンジェルと言われた時は驚いたし、素直に飲み込みにくい感覚が少しあったけど、昨日をからかわれてリアルリスナーになってしまった今となっては、正直言ってエンジェルが恋しい。

そんな複雑な気持ちでノートを受け取ろうとした私は、視界にチラりと入った3番目を見て、一瞬で方向転換した。

なんと手には、新しいノートともう一つ、あのマスコットが握られていたのだ。


お座りマイクちゃん!!!

「え?待っ俺はァァ」


とてつもなく素直にふんだくった…いや、両手が勝手に飛びついた。ラジオで言ってた本物だ、と感動でわなつく間も、ずっと歓喜の声が響いていたと思う。

思っていたより大きくて、片手に収まるサイズのそれを、すくい上げるように持ち直す。手に馴染むいい感じの重さが、もう既に可愛い。

体育座りで、両手のぐーを顎あたりに当てているキャピっとしたポーズをしていて、なんと、私が動く度に、反動で首が揺れている事に気がついた。


揺れてる!揺れてる!
かわいいい!


もう既にだいぶ小躍りしていたけど、喜びの舞は遂にもつれて、腰の当たりをフォローされながら緩やかにベッドに沈んだ。

「エェェェ?!、嬉しいけど酷くなぁぁぁい!!??!」

テレビの中の物みたいに、あるようでないような、不確かな情報だった物が本当に目の前にある感動は凄まじい。手にする事は無いだろうと思っていた分、エフェクトまで掛けて輝いて見える。

わなつく至福顔で全力ハグ、何度も出るウットリした溜息の合間に連続チューで、遂に寝転がったベッドで、のたうち回るようにゴロゴロ身体を揺らしていた。

その度に、一緒に倒れ込んだマイクさんに当たったけど、暴れる私は邪魔だろうに、中々退いてはくれない。
不思議に思って薄情なノリで振り返ってみたら、物凄く不服そうな顔をしてこちらを見ていた。


「だーかーらーエエェー?待ってぇー??本物ォ!本物ここに居ますヨォォォ!!きいてえええ?ソイツじゃなくて頑張ったの俺ェェエエ工!こーっち!!こっち癒してー??!!」

あ、
ありがとうも言ってなかった。
何なら存在を見ていなかった。

すると、ベッドを降りたマイクさんは、依然とマイクちゃんを抱き締めたまま、ごめんごめんと笑っている私の前でバッ!と音がつきそうなくらい、悔し顔で両手を広げた。


無言のシラーっとした、この珍しい空気感は、今までの二人の間には無かったもので、やけに笑いを誘う。

仕方ないなと、ゆっくり起き上がって座り直すと、丁度、サイドテーブルに昨日マイクさんが持って帰るのを忘れたノートが目に入った。

…ああぁ。よし。


書くものを下さい。とジェスチャーで書くフリをすると、新しいノートを渡してくるから、テーブルを指さして、女帝の如く最大限偉そうに見える様に、「ソッチだ」と指を曲げて見せた。


「何何?!めっちゃ怖いんですけど…」

何かを感じとって怯えるマイクさんに、昨日のおぼえとけの殴り書きを見せ付けて、偉そうな指でトントンして見せると、罰ゲームを貰った高校生みたいな反応でマジか、とよろめいた。

-いいですよ
‐じゃあ…本物。本物見せて。

そして殴り書きの隣に、
こう書き足した。


「ユメチャァァン…キチィ…キチィよ流石にシラフでこれは…撮影フラッシュバックでキチィよ…?」

メソメソするこの姿だけでも楽しく笑えるけれど、ちょっと…思春期の男子が母親にやましい本を見つかってしまった的な昨日の私のショックに比べたら、全く比にならないな、と思うと、許してやる訳には行かない。

突然私に胸ぐらを掴まれたマイクさんは、メソメソ顔から疑問符を付けた表情に早変わりして、引き寄せられながら、目をいっぱいに開いた。

唇が離れていった眉の上あたり、額のすみっこのあたりを摩りながらポカンとするマイクさんを放っておいて、ノートに新しく書いていく。

-ほら。いいんですか。
-これは脅迫ですよ。

「…貰っちまったら仕方ねェてか」

目を丸くして、ああーと大きなため息を着いたマイクさんは観念する様に項垂れて、すぐ始めようとするから、慌ててベッドを降りてその手を止めた。
わなつくマイクさんを見るのは楽しいなぁ。もう逃げられないと知ってしょぼくれていく姿も、控えめに言って最高だ。…いいぞ。いいぞもっとやれ、自分。


-せっかくですので。
-高座でどうぞ。


ベッドに体育座りでスタンバイしたマイクさんに、321とキューサインを出していく。
そして思考を振り切ったマイクさんは、次の瞬間、WOO!というボイス付きで、完璧なまでにお座りマイクちゃんの全力再現をしてくれた。


「ユメさん入りますよー…ふ、…楽しそうだから…ふふ…後にするわね」


そして問診に来ただけの看護師に妙な世界感を見せ付けたマイクさんは、昨日の私を彷彿させる姿でベッドに伏した。

閉められたドアの音と、からっからの拍手とで爆笑が止まらない。足元でヘタれるように折れ曲がった黒いロングブーツまで面白さを添えていた。


「俺もうお嫁にイケナイわ」


-私を虐めると怖いですからね。
-ほらご褒美ですよ。
-癒されましたかね。


固まったままのマイクさんを抱き締めて、ぐりぐり頭を押し付けて、ゆっくり顔を隠していた腕を外して、ねえねえ。ほらほら。と言わんばかりに、掌に添えておいた「ひざしさん はーと」の追撃も忘れずに。


「ア゙ア゙ー。だからダメだって。ソレ結構くるんだって」



マイクさんが帰る頃にもう一度やってきた、タイミングを外さないナイスな看護師さんのお陰で、彼は最後まで仕返しをされて帰って行って、私はそんな後ろ姿を、相変わらず笑いを止められないまま見送った。


「面白いポーズしてましたね彼。私ナースセンターでずっと笑ってたんですよ」

-ベッドですいませんでした。彼がどうしてもやりたいと言うもので。

「まあ、内緒にしておきますね。…それ貰ったんですか?よかったですねぇ」


軽い生活指導のような問診と、あの時ドアを閉めてから戻るまで笑いを堪えて、ナースセンターに入った瞬間に笑いだしたせいで、同僚から白い目で見られたという話だけして、看護師さんは出ていった。


貰ったマイクちゃんを窓辺に置いて、そういえば連日、難しい事を考える余地がどこにもないくらい、コメディみたいな一日だったなと振り返る。

こんな馬鹿みたいな事が懲りずに続くんだろうなぁと思うと、やっぱり笑わずにいられない。ご機嫌に頭を揺らす、この子の策略に忙殺される未来は一体どれ程楽しいんだろうか。

カーテンを閉めようとした窓ガラスには、夕暮れに照らされた笑っている自分と、小さな彼の後ろ姿が反射していた。



チャンネルはそのままで



 






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