BGM:MO / Nights with you
ロミオとケミカルジュリエット










-今日のご飯なんだったと思いますか?お粥ですよお粥。馬鹿かって思いません?こんなに元気なのに。1ポンドステーキくらい食べれるんだから!!


マイクさんは、そう書き終えた私を少し笑ってヨシヨシをくれる。今日の面会は、私の給食の不満みたいな話題から始まっていた。


「…ユメちゃん、1ポンドってどのくらいか知ってんノ?」

-見た事ないです!なんなら、グラムで言われても全然わからないです。ご飯屋さんのチラシで見て、美味しそうだなって(笑) こんな生活してるとジャンキーが恋しいんですよ。

「そのチラシ、ある?」

-ヒコーキにして外に投げましたよ?

「何してんNooo!?ぶっ飛びレディはやる事が違ぇな」

ゲラゲラ笑ってくれるマイクさんは好きだなぁ。でもまだまだ給食の文句が山盛りあって、聞いて欲しかった私は、ムスッとした表情を作って彼に訴えた。

-最近、サプリメントかな?ビタミン剤とかいっぱい出されるの。すっごく嫌。

備え付けのテレビ台の引き出しから、数日分溜め込んでいた錠剤の缶を取って鳴らして見せる。
マイクさんは「飲んでねぇのかよ」と、一瞬ツッコミを入れたけど、少し困った顔をしてから、何を思いついたのか、もの凄く悪い顔をした。


「困った時のォ?窓があるジャーン?」


ドヤ顔で窓を開けるから、一瞬吹いてしまった。
捨てもせず缶に溜めるくらいだから、ただ笑って、そんなこと出来ませんよって言う私を想像したんだと思う。
全部の指を複雑に曲げながら、撒いてやれェと、ふざけて悪魔の囁きみたいな遊びを始めて。でも悪いけど、この中に閉じ込めたのは最早錠剤だけじゃない。


颯爽と、なんの躊躇いもなくマイクさんの前を横切った私は、掴めるだけ握りしめて、力いっぱい振りかぶった。その行動はやっぱり予想外だったんだろう、鳩が豆鉄砲みたいな顔で私を見ていた。



「なあ…今絶対、鬼は外って言ったろ」

なんで!わかるの!

「図星のビックリマーク聞こえてんぜェェェ!ユメちゃん!」

背徳感は皆無。パラパラ落ちてく光景はちょっと綺麗。大爆笑する私達は澄み切った晴れやかさで、もっともっと綺麗な瞬間を送っている。


「ユメさーん?今、上から何か落としましたかー?」


階下に居たらしい看護師さんから窓越しに声をかけられて、びくついた私は、いつかのようにマイクさんの腕を掴んで部屋を飛び出した。

初めの角を曲がった頃、部屋の辺りから爆ぜた「ユメさん!!」と怒る声が、二人の楽しい鬼ごっこに火を付けた。


「待ちなさーい」


間延びした声が私達を追いかけて来る。このサンダルの音と、逆に急がないリズムは本当にホラーサスペンス感がある。

え、まじで?という顔からやっとテンションが追いついたマイクさんが、おもむろに某テレビ宜しく、とんでもない事呟くから息切れで忙しいのに、取り込んだ酸素が全部、身体から飛んでった。

「…ハンター放出ゥ」

横を向けば、追いかけて来る看護師さんより余程ハンター感のあるマイクさんが居るものだから、もう限界だった。

バシバシ腕を叩いて、真っ暗な給湯室に忍び込む。鬼ごっこの技その一、裏を取る、だ。

入ってすぐの死角にマイクさんをぎゅうぎゅう押し付けて。さて次は自分の場所!というターンで見積もりミスをして、どうしよう?!どうしよう!?と慌てる私を、そっと両手が迎えに来てくれて、スローモーションで胸の中に収まった。

あ。
とっても緩んだ顔してる。

胸板にくっついた頬っぺたと掌から心音を聞いてみたいと思ったけれど、残念ながら自分の呼吸と脈がうるさくて全く叶わない。
背中をあやす手に甘えて呼吸を整え、小言を言いながら通り過ぎてった足音を、私達はほんの少しだけ聞かなかった事にした。


真っ直ぐ目を見たら、なあに?と首を傾げるマイクさん。何も無いけど、と首を傾げる私。

…ああ、そうだ。しいて言うなら、静かにしてもらわないといけない。

私を呼吸困難にする悪い口に、静かにしましょうのポーズをかざす。すると間髪入れず指を齧ってきたから、お腹にパンチを入れてシレッと歩き出した。

鬼が去った真逆にある非常階段を目指す途中、後ろから手を握られて先行していた足を止める。
振り向いたら、言い付けを守る唇が「いいものみっけ」と動いて、廊下の端に寄せられたクリーニング業者のカゴを指さしていた。


ええええ!と心の中で叫んだそれはやっぱり聞こえてるんだろう。ニタニタ顔はカゴの中から白衣を引っ張り出す間に、3割増しになっていた。

マイクさんが袖を通した後、せっかく派手にキメていた髪をわしゃわしゃ崩してひとまとめにし始めたから、私も真似して逆に髪を解く。サイズは運良くピッタリで、どうですか?と手を広げて見せたら、ダブルサムズアップをくれた。
マイクさんのブーツったら完全に浮いてるのに、すれ違った患者さんが挨拶なんてくれるものだから、うやうやしくお辞儀した後、流石に笑いが堪えきれなかった。




無事に脱出して、初めて会った日以来だった秘密の庭に、私達は駆け込んだ。

-楽しかったああ!あれはダメですよ!ハンターは放出しちゃダメですって!

笑いを引きずったまま書き殴ったせいで、字面がもろにダイイングメッセージだった。

「ヤバすぎだろォォCrazyすぎィィ!!」

-マイクさんが一番ノリノリだったじゃないですか。

「ノリが命なんでェ!!せんきゅーネェ!」


-なんか小学生みたい。


学校が終わって、口約束を当たり前に信じあって、思い付きの遊びに全力出して、また明日もやろうぜ!って、帰ってく。

そのまた明日は気まぐれだけど、どうせ気まぐれあっても、また近いいつかに同じ日がある事を知っていて、信じて疑わない。

互いが新しい夢中を見つけてしまっても、そのまた明日がいつの間に無くなってしまった事に気付いても、心が弾む瞬間で日々を寄り添っていれば、振り返っても心がネジ曲がる事は無い。
風化した記憶はまだどれも置いてある。それでも浜辺の硝子みたいに、やけに洗練されて、柔らかなフォルムで輝いたのはそのせいだろう。

私のルートはもう自分の力だけでは動かしようが無く荒方決まってしまっていて、彼が現れた事で減速して延命された。

いつか振り返った時に持っている物が、全部煌めいていますように。そう祈って宝物を精製する毎日は、本当に愛おしいな。そして一緒に作ってくれるのがこの人で、良かったな。



「ホレ。ガキん頃、どんなだったか言ってみ」



-安全ピンで学校の池の鯉釣り
-開けたランドセルで砲丸投げ
-でっかい鉄棒でイェーガー
-職員会議終了時間に、
階段で死んだフリ
-上靴を手にはめてビー玉ホッケー
-放課後 廊下100m走とか?


「ハァァァ?!!とんでもねェ大暴れじゃねーか!」


流石に言えない奴はより分けてあるけど、それでも充分、こっちが恥ずかしくなってくる位には散々笑ってくれた。



-窓から薬撒いたり、変装して逃げたり、今もやってる事変わんないですね。どうりで毎日が楽しいわけですよ。マイクさんは?

「近所の大声コンテストで計測器ぶっ壊してぶっちぎりの特賞でテレビGETだぜ」

-個性が大爆発ですね!

「ユメちゃんよぅ、嫌じゃなければ個性聞かせてくんね?」

-…笑いませんか

「頑張るわ」

-人差し指からシャボン玉でます



数秒は頑張ってくれた。
沈黙の後、ぐへ、と吹きこぼれた笑い声はもう拳では抑えきれないようで、今日一番のボリュームで涙目になっていった。


「どこまで可愛いんだよ。…ネ、もっかいする?」


目を細めて広げた両手は給湯室を彷彿させる。でも残念、今日はもう食べられないな。おかわりは無しだ。
私は恨めしく伸ばした手で、フルオープンな心臓を押し返してやった。



〇月〇日
きょうは友達と窓から薬をまきました。先生にバレたので、ハンターごっこをしながら急いで逃げました。いい所に服があったので、途中から変装してスパイごっこをしました。
帰ってからとても怒られました。でも服を返す時、綺麗にたたんで、落ちてたとウソを言ったらバレませんでした。自分は天才だと思いました。とても楽しかったです。ユメ


病室に戻り、宿題をちゃんとやった私は、一礼してマイク先生に提出した。すると目の前で採点してくれて、笑いながら、大きな花丸とプレゼントマイクのサインをくれた。


「さて、先生帰んねーと」

-今日も、ありがとう




窓を開けて、シャボン玉をひと吹きしながら、お見送り待機をする。
大きく手を振る私に気が付いた彼は、しばらくはしゃいだポーズを取っていたけれど、突然大人しくなったと思ったら、遠目にも解る笑顔でおいでおいでをくれた。


行きたいよー。
連れてって欲しいよー。
帰って欲しくないなぁ。


おふざけに乗って、下に向かって手を伸ばすんじゃなかった。行ってしまうのが際立つだけなのに。


ロミオとケミカルジュリエット



 






fix you