BGM:Evanescence/Bring Me To Life

その日の出は救難信号を掴む確かな灯台








半壊した研究機材が残す
僅かな緑色の光を受けて、
手を動かす度にカプセル内の水が揺れる。

袋小路の洞穴の入口では、
海中でありながら傾斜で止まった海水が、酸素を残した空間で、小刻みに波の音をさせていた。



暗闇に薄く溶ける緑光の中で
波打つ洞穴の入口に目をくれながら
それでも踊る事を止められず、

銀色の腕は狭いガラスの中で、
身体を、頬を、髪を撫でるように舞い、本能のまま、つま先のヒレでもう片脚の曲線をなぞり、太腿辺りから水を切ってカプセルの内壁へ反らせていく。

腰をくねらせる度に、
ボコボコと水中音が頭を響かせた。


こんなにうるさいのは何年ぶりだろうか。


止まらない本能の踊りはつまり、
ここで今日誰かが命を落とす事を示し、
死因は溺死である事を示す。


最後の人が死んで取り残され、忘れ去られたこの秘境のような海底洞窟へ他の者が来るとは思えないが、もし死の宣告を受けるのなら、それが私でありますようにと願っていた。



しかし祈りは届かなかった。



長年見続けた波とは異なる揺れと、
水を蹴る音。




入口で一度立ち尽くし、さざ波を超え。

足元からガラスを見上げる影は、
残念な事に、人の形を模していた。




尚止まらぬ踊りで同じ高さへ泳ぎ、お辞儀をするように自身の体を折り曲げる。

カプセルの内側から男の顔を撫でるように、手のひらだけを残して右から左へ水を掻いても、その瞳は爪先には釣られず、酷く驚愕した顔で私の目を見詰めていた。



嗚呼、
久しぶりに会えたのに


次はこの人が水に帰るのかと思うと、
それ以降、目を見る事ができず、手向けの祈りを放棄した私は、舞を終えてガラスの底へ座り込んだ。





「…今すぐ地上へ走って」



「…!!…喋っ…れんのか!!?」




「貴方は今から溺死します」




どう受け取ったかは解らないが、
もし信じてくれるのなら、
この人はきっとまだ助かるだろう。

こんな暗闇の海中閉塞で水死と聞けば、誰であっても嫌でも身が震えるものだ。その恐怖を持って命の限り走ってくれさえすれば、私はもう祈らずに済む。




「…待ってろ、今助ける」




しかしこの男は、
なんてことか、予想を遥かに超えた選択で私を巻き込んだ。


驚いて男を見た切な、握り締めた拳に力を込め、大きく息を吸い込んだその口が開く頃、水中が輪を描いて揺れ始める。




「駄目よ!!割っては駄目!!!」



「…はァ?!」



「出たくないの!!死んでしまう!」




「どう見ても捕らわれてるようにしか見えねぇだろうが!!!」




先程の水を揺らした彼の声は、岸壁の僅かなヒビから小石を落とし、小石が抜けた穴からは新たな切れ目が走り、その先端は砂埃を降らせながらゆっくりと、天井岩の先端を突く。


ミシミシと音を立てて進行する崩壊予告に切迫した表情を向け、頑なにこちらの願いを拒否する男は、あろう事か次はカプセルを蹴りあげ、地面へ転がせた。



「来い」



「だから!!貴方が死ぬと!!」




反響は轟音へ変わり、
大きな岩を落として抜けた穴からは、
窪みを埋めるよう急速に流れ込む海水。

目の前で苦しむ姿を見るくらいなら口を聞かずに、僅かでも馴れ合うべきではなかったと男の聞き分けの悪さに後悔した頃、

「だから一人で行くな」と言って駆け付けたもう一人の男に私は絶句し、今日の死者が一人ではなく、まさかの二人であった事に驚愕した。





「早く!!この人を連れて逃げて!!」




水圧に締め上げられた壁は爆音を立てて折り重なるように空間を埋めていき、全崩壊した天井からは遂に水面の日光が射し込んだ。



太陽が、目が痛い。


目をギュッと瞑りながら男達の姿を探せば、水面へ昇っていく自身のカプセルには後から来た男の白い布が絡まっていて、初めの叫んだ男を絡めたまま、浮き袋のようにしがみついていた。




「ぶは、!!!」


「テメェは何してやがる!!死ぬ気か!」


「…や、まて…それどころじゃ…ねぇ!」




ゼェゼェと息を切らしながらもまくし立て合う男達の傍らで、こんな事になるなんて思い描いたこともなかった私は、どこまでも続く広大な光景を前に、ただ言葉を失っていた。




巨大な船、空、太陽。
目が眩むほどの世界に、果ては無い。


波に揉まれ続けるカプセルに男は脱いだ服を被せたが、直ぐに押し寄せた波でまた転がる。しかしその度に海面に浮かぶ服を拾っては、船のクレーンが私達を引き揚げるまでの間、ずっと叩き付けるようにガラスへ貼り付けていた。








「何もんだ?」



船内に収容された私は、
カプセルの中から彼らを見つめた。


なんらかの研究施設を思わせる機材は、海中の物とは少し違っているように思う。そして自身の姿をありありと鮮明に見せる程に、岸壁の暗闇とはかけ離れた明るさと白さに包まれていた。




「水銀を宿す者です。水で包んでおかないと死にます。出られません」


「水銀…?……毒か」


「はい。公害レベルの猛毒です」


「…それをこいつが割ろうとしたんだな」


「止めましたよ」


「それで崩壊したと」



二人分の視線は最初の彼へと注がれ、頬を掻きながら居心地が悪そうに口を歪ませている。



「彼女…助かったしィ?いいんじゃん?」



助かった?

私は助けてとは一言も言っていない。


不思議なやり取りを思い返すが、どこにもそんな言葉は見当たらない。今すぐ走れと言った私を拒否し続けただけの会話であったはずだ。



「私は逃げてと言いました」

「それだよ!逃げろっつったの何?」



「水死者の予知ができます」



二人は口を開けたまま、魂を抜いた様な顔でガラス越しの私を見上げていた。そして後から駆け付けた男の視線はゆっくりと隣の男へと向けられ、懲りない表情で結果オーライと言う台詞を聞いて、頭を抱えた。



「水死者がでる前夜、踊ってしまうのです。どうしてもその現場へ行ってしまうのです。時々踊り続けてしまいますが…

…そんな時は、その後に来た者が溺死します。…貴方、この人のお陰で助かって良かったですね」




「あ…アー…」



居心地悪そうな空気の中、

頭を抱えていた彼は、
いよいよ盛大な溜息をついた。

そして目が合った溜息の男は、
この白い空間を包む混沌を掻き混ぜて馴染ませるように、僅かな微笑みをくれた。




「このカプセルが浮かなきゃ俺も助かっていない」


「これが割れていたら私も死んでました」


「お前が止めなきゃ割ってたわ」




誰が賽を振ったのか。

妙な連鎖で笑い合う世界は、また回ってしまったのだと諦めた私は、彼らに乗せて、同じく数年ぶりに肩を震わせた。










「貴方は何故あんな所へ」




裸の女そのもの。

その、全身に銀色を被った様な滑らかな曲線を辿るように見上げ、目を捉える。揺蕩う髪と眼球だけは人の姿を残し、カプセルの中からそう問い掛けられて、あの空間で彼女を見た衝撃をフラッシュバックさせていた。





海中に緑の何かが光った気がして、
衝動で飛び込んだのが始まりだった。

重なる岩の隙間に闇と空間、その切れ間の先から溢れる明かりは、人が一人通れそうな通路になっているように見え、水を掻き、身体をねじ込む。


無理であれば水上へと思ったが、そこには求めた酸素が存在していてかなり驚いた。

それだけなら引き返していただろうが、明らかに人口の管やコードの屑が転がっているのを目にしてしまい、後は追うように、辿るように走っている自分がいた。


反響させる正体が広まった空間である事を確認、そして波間に見た光の正体と、
それが照らすカプセル。

その中で蠢く、 " なにか " 。



間近まで寄れば僅かな光に照らされて、
一糸まとわぬ銀色の女が、
水中だというのに悠々と泳いでいた。



身体を妖艶にくねらせながら
反りかえる背、突き上がる胸。

腹の縦筋をなぞり、
上へ上へと髪を一度まさぐった指先は、
見えぬ空を撫でた様に見えた。


夢中で姿を追っていた眼前に掌が横切り、初めてこちらの存在を意識されている事を知る。同じ高さでこちらを覗き込んだ女の瞳は、人の目をしていた。


そしてお辞儀をするような仕草だと感じた頃、彼女はカプセルの底へ沈む様に座り、膝を抱えて横を向いた。




「今すぐ地上へ」と発された言葉で息を飲むほど驚いたが、水中を通して響くその声は、耳にすればする度、どれほど人外な姿を持っても " 人間 " であるように思う。





「貴方は今から溺死します」



…目を逸らせている。

わざとこちらを見ないのだと感じたのは、膝の上に折りたたんだ手を乗せて頬をつけ、傾いていく彼女が、泣いているように見えたからだった。


水中で泣くなど、
人間の目には識別不可能だ。


そんな事は解っていても、その横顔の物悲しさが、諦めか絶望の類いを滲ませてどうにも流れ落ちる涙の幻覚を見せる。




「…待ってろ、今助ける」




もう、連れて行くと決めた。

逃げろ、お前は死ぬ、走れ。
カプセルで隔たれた彼女から何度も繰り返される言葉は、全てこちらを案じるものでしか無い。 "案ずる" ことしかできないのであろう事はもう解った。

その証拠に、イレイザーが現れてからの彼女は、更に声を張り上げた。




カプセルを割れば死ぬと言う。
崩れゆく洞窟では死しか有り得ないというのに、「出たくない、死んでしまう」と叫ぶ矛盾。



もう十分すぎる。
他に理由なんて要らなかった。


自分は置いて早く行けと言う切迫した叫びは、嫌なほど見てきた、救う事を願う者達の最後の意思だ



救われてやるとも。意地でも。


俺を連れて行けと告げられ、察した様にカプセルを巻き込んだイレイザーも、あの一瞬で同じ事を思考しただろう。

足取りの曇りのなさが、
確かにそれを物語っていた。




「こいつは突然、着衣のまま飛び込みやがったんです」


「まあ…初めから死ぬ要素があったんですね」


「あー…いやー…sorry?」


「貴方は骨が折れますね」


「そうですね」


「同情します」


「それはどうも」


「待ってぇ?羨ましいイィなぁぁぁ???その仲良し、俺も入れてェ?」


「…なか…よし…?」




哀しげに傾いて見せたあの瞳が、
今は違った色でキョトンとこちらに向けられる。救いあげた誇らしさと安堵に隠しはしたが、彼女の妖艶に絡まった純潔さには目眩がした。





その日の出は
救難信号を掴む確かな灯台






xxxxnix you.xxxx

comment 2

 






nix you