BGM:Evanescence/Going Under
シーツの中でつま先をなぞるような
嫌だ。行きたくない。
日が差す時間に踊りが始まる気持ち悪さを身体中で感じる。体内を巡るものがぞわりと銀膜の表面を掻き立てるような、物質ではなく知らせに近い何かが、気持ちだけを船に引っ張り戻すような。
変化について行かない身体は勝手に海へ飛び出そうと甲板へ駆け出し、追いついた二人が両側を併走した。
「何が起こってる」
「イレイザーさん…!いつもと違う」
「大丈夫か?!」
「解らない…でも、来ない方がいい」
「そんな訳にいきません」
「…なんでだ」
「連れて行かれている気がします。気を付けて」
ユメが行き着いた先は、岸壁を
血かと疑ったが、付近の岩から滲む赤黒さを見れば地質により溶けだした物か、それによる変質だと直ぐにわかった。
洞窟の中は外からでも分かるほど、巨大な結晶の柱が刺し違えるように多方面から生えていて、真ん中の一筋を人が往来している風に空間を残していた。横切る度に幾つも顔を写し返して不穏に映る。
そしてユメの歩みは、
洞窟内の広まった場所で止まった。
「…本物の水銀か!?最後のご主人が死んだってのはどうやら本当らしいな」
「チッ、どこにいやがる」
「Heeey本体!!顔くらい出せよ」
「おいおい無闇に崩すなよヒーロー、諸共埋まるぞ」
敵の声がする方を向く度、
飛び移る様に、別の方角から声が響く。
所在をまともに確認できないままだったが、ユメを横切る様な気配を察してイレイザーは睨みを効かせる。
しかし突如生えるように横の岩壁から伸びた鉱石で叶わず、続いて突き出た結晶を跳ねるように避けた。
「昨日、水銀に似たのがヒーローと居ると聞いてな。水から出るなんて偽モンだろって話だったが……試しにヘマした部下を沈めることにしたんだ」
「ひ、!…そんな、!言われた通り持ち帰ったのに!」
「クソ…やっぱ逃がしたのがいたか」
「妙なの着せてるじゃねぇか…これのせいか。新しいご主人がヒーローとは」
「奴隷じゃねぇんだよ」
「奴隷?バカ言うな。道具だ」
「天井ごとぶっ飛ばしてやる」
敵と思われる結晶を正面に捉えたマイクは、口を大きく開ける。確実に当てられると踏んでいたが、突き出る結晶を避ける様に跳ねるイレイザーと背中を合わせるようにぶつかってしまい、短く呻き声が零れる。
互いに息を整える間に、敵はカモフラージュされたどこかの結晶へとまた消えていった。
「結晶が邪魔すぎる」
「それだけじゃねぇ、長居すると呼吸器がやられるぞ」
「捕まえ方を知ってるか?こういうのは丸ごと囲う。閉じ込めるのが基本だ」
地と天井から幾つも突き上げた結晶は二人とユメの間を分かち、ユメの上からは空のグラスを伏せる様にくり抜かれた様な結晶が落とされる。
「ユメ!」
「私は大丈夫です!それより一旦引いて下さい!」
曇った結晶越しに見える、囲われたユメの声が中から小さくこもって響く。隔たれて狭そうに踊り続けるユメはまるでカプセルを思わせた。
「お前らこの場所じゃ完全に不利だ。勝てやしない」
「ユメをどうする気だ」
「切り刻むとでも言えばいいか?鯨にみたいに」
怒りを滲ませた二人分の歯がぎりりと鳴る。
三人共が、隅に積まれた肉片の存在には予想が着いていた。
イレイザーも、マイクが警察へ引き渡した後の通信で一件を知り、だからこそユメの様子を案じて帰りを出迎えた所だったのだ。
「一旦壁に風穴開ける!」
「させると思うか?助けが来るだろ」
二人の前に再び敵は姿を表し、
マイクの頭上では結晶の先端が光る。
回り込んだイレイザーはその姿を捉えた。
「な、…お前個性消しか…!厄介な」
ユメとの間にあった結晶は崩れて落ち、一瞬にしてユメを捉えていた壁も消えた。
その隙に畳み掛けようとしたが、
敵の肩からは大きな結晶その物が突き出ており、抹消では消しきれない姿である事が、轟音を鳴らして立ち上る土埃に混ざって見える。
時すでに遅く、
振りかぶった二人を薙ぐように、
容赦なく鉱物は振られた。
岩と結晶にそれぞれ身体を打ち付けて倒れ、踊り続ける無防備なユメは再び囲われていった。
「出せば助けを呼ぶだろう?諦めろ」
「…nix!」
「断る」
血を吐き捨て再び握り締められる拳、
口元を拭いながら立ち上がる姿。
殴り飛ばされ、どんな攻撃を受けようとも、
その血を拭い吐き捨て、目を光らせて笑う。
少しも楯突く姿勢を崩しはしない二人を、ユメはただ、舞い踊る自分の手の合間から見ていた。
二人の動きが普段よりも鈍い。
敵が生成した鉱物以外に、天然の生成物もあるのだろう。結晶が育つとするなら、高温多湿で地質の有毒さもある筈で、ここにいる限り二人が持たない。
こんなにも分が悪いのに強気で戦い続ける彼らを前に、安心して踊れるよういつも見守られていた事を改めて知らされる。そう思うと、もうどう思われようがなんだって構わないと思えた。
宿り木を守れ 本能がなんだ
踊るな、止まれ
せめてこの踊りが終われば。
「嫌、こんなの」
マイクが火種を握ったあの日と同じ気持ち悪さが、体内を渦巻きながら喉元へと上がってくる。ねじ上げる様な不快感は、凪を保ちたい感情を今にも突き破り、荒波を立てそうで鳥肌が立つ。
気分の悪さの正体を突き止められないまま、上手く応戦していた二人が再びなぎ飛ばされて眼前に転がった瞬間に、本能の糸がちぎれた様な音がした。
「許さない」
足元から急速に液化させ、囲われた中をボコボコと音を立てて液体が満たしていく。
「…おい」
「ユメが変だ」
普段の言動らしくないそれと目付き、気配に二人は目を見張る。敵は踊りが終わった事に気が付き、目線をユメへと移していた。
「足掻くな無意味だ」
「私には意味がある」
「形も保てねぇくせに何ができる」
「無形の強みを知らないな」
沸き立つマグマの様な形状で、足元から液化させた物質量は鉱物の囲いを隙間から挿し動かす。瞬く間に音を立てて倒れた結晶の壁を見て、イレイザーは敵の足元を捕縛した。
「貴方は蓋をしなかった」
悪だ正だと隔てもせず、平等に祈り弔ってきた。
清らかな気持ちでいたというのに、今ではこの気分の悪さに鳥肌が止まらない。もうきっと、これまでの私ではなくなってしまった。
「ことごとく可哀想に。もう、私の不可侵域を犯す者には祈らない」
敵から二人を遮るように立ったユメは、
振り返らず背後へ口を開いた。
「見ないで欲しい」
「…どういうことだよ」
「ここから来ないで」
「イレイザー、この人を捕まえておいて。お願い」
「待…」
地に雫を落とす様な速度で、
辺り一帯に広がっていく銀色。
その境界線は二人の目の前で綺麗に線を引いて留まり、敵に向かって泡立ち、包むように押し寄せる。
銀色の海のどこからか鈍く歌声の様な揺らめきがあり、それがはっきりと歌である事が解った頃、ユメは液化した中央から敵に向かって頭を出した。
がくりと膝を落とした敵の目は虚ろに天を見ており、その異変に、ただ二人は言葉を失っていた。
鼻歌を歌う緩さでありながら芯を保つ不思議な振動は、鼓膜を突いて脳を揺すり、衝動を誘う艶で敵に向けられる。
立ち上る様にして頭から順に姿を見せたユメは再び舞っていたが、明らかに普段のものとは違って挑発的な妖艶さを宿しており、それを見たイレイザーは初めてマイクを捕まえておけと言われた意味を理解した。
「こっちよ」
膝を折っていた虚ろな敵はユメを見るなり視線を奪われ、口を開けたまま手を伸ばし、後ろへ前へと回りながら誘い踊るユメを求めて空を切る。
「欲しいのでしょ」
立ち上がった敵は追うように銀色の中央へふらりと足を進めたが、まともには歩けないのか、また膝を地へと落とした。
「早く、もう待てない」
男の背中から胸板を摩りあげるように抱くユメは怪しげに笑う唇を耳元に掠めさせ、囁きを落とす。
目をかっと見開き背後を振り返った敵は、
水浴びをする人魚の様な姿で腹の下まで浸かり、胸や首元を摩りあげて見せるユメへと、突き出た銀の脚先を撫でながら重なる様に足を沈めていく。
「欲しいの 抱きしめて」
四つ這いの男の膝から腰へ、腕を伝って背中へ。
ひとつふたつと水銀の波が飲み込む音を立て、ユメに抱かれて沈む敵はついにその背を最後に、喘ぐ様な吐息に吸い込まれて銀色の海に姿を消した。
マイクとイレイザーの前を境目に線を引いていた銀は、その中心へと戻り始めて集まっていく。イレイザーが捕まえていた筈のマイクの足は、その線を数歩踏み込んで止まっていた。
「見ないでって言ったのに」
いつもの姿に戻ったユメは二人の前に立つ。しかしその目は合わせることは無く、斜め下に向けて伏せられていた。
「…殺したのか」
「…早めに出せば生きているかもしれません」
「これはなんです」
「早く出ましょう。空気が悪い」
イレイザーが掴んだ手は濡れるだけだった。
隠れる様に潜んだ残党を捉え、既に出口へ向かい小さくなった影を追って歩く中、舞いながら嫌だと言ったユメの表情がイレイザーの頭の中を掠めていた。
マイクは言葉を失ったままで、
目も合わせずすれ違っていったユメと触れた腕を握り締め、指の隙間からは混沌を縫うように水分が滑り落ちていった。
シーツの中でつま先をなぞるような
あの誘惑はなんだ??
銀膜の下でなぞり上げられたのは俺か?
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nix you