BGM:Lauv/Never Not

水槽の花嫁










姿を消した敵は、
海上保安と警察による地中探索で
浅い位置から掘り出され、生きて護送された。

聴取によればユメと面識はなく、ただ近海のどこかに身を潜めているというユメを捕らえていた男の噂を知っていただけだった。




帰船後、ユメはラボに行きたがり、
仕方なく連れて行き話す機会を伺った二人だったが、水槽で仰向けに寝そべったまま沈んでしまい、目を閉じたまま動かなくなった。



体調はどうか、気分が悪いか
どういう事か話せるか
聞かせて下さい
何を聞いても怖がりはしない
我々は仲間です


次々と掛けられる言葉は全て耳に入っていた。
マイクとイレイザーは、
ユメが眠ってはいない事を知っている。


ただ水槽の前に座り、時間をかけてでもユメが自ら口を開くのを、静かに語りかけながら随分と長い間待っていた。






ユメは、
今までに感じたことの無い感情の不快さに、自分が自分でなくなってしまったように思い、とても悪い者になってしまったのだと感じていた。


沸き立つ気分の悪さが示すものが"憎しみ"であり、救いたいを覚える度に増していく事に、目を瞑る。

そして、
今日も三人は奇跡の賽を振り合い
無事に生きて戻れたのだと、
二人の暖かい声を聞く度に溢れる涙は
失う恐れだと言う事を知り、水槽に隠した。




イレイザーは、
ユメが見せた一面が説明された通り、
古い言われの精霊であるとするなら
誘惑の類で間違いないと確信していた。

日々読み漁った諸説ある文献の中からその事を知っていたが、ユメが話したのは予知だけであった事を考えると、言いたくなかったのであろう事は察しがつく。

「救えるのですか?命の限り協力します」

かつてそう話した、
誰の手も掴めず救う事に焦がれるユメが、引き摺りこんで殺せる能力を持っているというのは、隣の男の事を考えても皮肉がすぎると眉をひそめていた。




マイクは、
相変わらずユメが
どこかへ行ってしまう気がしていた。

鍵をかけ、初めてユメを閉じ込めた部屋で胸に抱いて眠った、熱帯夜に沁む心地良い水の感覚を思い返しては、見ないで欲しいと言った意味に自惚れ、熱くなればなるだけ、どす黒く焼かれる思いでいる。

衝撃と動揺の裏側では、
忙しない感情の冷熱を繰り返していた。






「水死予知はおまけみたいなものです」



どれ程たったか、
ぽつりと呟くように口が開かれる。
瞼は閉じたまま、
ユメは静かな水底で胸に手を重ねていた。




「水の精とは、誘惑して誘い込み、引きずり込んで溺死させるのが本来です」


「発動条件は」


「たぶん、連れていくと明確な意志を持って誘惑する事」


「…多分?」


「初めて使ったので」


「あ?!んなリスキーな…」


「なぜできると知ってるんです」


「息ができると知らなくても呼吸はできます。そんなものです」


「こんな尋問じみた事…したくない」


「解ってます。尋問だなんて思ってません。充分、甘やかされています」


「今までしなかったのは」


「好きじゃないから。使わないなら無いのと同じ」


「…捕らわれても使わなかったんだろ…そんなに嫌なもんなんで使った」




この人はいつもそう。
逃がさないとでもいうように、時々こうして核心を突く事を言って、どきりとさせてくる。



助けたかったから

道を開くためなら手段は選ばない。口から出すと嗚咽が零れてしまいそうな気がして、言葉に詰まった私は、待って欲しいと二人に手のひらを挙げて見せた。

何か、違った伝え方は無いだろうか。


助けたかった
守りたかったから
貴方達を傷つけるから
二人と、いつまでも居たいから


…あぁ、これだ。

浮かび上がる思いの全てを混ぜたような、
とっておきの、
お似合いの言葉を見つけた。




「三人で、という言葉が好きです」



嘘にならないよう、
真実だけが伝わるよう、
曲がってしまわないように。


いつものように、気を付けて話す。



溜め息と沈黙のあと
張り詰めていた空気は緩み、

いつものように、
二人は仕方なさそうにしていた。


手当と敵に関する所要のため、イレイザーはラボを後にした。好きなだけ居てもいいという言葉に甘えて明かりを落としてもらったが、マイクだけはガラス越しにいる事が、綴じた瞼越しに光る緑光でよく解る。



「部屋…来いよ」


「気分が悪くて。水圧で誤魔化してみます」


「ひどい様なら研究班行きだからな。ok?…無理したり嘘つくのは無しだ」


「はい。誓って」



光の色が変わり、薄ら目を開ければマイクは居らず、代わりに入口の扉から廊下の光が溢れていて、水面に揺れる太陽を思わせた。

長らく世話になった海底の暗闇へ戻れば混乱を沈められるかと思ったが、上手くはいかず、また違った荒みが生じてしまう。

そのうち後を追いたくて仕方がなくなり、水面に顔を出した私は誰もいないタラップへ上がり、開けっ放しの隙間を抜けた。











「入ってますよォ」



扉の前にいる事に気が付いたマイクは、風呂場のすりガラス越しにその動きを止め、シャワーの音がざあと響く中で言葉を続けた。



「…それとも誘ってんのか」


「寒くて苦しい」


「……ごめん…。…でもよ…はぁ。俺裸なんだけど…解ってる?……知らねーぞもう」



鏡の前に立つ彼に、倒れるように重なる。
その手は受け止めるように広げられていた。

胸板に両手を添えて顔を横に向ければ、
鏡に映る姿はまるで問題なく抱きしめ合っている錯覚を見せたが、二人の対比はあまり似合のものには思えない。



「これは汚れかしら」


「お肌が気になるお年頃か?」


「私は汚れてしまったの?」


「…こっち来い」


空の浴槽に連れられて立てば、
出しっぱなしの温水が背中に当たって溶けていく。

寒いと言ったものだから温めようとしてくれているのだろう、胸は相変わらず抱き締めるフリをするマイクに甘やかされていた。




「どうした」


神妙な顔つきで見下ろすその手は頭のてっぺんを撫でるように滑り、首元で後ろ髪を遊ぶ様に水膜を掬う。

見上げた額にひたりと一度、唇が付けられた。



「いつから気分悪いんだよ」


「幽霊船の男」


「確かに言ってたな」


「ずっとではなくて…あの。……ヒーローは誰でも助けてくれるのですか」


「ああ」


「助けて、怖いの」


「何がそんなに怖い」


「憎しみが湧くのよ……今までこんな事、感じたことも無かったのに…私はどうかしてしまったの?」



ぽつりぽつりと零す纏まりのない思いを丁寧に拾い上げてくれる事に安心して、少しずつ自分の内側を探る。見るのも認めるのも嫌がった頑なな扉は、彼が開けておいてくれたのか隙間があいていて、光が刺しているように思えた。



「貴方を汚すものは全部憎い」



言ったが最後、嫌がった心の内側の扉からは、憎しみが沸いた瞬間の映像がその時の感情まで乗せて幾つも記憶の中を流れ出た。

再び寒気がした様な気がして自分を抱きしめて腕の中で身を縮める。やっと出てきた言葉に、彼の瞳は少しだけ揺れた。




「私、病気?」


「恋煩いだよ」




憂いの曇りを晴らすような顔をして微笑む彼は、
酷く誘惑の香りがする。

確定的な手遅れを簡単に紐解かれてしまい、
そんなにも私は蝕まれていたのかと驚き、決して諦めない彼が心には素直に降伏していて、諦めた様に溜息を着くのを目の当たりにし、自分からもへなへなと腕の力が抜けていく。



「俺と同じだな。…ユメに触れる野郎は皆虫唾が走る」



下唇の水面で彼の親指が楽しげに滑ったり沈んだりを繰り返し、顎を掬われたように思い角度を上げれば、口元に唇が触れる。

頬を掠ったマイクの髪が水膜と引かれ合って雫を作り、蒸気に揺れて落ちていき、どうしようもなく意味の無い瞬間を、今だけはと煌めいて見せた様に見えた。




「あんなもん見せられて…他の野郎誘ってんじゃねぇよ………気が狂いそ」



背中に当たるシャワーは、
水膜を普段と違った温度へ変えていく。

彼の温度はどれくらいだろうか、触れ合えたのなら、こんな温度に包まれるのだろうか。機嫌が悪そうでいてやるせない目線に変わり、伏せてしまったマイクに、身体を抱き締められている錯覚が初めて正しく持てて、まんまと苦しさが和らぎ、愛しさが増していく。




「俺も、って顔をしてます」


唇から離れると同時に止まっていた、
頬を撫でる手に、自分の手を重ねてみる。



「もしも二人で踊れるのなら、」



図星に驚く顔に近付きたくて、
首に手を回し、届かない高さを液化した脚で巻き付くように登れば、太腿の付け根をよじる摩擦で、胸元に抱いたマイクから切羽詰まった呼吸が溢れて水膜が揺れた。




「私は…あなたと、踊りたい」



言葉の合間を短く詰まらせて、耳元にはぁと息を落とせば、獣の様な荒々しさで彼はシャワーカーテンを引いた。

誘えはしても実態がなければ、当然に重なり合う事なんて無い。所詮フリしかできなくとも、それでもこの男に触れられてみたいという思いを止められない。



「もっと知りたい、教えて」


カーテンで包む様に身体を攫われて、
性急に律動は始まった。

衝動を殺そうと動きを緩めるように努めるマイクが身を押し付ける度に掠れた声が響き、シャワーの栓に手を伸ばした彼は更にそれを捻って、カーテンに跳ね返る雨傘を模した爆音で掻き消そうとする。


どうすれば顔を歪める理由が感じられるのか知りたくて液をうねらせる度、見た事のない色めいた表情が、規則的だった息を詰まらせてびくりと小刻みに揺れる。それでも言葉にならない静かな呻きを乗せて、押し寄せる時には喰らうような瞳で身体を挿した。



広く広く…浅く。私は浅く広く愛でます

そんなのは嘘だった。
目指したものが遠ざかる。
転がり落ちるスピードで嘘になっていく。

もはや暗闇を通り抜けてでも狭く深く、あの日の様に何度でも水の底まで来て欲しかった。



「もっと深く、奥まで欲しい」



どうしたら重なった事が分かるのか、これは正しく重なっているのか、そうでもしないと解らない。

激しさが増した衝撃で、身体が震えて何処からか水が跳ねたが、彼から滴る汗か水膜からか、混ざりあっては判断を鈍らせる。
半身をえぐる様に挿し込まれたカーテンの引きりの奥からは、重く打ち付く振動が体内の内側で全身の水銀を揺さぶった。


解るまで教えて欲しくて、
激しさが一層増しやしないだろうかと耳へ舌を出し入れしながら、もっと、もっとと繰り返す言葉と呼吸を、何度も衝撃が途切れさせては喘ぎと似たさまに質量が増していく。それでも、まだ、何も感じられない。



きっと、足りない

足りる事は ずっと無いのだ。


だから
満ちる事も足る事も知らない、
私たちの時は止まっているのだと思った。


歯を食いしばり、時折開いては恍惚な吐息を垂らす姿と、飽くことなく貪る獣の様な眼差しと、それが私だけを見詰め、抱いているという今のまま止まり続けるのなら、それはそれで美しく幸福だと感じる。

どうせ蝕まれてしまったのならせめて、報われないと愛に飢えてしまわぬように長く続き、永く生きてと願ってしまう。



「苦しいですか」


「ダメだ、もう」



しかしそう願えば、痛覚はほとんどない筈なのに胸が疼く。苦しむ姿を見ながらそれでも生きてという身勝手さにだった。きっと、毒しあい石を投げあう痛みを止めるには、どちらかの想いを殺さねばならなくなる。


だから幸福に思えるうちは、
輝くうちは、

二人分の焦燥も憎しみも
混ぜあって今を生きていたいと思った。




「俺は、ユメを」



この人には
世界が滅んでも残って欲しい。

うわ言のように繰り返される愛の言葉と名を呼ぶ声に混ざり合い、思考果て合う二人は浴槽の渦に飲まれる様に沈んだ。



水槽の花嫁

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nix you