BGM:Muse/Madness
水槽の花婿
名を呼び捨てて溢す程には
心の何処かに置いてくれている事を、
この背を追う程に
無意識下で居場所としている事を、
どこかで覚えたフリから、
お待たせではなく
会いたかったを教えてくれた事を、
欲しいだけだ、と
溢れ出た独占欲に振り返るユメが、
初めて一緒に寝たい、触りたいと
応えてくれた事を。
それらを知るごとに、
ユメが振り返って、やっとこちらを見てくれたような、見ていてくれたのだという思いがしていた。
それが目の前で自分ではない者を誘惑し、シーツの中へ沈んでいく光景は、知られざる一面であった事への混沌に隠れて勝手に裏切られた気持ちにさせる。
だから繰り返される冷熱の中で、振り返ったように見える想いの中のユメはいつも、輪郭を柔らかく保つだけでぼんやりと滲み、表情を映すことは無かった。
「貴方を汚すものは全部憎い」
しかしその引き金が、嫌っていた力を使ってしまう程の激情で自分自身へ向けられていたと知り、心の中で振り返るユメの姿が初めてその表情を鮮明に映した。
憎しみを覚え、
変わっていく自分に恐れを抱き、
怯える様に震えるユメの瞳は
切望していた熱量そのものだった。
怯えれば怯えるほど、怖がれば怖がるほど、凍えそうだと腕の中で小さくなるほど、揃いの憎しみを持ち合っているのだと、愛しさと渇望が込み上げて、心も身体も抱きたいと熱くなる。
誰にも汚れたとは言わせない。
腕の中で溺れる彼女は綺麗だった。
貶める者を憐れみ、悪にも救済を気に掛けたユメはきっと戦いには向かない。だから天使か女神か、平和を愛する妖精のような生き物なのだと思っていた。
それがもし、
自分のために憎しみを持ったというなら、
空から堕ちて形を持ってくれないかと願った。
堕天して俺だけに触れ、
争いから遠ざかり俺の胸で眠ればいい。毒だろうが闇だろうがなんだってくまなく愛せる。
だから
ユメを抱き締めさせて欲しかった。
「…気が狂いそ」
「俺も欲しい、って顔をしてます」
光に当てられて醜さを晒せば、
一枚、脱ぎ捨てるようにして見せる綻ぶ顔。
今までに見たことのない本来の微笑みで、
仕方がない人だとでも言うように。
建前を脱ぎあって見せ合い、優しげな甘い誘惑に熱を煽られて、制御を失った欲のまま喉から手が出る程欲したユメを、薄い幕で捕まえた。
滑らせるように押し付ければ、なめらかな弾力へ型取りながら沈む。できる限りの優しさを持てたらと何処かで思いはしても、身を引く速度に合わせて中で蠢くユメの流れは纒わり付くうねりで締め上げて、手加減なく欠片の理性さえ壊していく。
「もっと深く、奥まで欲しい」
うねりながら圧をかけ、質量の重たげな抵抗をみせる薄いカーテンの張りの奥で、自分から溢れた粘液に塗れながら引き抜く度に元へ戻ろうとする抵抗感を押しのけ、トントンと鈍い振動が返されて深みへ、快楽へと沈んでいく。
耳の水音に混ざった、喘ぐ様な吐息と欲しがる声に俺もだと思いが重なったが、発する余裕も持てないまま昂りで掻き消されて、邪に突き上げる衝動を真っ白になるまで仮の肌に打ち付けた。
ユメが欲しがるのは感覚の理解で、
揺れる度に溢す吐息も、途切れ途切れの上擦る声も、快楽に溺れている訳ではないと解っている。微笑みが歪むことは無く、自分だけが顔を歪め、解らないのと快楽を羨む様に欲しがり続けるユメ。
二人が追いつくことはずっと無い。
この先もずっと擬似的な思いでしかユメを感じる事はできない。
「貴方と同じ温度?暖かくて気持ちいい」
湯気に包まれ、温くなったユメは微睡むように目を閉じ、加減を失った腕の中で潰れて自由に形を変える。
濁った毒は抜け、
栓の渦に飲まれていく。
残ったのは新たな、
色違いの虚しさだった。
「ユメが何者かなんて、その道の学者がいてもきっと解んねぇだろうな」
「ニクスの逸話には人間との愛の話も伝わっていますが、大抵は水無くして暮らせないニクスが水の底へ帰るそうです」
空の浴槽に背を預けるマイクは胸の上で丸まった塊を撫でる。シャワーカーテンを被ったまま、折り畳んだ両腕と顔を覗かせるユメの頭から背に続く指ざわりの良さを遊びながら、その反発を楽しんでいた。
「水を得たおサカナちゃんは、どうなんのかなァ?」
「そうですね。幸運な事に」
ゆっくりと身体を起こしたユメの肩からカーテンが滑り落ちて腰周りで留まり、はだけた剥き出しの身体へ飛び込む雫は雨の水溜りを模して、出したままのシャワーが跳ね返る音を変える。
ユメは浴槽の外側で斜めに立て掛かる、天井から落ちてしまったカーテンポールの吊り輪を順番に指で弾いて、水膜から分けた水滴がカーテンの谷間へ流れていくのを眺めていた。
「でも、かりもの だと思うと。…私は水の中の人なんでしょうか、私の恋人は水なんでしょうか」
「呪いだろこんなもん。捕らわれてるようにしか見えねぇよ」
「…そんな顔して」
「好きな所に居ろよ」
ユメは、
物事の始まりと終わりの事を考えていた。
摂理の中に、
終わりは必ずある。永遠は無い。
でも、まるで永遠のように感じることはできる。相変わらず捕らわれだと叫び、自由であれと言う彼の傍では脈は早まっても秒針は遅くなる事を知り、永遠とは胸に住まわるものなのだと。
「私は…ここが好き」
時を止め 永遠をくれる男は、
したり顔で見上げ、笑っていた。
「私、貴方に誘惑を使ったことは無いです」
「…知ってる…俺が勝手に吸い込まれてんだよ」
マイクは乗ったままのユメの中へ押し込み、包むカーテンの引っかかりを探る様に腰に力を入れた。バランスを崩して発せられた短い声に喉を鳴らし、掴むには心もとない揺らぎを溢してしまわないよう、そっと胸に寄せた。
「俺だけのために踊ってくれよ」
「いいですよ」
水槽の花婿
なあ、またタンゴをしよう
どうせこの先は知らないんだ
xxxxnix you.xxxx
nix you