BGM:Evanescence/Swimming Home
毒の融解温度
「水中でも追えるようにこれを。追跡装置を付けたライトです。蓄光なので、光を蓄えて暗がりで光ります」
「丸い、薄い」
「取り込んで下さい。どこでもいいです」
「有難く頂きます」
上を向いて口を開けると、細い目をいつもより少しだけ見開いたイレイザーさんだったが、直ぐに口の中へ落としてくれた。
「ずりぃぃぃぃい!!俺もユメちゃんにご飯あげてぇ!!!」
「私は食事が要らない性質ですよ」
小さな水音のあと喉元を通り、胸の辺りで留まったライトは、銀色の中で柔らかく光る。
「まあ、光ってます」
「oh!!!超COOL!」
「緑の心臓ですね。似合ってますよ」
「お役に立てるよう頑張ります」
「お前もだ。追う時はGPS付けとけ」
「OKOK」
「俺は司令塔から信号を探知して周囲のヴィラン情報を照会する。応援が必要なら呼んでくれ」
「あの。私が踊るのは夜中である事が多いです。御二方とも眠らなくても大丈夫ですか」
「司令塔は眠らないものです。無事戻ったら代わりと交代しますからお構いなく」
「帰ったら一緒に寝ようなァ!ユメちゃん」
「はい」
「…いちいちコイツに乗らなくていいですよ」
「?乗れませんよ」
「…あー…まあ、いいです。…おいお前…笑ってんじゃねぇぞ」
「イッテェ!!!ま、俺はどっちも乗って欲しいなァァァァ」
船内の各部屋から照明が一つずつ消える頃、部屋を案内されていたユメは丸窓の前で足を止め、水平線の奥から伸びる月の光をしばらくの間ずっと眺めていた。
テーブルに肘をつけて頬を潰し、その姿に目を細めていたマイクは、ユメが目を瞑り、瞼の裏で蝶でも追うかのように頭を揺らし始めたのを確認して、直ぐに司令塔へ通信を繋いだ。
「イレイザー、ユメちゃんが」
「わかった。船は着けてある」
「じゃ、夜のおデート行ってきまァァァァァァス」
「…おい。遊びじゃ」
「行こっか」
「死の宣告です、身体が」
「ああ、大丈夫だ。俺がいる」
ドアを開けると、先までの歩み方とは違った足取りで通路を跳ねて行く。
時折滑るように進み、その突き当たりにあるドアを先回りして開けてやると、躍り出るようにして広まった甲板の中央で頭を下げ、まるで月に挨拶をしているようだった。
まさかここがと思ったがその足取りには続きがあり、隅に積まれた木箱を階段にして平均台ほどの船壁の上へ乗り上げ、右手左手と順について、足を後方から大きく振り上げる。
軸を保ちながら平衡をとる間も依然として目は瞑られており、本能で踊ってしまうと言った意味を改めて見せられていた。
鎖骨に指を滑らせて頬をひと撫でした手付きは大きく円を描いて前方を指し、突き当たりまで進んだ後、両手を広げたまま海に背を向けて落ちていった。
タラップを降り、
付けられたボートを走らせて、
暗闇に揺らめく緑の光を追いかける。
波に寝そべりながら星空に丸をつける優雅な仕草で腕を伸ばし、クジラが尾ヒレを出すようなシルエットを浮かべて海面を押し進むユメの先に、砂浜から伸びる桟橋が見えた。
旋回する様に泳いだ後、
砂浜から歩いて桟橋を渡ったユメは、その行き止まりで留まるように曲線を描き、月光に照らされた影が滑らかに揺れる。
「綺麗だ…が、哀しそうだな」
「繰り返すのは得意ではありません。明日ここで誰かが」
付けていたボートから桟橋へ乗り上げ、幅の中央からその姿を捉えれば、そこは照明を当てたステージのように見える。
ユメは海へと手を伸ばし、
憂う目で海水を撫でていた。
「水に帰る者よ、せめて安らかに」
「そうならないために俺が居る」
「…そうでしたね、でも貴方が死ぬかも」
「そうならないためにイレイザーが居る」
「二人とも、かもしれませんよ」
「ユメちゃんが居るっしょ」
「触れられませんもの。溺れゆく手を掴めません」
片足を軸にひと回りしたユメは、突然足を踏み出し、ほらねとでも言うように手を掴むフリをして見せた。
だらりと下ろしたままの手からぽたぽた滴る、ユメが通り過ぎた証に、なんとも言えず立ち尽くす。
「固形化を夢見た事があります。
私が毒を持たず、形を保てたらと」
感情の示し方はいつも、
大きくないが、無機質でもない。
今のユメは、さざ波を救い上げて指の隙間から零した手付きの様に、ただ淡々と思考を撫でる様な話し方をしていた。
「でも私は無毒にはなれない性質です、固形化したところで、掴んだ者を毒すでしょう。
そうなれば溺れ苦しむ姿を見るか、助けておいて私の毒で息絶えるのを見届けるかのどちらかです」
" 私は、死を宣告できても、
救う事はできない "
バレエの様な足付きで止まったユメは、
それでも両腕で丸を型どる。
水面へ伸ばされたその胸の中に、
何人もの命を抱くように。
「こんな優しい死神がいてたまるかよ。それは死の宣告なんかじゃねぇ。
…未来からのSOSだ。俺達はそれを救う。それがヒーローってもんだ」
「では祈ります。
明日の命が救われますように」
見えないユメの走馬灯、
そこに映るジレンマ。
なんの示し合わせか幕を開けた三人の始まりはきっと、一人では叶わない大きなものを掴んでいけると知って欲しい。
そう思ってしまう勝手さをいつか、
今すぐにではなくとも。
水だ地だと自ら隔てた水面を、その美しい踊りで飛び越えてはくれないだろうかと願った。
「追ってきて沈んだのは昔の男か」
「それは恋仲と言う意味でしょうか」
「あァ」
「私は愛しませんが、あの人はそうであったかもしれませんね」
「ほー。愛さない」
「毒液体ですよ?触れられもせず。性質の違いは大きな壁です」
「飛び越えないんだァ?」
「広く広く…浅くです。私は浅く広く愛でます」
悲壮さを少しも見せない撫でるだけの語り部では、こちらが気にかけた分だけ勝手に背景を汲み取ろうとしてしまう。
本能に引っ張られるようにして踊らされていたユメは、船内を歩く時の足取りへと戻り、客席に向かってお辞儀をした。
「俺も踊ろうか」
彼女のステージへ上がるように寄り、手首から肩までの水膜をなぞると、釣られた腕は空を掴んだ。
「仰け反ってみな」
片手を挙げたまま足を大きく開き、桟橋の端からしなやかに背を倒したユメの腰を抱くと、掌が押した水膜が肌のように感じた。
「セクシーな美女にはタンゴでしょ」
開いた隙間に足を差し入れると、
さすが本能の踊子はそれらしいシルエットへと型を整えていく。
「こんな事をしてなんの意味が?」
「俺が幸せなだけェェェ!ヒュー!
心躍るぜェェ」
「タンゴというのですね」
「アンダスタァン?」
「名称は知りませんが踊りはニクスの本能でして。身体は正直ですね…ああ…足が勝手に…本能が疼いて止まりません」
「ohh…エロいエロい!!セクシーすぎんだろ…オイstop stop」
上げた足を絡められて、
腰から腿へ水が染みていく。
相変わらずフリしかできず、
二人は
組み合う影を重ねて止まった。
「貴方が宣告を受けたとし、私が毒のまま形を保てたとしたら、沈みたいですか。それとも、毒されると知って私に殺されたいですか」
「それは救うって言うんだよユメちゃん」
「救う?」
「救いたい願いしか持ってねぇじゃねぇか。出会った時からそうだったろ?俺はユメちゃんが助けてくれんなら、落ちてくる岩も水も毒も美味しく食えるねェェ」
ストップを掛けられて反り返った体内で、頭から爪先まで巡る水銀が流れる度に、授けられたライトを押し上げたり、沈めたりを繰り返す。その度に、鈍色の胸が光度を変えて点滅する様に揺れた。
「救う、私が…救う……あれが?救う?……それでも救ってほしいと?」
いいえ違う。そうですか。
相対する思いは、押し寄せては引いていく波のように砂粒を転がす。
たとえ夢見る儚さにうそぶく彼らでも、そんな姿は美しいと思った頃、彼はまた顔に手をかざした。
「なんです?昨日もしていました」
「フリだよ」
「フリ?またですか。マイクさんはフリがお好きですね」
「泣いてんのどうにかしてやりたくてな」
「どうして泣いていると?」
「何となくだ」
「微量でもわかるのですね」
「微量じゃないから解んだよ」
少しも畏れず触れたがる。
ヒーローとはなんとも優しい生き物だ。
宣告ではなく、
未来の救難信号だと彼は言う。
繰り返される無意味の中で、
踊る事が初めて意味をなした、
優しい夜だった。
船へ戻った後、マイクは浮ついた様子でベッドにシートを掛けたが、迎え入れようと思っていたユメは部屋を探索した後、バスタブに飛び込んで大人しくなってしまい肩を落とした。
交代で戻ったイレイザーはそんなマイクと並び、どのみち水へ帰っていくユメを眺めていた。
◇
「HeyHey呼ばれちゃったぜェ」
「すいません、ごめんなさい」
人が薄い今なら出ても問題ないと聞いて甲板へ出た私は、太陽に誘われて木箱に座り、髪を指で梳いていた。
そうして突然に声を掛けられて、彼もまた零れた鼻歌に誘われたのかと謝り、太陽を睨む。
「そんな謝る事じゃないじゃん。心踊っちゃうくらい嬉しいんだぜ?」
「またタンゴですか」
「心がタンゴ踊ったら激しいな」
僅かに聞こえた鼻歌を聞きに来たのだと嬉しそうにしていたが、直後に鳴った通信に呼ばれて私達はイレイザーさんの元へ向かった。
「昨日の場所からこの範囲にヴィランの目撃情報があったそうだ。ただの水難事故ではない可能性がある」
モニターが映し出す地図の赤い円を指さして、行くぞ、と額にずらせていたゴーグルを下ろした。
「私も行きます。水中探索は速いですよ」
「心強いじゃーん?!来てくれんのォ?
燃っえるゥゥ」
「確かに…着衣で飛び込むバカよりいいですね」
「ohh....まだ言う?」
「落ち込まないで下さい。マイクさんも泳ぐのは上手ですよ」
「センキュ、ユメちゃん…」
「ええ、特に目が」
「ファァァァ!!? nice ボディブローすぎて俺のライフがめっちゃシヴィィィィィィ!!!」
先を歩き始めていた
イレイザーさんの追いかければ、
その背はしばらく小刻みに弾んでいた。
桟橋の手前でボートを降りた私は海底を周り、人影は無いことを二人に知らせて、また昨晩のポイントへ向かう。
遠くに見えるガードレールを超えて波打ち際へ降りてきた釣り人の前に、砂浜の中からヴィランが現れ、逃げ込むように桟橋へと曲がり、二人の男が敵の背へと飛びかかった。
「YO 待ってたぜ」
「何故ヒーローがいる?!ここは手薄な筈…まあいい、お前達も藻屑にしてやる」
「そいつは心躍るね」
「イレイザーさんも心躍るのですか」
「ああ?」
「タンゴですか」
「…は?」
「マイクさんが心躍るとタンゴを私と」
「へぇ…笑わせんな仕事中だぞマイク」
「ユメちゃあぁぁぁ!それはトップシークレットぉ!!オトコノコ心ばらさないであげてえええ?!
恥ずか、しいいいいいでしょうがァ!」
宙を飛んだ釣り人を受け止めるのは、
カプセルを掴んで離さなかった
あの白い布。
走る、赤い閃光。
敵を一瞬で飛ばしながらも、
波ひとつ揺らさない的確な声。
笑い声と、
からかう小突き合い。
「まぁ…お強い」
救えないのだと、
こちらが憂う間など与えないくらいに
彼らは強かった。
「私も、とても心が踊ります」
集まってくる人々に連れられて、
二人に頭を下げる釣り人の言葉を聞いて、私は桟橋の下で思わず口元を塞いだ。
毒の融解温度
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