BGM:UPSAHL/Drugs
Loud Confession
「あのな。そりゃあヒーロー名なんだ。アハーン?たまには違う名で呼んでくれよ」
「ではなんとお呼びしましょう?山田さんですか?」
「それは硬ぇよぉ」
「はぁ」
「なぁ、ひざしって呼んでみて」
「ひざし」
「っア゙…心臓に響くぜ…」
「そんなに嬉しいんですか」
「当たり前ジャァァん?!…次は君付けてみて」
「ひざし君」
「フゥゥゥ!!!堪んねぇな!!ひー君でもいいんだぜェ!?ユメちゃぁぁあん!!」
「それは…何故だか本能が少々…拒否反応を示しております」
「Why?!本能がァァァ??!」
二人がけのソファで新聞を読みながら、隣に座るマイクと重なって座るユメの子遊びを聞かされて呆れていたイレイザーだったが、しばらく繰り返された遊びの結末に、広げていた新聞を小刻みに震わせて、続きが追えなくなっていた。
「ね、一回だけ」
「ひーくん」
「ヒュー!!最っ高…だな…」
「茶番はもういいか」
新聞を下げてテーブルへ置き、その帰りの手で置いていたコーヒーを口につける。そうして隣を向くと、言葉を掛けたマイクではなく振り返ったユメが口を開いた。
「はい。しょーくん」
「…っ、!!…」
「?!ファァァァ!ユメちゃん大丈夫!??」
口へ含んだコーヒーは全てユメにかかり、全身を包む水膜スーツの透明度は瞬く間に濁り、銀色がぼやけて揺らいだ。
「いらん事を吹き込むな!」
「前が見えません!」
立ち上がったユメはそのままフラついて倒れ、受け止めたイレイザーは背もたれに体を預けたまま二次災害を受け、全身から水を滴らせていた。
「いいなァァァァァァ!!!押し倒されてェェエエ工!!」
「うっせぇ色ボケ!!そこに座れ!」
「大丈夫ですか?」
「ユメさんもです…!」
するするとソファから降りていったユメは、ハイと短く返事をして一番近いテーブルへと腰掛けた。
「テーブルな訳ないでしょう!!!
下です!!」
床に正座をする二人、特に、広げたままの新聞に残る濡れたハート形をニヤニヤと眺めていたマイクを重点的に説教は始まり、イレイザーは今日も大きな溜息を着いた。
「スイマセェンデシタァ」
「申し訳ございません」
すると、大人しく聞いていた筈のユメが、手の隙間から「ところで」と何かを話し始めたので、頭を抱えていた手を下ろした。
「好きに呼んで下さいと仰っていたのに、名前で呼ばれるのは嫌いだったのですか」
あ、いや、そうではなく、気分を害した訳では無いので気にかけなくていい。
話そうとする内容は直ぐに浮かんだが、しかしそういった複雑な表現をして理解されるのかが定かではなく、ただシンプルに話さねばと心がけて答えた。
「突然は調子狂うので」
「調子が?嫌ではないと」
「小っ恥ずかしいでしょう」
「恥ずかしいと怒るのですか?成程」
雲行きが怪しい。
依然としてソファへ座ったままのイレイザーは、自分より低い位置から正座をしたまま見上げられいる事に、気まずく俯いた。
そして隣で肩を震わせるマイクの姿は既視感があるなと、テーブルに置かれた新聞に目を反らせた。
「すいません」
「なんだか理不尽ですね」
「…すいません。…………
………てめぇは黙ってろ!!!」
「俺なんも言ってねぇぇえ!」
「顔がうるせぇ!!」
徐々に振動数も振幅も大きくなるマイクへイレイザーが叫んだ頃、部屋に響く船内の通信音に腰を上げ、逃げるように受話器を取った。
「イレイザーです。…ええ。
ありがとうございます。…はぁ…
…は?それは必要なんですか?
あれで充分ではないと?
問題なく過ごしてますが
は?衝撃??大丈夫でしょう。
その言い方やめて貰えませんか。
聞こえが悪過ぎますよ
…わかりました」
嗚呼と、小さくやさぐれた様な声を上げたイレイザーは、受話器を壁に掛けて天井を睨む。
そして一息つき、
正座をしたまま不思議そうに眺めるユメの前で、自分も同じ高さに正座をして向かいあった。
「すいません。我々と行動するという事はヴィランと対峙することが増えます。そもそもこの件に我々が当てられてるのも、この海域の水難事故にヴィランが多く関わっているからでした。
なので申請しておいたんです。協力して頂くにあたり、活動出来るよう特別許可が降りました」
「まあ、ありがとうございます」
「それでなんですが…それにあたり、今からスーツの改良、…強度の見直しをしたいと」
「ああ、実験ですね」
「…はぁ…どっちも自覚ありですか…」
正座をした意味を台無しにしていくユメは、大丈夫ですと立ち上がり、颯爽と歩いて扉の前に立ち、マイクは様子を伺うようにその背を追う。
言うまでもなく似たような思いでいたイレイザーもまた、その背を追ってユメの後ろに立った。
「御二人とも来るのですか」
「ええ」
「嫌です。怒ります」
「…は??」
「見ないで欲しい。調子が狂います」
「はぁ」
「恥ずかしいです」
「反抗期ジャァァァン!!!!!…ふ、くっそ面白ぇぇ」
またもや笑いを吹きこぼしたイレイザーは、気に掛けていた後ろめたさが拭われた様に思い、安堵して追い抜いた先の扉を開けた。
「駄々こねないで下さい。ほらとっとと行きますよ」
「コーヒーで前がボヤけます」
「すいませんね」
「だったら俺の声に着いてきなァ」
前がボヤけると言うユメにマイクが鼻歌を歌ってやると、問題なく後を辿っていく。
目を瞑りながらに平衡感覚を保つ本能の踊り子はそれに合わせて軽く跳ねながら、その度に板張りの廊下へ不均一な足跡を残した。
「うちの子大丈夫かしら…はーい、イレイザーはこっちねェ」
「参観日じゃねぇんだぞ」
「似た様なもんだろ。ユメの個性見るんだからよ」
-こちら研究開発班です
-様々な状況を想定し変化を見ます
-それでは台の中央へ
ユメは白い床に貼られたバツ印の上に立ち力を入れているのだろうか、肩幅に足を開いている。
放送の主は、二階部分の窓から下のユメへ向かい頭を下げ、身振りだけで軽く挨拶をしていた。
-問題ない場合は問いかけに対して手を上げて下さい。今から網をかけます。そのままで。
ユメは開発班を見もせず、
余裕げに片手をひらりと上げた。
まもなく頭上から降ってきた網はユメの身体を通り、紐の間から銀を押し出すように抜け出てまた一つの人型へと戻っていった。
-ありがとうございます
-見解どうりです。
-もう一種、刃物想定の特殊繊維をよろしいでしょうか
「は?!!」
「あ?」
こちら側の二人分重なった短い声は拾われる事もなく、同じタイミングでまた手を挙げたユメは、天井から降ってくる光る繊維を頭から受けた。
初めの立ち姿から微動だにせず、
網は重みを持った分、
素早く下へと落ちる。
鋭さと重さの分だけ、滑らかな白銀は表面へ戻るのも速い。本人も研究班も解っている様だったが、見守るこちらはそれでも肝を冷やした。
「うちの子…凄いわ…」
「あぁ」
-物質に関係なく液体が逃げられる空間があればいいと言う事で間違いありませんね。
-今のスーツでも問題ありませんが、より水分結合までの時間を早くしておきます。
-次に平面圧迫を試します。一度、自身で平になって貰えますか。
次のユメはさっきとは違い、放送の主が居る窓を見上げていた。そして少しの間フリーズした後、諦めたように手を挙げ、こちらを向いた。
その瞬間、ユメの足元の輪郭が揺れ、膝下から形を崩しながら未完成な円を描いていく。
粘り気を思わせる速度でボコボコと右に左に広がりながら、ユメの身長はあっという間に平面化し、水溜まりの中央から頭の半分ほどを出して、ぱちぱちと寝起きの瞬きをする様に、ゆっくりと白い目を出した。
そして腕を伸ばすように、
ほんの少し伸ばした手を、
見守るこちらへ遠慮がちに振っていた。
「ハ、ちょ、…可愛いいい!」
「こんなのがゲームに居たな」
-ありがとうございます。一度人型へ。眼球は保護のため避けてプレスをへこませてあるので大丈夫です。
-平面圧迫へ移ります
手が上がって数秒後、
天井から切り離された四角いプレスは、ゴンと音を立てて一瞬でユメを潰した。
伝わってくる床の振動にヒヤヒヤと心臓を揺すぶられたが、降ってくるのと同じ速度で引き返したプレスの下から、直ぐに立ち上がる様にしてユメが天井を追いかけて行く。
-現在、再生まで3秒。
-早められますか?
-では数回繰り返します。
肘を軽く伸ばして屈伸、まるで準備体操でもするかのような仕草で軽く数回跳ねたユメは、最後に大きく二回腕を回し、また手を挙げた。
パネル越しでも鈍く響いてくる轟音。その度に床から振動を拾って、パイプ椅子に座った足が僅かに揺れる。
人の姿を整形し直す度に容赦なく繰り返す装置だったが、ユメの動きは着いていくようにして早まり、最後には最短一秒を記録して、体力測定のような調査が終わった。
「なぁ、…ラストちょっとイラッとすんなぁ…俺だけか?」
「んなわけないだろ。あんなもん気分良い奴がいるか」
雑に椅子を蹴り退け、
扉を開けてユメと合流する。
水膜を濁らせたままのユメがよろめく姿を受け止めるようにして正面から擦れ違い、濡らした服の胸元にはコーヒーの跡を写した。
「コーヒー…本当に悪かったです、すいません。水の濾過機能もお願いしておきます」
「ええ、助かります」
「さて。ユメちゃんは俺とお着替えタイムだ」
はけて行く研究開発班の元へ向かったイレイザーを残し、ユメを連れてカプセルを沈めた水槽があるラボへと向かった。
久しぶりの水槽へ入ったユメは数周中を泳ぎ、壁に身体をぶつけて、水槽の面が僅かに揺れる。濁りが邪魔なのか、目の辺りの水膜を撫でるような仕草で浮いていた。
「………今ぶつけたろ。…まだ見えねんだから、大人しくしな」
ガラスをノックし注意すれば、静かになったユメは水底へふわりと沈み、次は両手で目を擦っている。
「ほら、予備の水膜スーツだ。一旦解除してこっち着て」
しかし、新しい水膜スーツのスイッチを落としても、近くまで寄りはするのに中々拾おうとしなかった。
「どうした?後ろ向こうかァ?」
「なぜ」
「恥ずかしいのかなってね」
「一度着ると解除するのが心配です」
「問題ねぇよ。俺も着替えるから潜らねぇし。安心しな」
しばらくスイッチを撫でていた指は新しいスーツを回収し、やっと古い方を脱いだのか、ユメの周りにはじわりと濁った水が煙のように溶けた。
「ほら、おいで」
初めてユメが立った水槽の坂のタラップへと迎えに腰を下ろすと、透き通る水を薄く纏ったユメが滑るように戻ってきた。
「疲れたか?」
「いいえ。大丈夫です」
足を投げ出して折り曲げ、ゆるく背を曲げてスロープに座っているユメはしかし、
そこで不自然に止まってしまった。
壁を眺めたまま、髪を耳にかける仕草から見えた唇の山をツンとさせて、こちらを向こうとしない。動く気が無い証拠に足まで一繋がりのヒレに変えてしまっていて、ぴたぴたと水面と地の間を持て余している。
そんな姿にゾクゾクと、
寵愛したい欲が炙られた様に顔を出した。
「どした」
「嫌です」
「怒…ってんの?」
彼女が見せる、
僅かな感情に益々口元が緩む。
ユメの視線は、波の端が水槽の縁に当たって跳ね返る情景に捕らわれている。しかしそのユメが立てた波は、気掛かりを連れている癖に呼び掛けには答えてえくれた事を際立たせて仕方がない。
「平らな姿はあまり見られたくありませんでした」
ああ…それでか。
後ろを向いてやるべきはそっちだったかと思うと同時に、理由があの実験という仕打ちではなく、ごく一般的な恥じらいによく似ていて酷く心臓を掴まれた。
「ごめんな」
「仕方ありません」
「嫌なのに手ェ振ってくれたわけ?」
「怖がらせない様に考えました」
むしろ配慮されていたのはこちら側だった事に思わず笑ってしまい、彼女はやっと目を合わせてくれた。
「怖がると思ったのか」
「ええ、」
「だったら俺が別室でなんて言ってたか聞かせてやるよォ。もっかいなってみな」
座った姿のまま音を立てて溶けたユメは、別室から見たあの光景を目の前で再現し、銀色の山の中から頭を覗かせてゆっくりと目を開ける。
「可愛いな」
「これが?怖いでは無く」
「さぁ。ギャップ萌えって言うんじゃねぇの?怖い要素が何処にもねぇや。まぁユメちゃんはどんなでも可愛いからなぁ…安心して好きな姿でいろよ。むしろ嬉しいぐらいだわ」
「嬉しい?」
「見せてくれると嬉しいんだよ、もう脱ぐ物なんて何もねェのにな。そうやってどう思ったか言っとけ」
「まぁ、調子が狂うわ」
「…なんだよ。ほら、…言えよ」
「恥ずかしい」
「可愛いな。怒んなよ」
「怒ってません」
ゆるゆると元の姿勢に戻っていったユメの口元は緩やかに弧を描いていた。駄々を捏ねたヒレは足に戻り重ねられている。
頬が緩んで仕方がなくて、あぐらを崩した片足に頬杖を付き、そんな姿をずっと眺めていたいと思った。
しかし心配の的が逸れても、ユメが平気そうでいればいる程、拭い切れない勝手な感情があの部屋のパイプ椅子に置き去りのまま、脚を揺らしているような感覚がしてしまう。
「さっき腕ぶつけたろ」
「ええ」
「見せてみ」
ユメは肘を突き出すようにして水槽にぶつけた方の腕を上げた。
「さっきの、痛くねぇの」
「ぶつけたのは何とも」
「検査の方は」
「戻れますから大丈夫。分裂はできませんので、分断された時はさすがに痛むかもしれませんね」
ユメの腕の表面を、
手首から肘へ掌を滑らせる。
人間には骨がある。肘なんて音がなるほどの勢いでぶつけたら大体は声くらい出るもんだ。
「どう?感じる?ユメちゃん」
「はい」
「どんな感じ」
「ここだけ暖かい」
その感覚が無いにしても、
鋼の網にプレス圧迫なんて気分がいいもんじゃない。飄々としているユメは本当に体質に守られたのだろう。
どうやら痛んだのは、
本当にこちらだけらしい。
「ここは」
「駄目そこは剥き出しだから」
あの時手を振って見せた
可愛らしく瞬いた眼球は、
この先弱点になりうるだろうか。
瞼を掠るように掌を揺らせば、
本人も、
目元は警戒してしまうと言った。
多分問題ありませんけれど。
そう付け足した程の事であったのに、あんな重機を落とされて、ただ我々に信頼だけを置いて挑んだのだろうか。
「貴方はどう感じるの」
「吸い付くみたいだ。俺が吸い込まれてんのかな」
目と眉の辺りの表面張力が、
掌をくすぐるように着いてくる。
ぴたりと寄り添う感触を夢中で撫でていた手で触れられない髪を耳へ掛けると、ユメの瞳がまた、寝覚めの緩さで瞬いた。
「もっと知りたい」
「私もです」
この唇をなぞって、
いつか開きやしないだろうか。
純潔な瞳が瞬くさまに
真っ直ぐ射止められて、
諦めた親指がゆっくりと唇へ沈む。
取り留めのない水をしばらく楽しんだ後に出た溜息は溜息でありながら、恍惚とした欲と幸福だけで満たされていた。
「天才はよ、最初から天才だったわけじゃあねぇんだ。プルスウルトラだ。
自分自身の可能性を信じ、自分で自分を天才と呼び、決して諦めねぇ。………そう、まさにその Burning Heart があったからこそ、そのうちに認められて天才と呼ばれるようになった。だからこそ真の天才になった訳だ。その心が…袋ねぇ?」
「何に使うんだ」
「ユメ入れる」
「…は?!!」
「天才だと思わねぇか?こうすれば触れるだろ。俺の諦めないプルスウルトラが今から俺を真の天才あったあった、ほらおいでユメちゃん」
「なんです?」
「入ってご覧」
「………くそ!!!…くそォォoooh Jeeesuuuus!!!!?そんな、?たりねぇ!!!足りねェ!!ちっせぇ袋だな!!寝袋貸してくれ!」
「はぁ……お前は……。
ユメ、ソファーに立って」
「いいですよ」
「そのまま手を広げて、回る」
「!?……へッ…ぶは……
……nice…フルスイング、だね、ユメちゃん…」
「ありがとうございます」
「触れたじゃねぇか?
良かったな天才的馬鹿野郎」
「ああ…今日も幸せだぜ…」
「痛くないですか?大丈夫ですか」
「くそ…優しくしないでくれ…
ア゙ア゙触りてぇ…
触りてえぇぇぇぇ
触りてえぇぇええええ!!」
水際より、皮肉を込めて。
やけにシニカルコメディな叫びが、
今日も一段と部屋中に響いた。
Loud Confession
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