BGM:Maroon 5/Just A Feeling

灯台アンダーグラウンド











ソファの質感が布ではなく、
水を弾く素材に変わっている。

確かめるように触れる私の隣で二人はポップコーンジャンケンなるものを始め、何度も同じ手を出し合う間、ずっとこちらを見ていた。
そして何度目かで舌打ちをしたイレイザーさんの背中は「あーまたか」とキッチンへ消えていく。




「つるつる」


背もたれのてっぺんを、
つつつと人差し指でなぞる。

何も言わずに差し替えていく、彼らの計らいを示す様な感動的な質感だ。



座っていたマイクさんは肩の後ろで滑っていく指先を少しだけ追い、見上げた私の胸元で何も言わずニコッと笑い、両手を広げる。

その手を見ていつもの「おいで」が聞こえた気がした私は、反射的にマイクさんに対して横向きに座る様に重なった。

水を被ったような音の後、
サングラスを顔から半分ほど落としかけた彼の目は少しばかり大きめに揺れた。いつも自分から招いているというのに、信じられないといった顔を向けてくる。



「…うそぉ…ユメちゃんが…自分から…??」


「ごめんなさい、つい反射で。呼ばれてませんでしたね」



軽く顔を左右に振りながら片手でサングラスを外したマイクさんは、見向きもせず横へ流した手探りで戻ってきたばかりのイレイザーさんの布を掴んで、レンズの水分を拭き取りテーブルへ置いた。



「ア゙ア゙!やめろ!」


「いや…イレイザー見た?この感動的な瞬間」


「聞いてんのかお前」


「不快でしたか、すいません」


「NONOタンゴだタンゴ!嬉しいんだよ、な、ここにいな」


睨みながら服を整えていた筈のイレイザーさんは、それを聞いていつぞやの会話を思い出したのか吹き出してしまって、静かに部屋の明かりを落とす。

そして私の持つ、
水銀についての映画会が始まった。




見やすさを考慮したのか、一本目は映画とは言い難い短さだった。

世界を永遠に牛耳るために錬金術を研究し始めて悪に染った男を、世界を救うものが終わらせる。そんな内容の映像だった。




始まりがあれば終わりがある。
その理を認められず、焦がれて手を伸ばしたものは永遠では無く毒であるのに、闇に落ちていく男は笑っていた。


四角いビジョンは掻い摘んで見せるためか次々と映像を変えていく。

次に再生された人魚や妖精などの幻獣モノに至っては、時々メルヘンに描かれながらも私欲の中で利用されてきた歴史を見せた


ある者は休まる事も無く果てまで追われ、ある者は尽きるように眠るその束の間で愛する者から羽をもがれた。

またある者は、毎夜切り重なる傷から血を絞られ、永遠を宿した干し肉にされ、生涯を終えるまで見世物小屋に囚われた者もいた。



悪役であろう人々はあからさまな悪であったり、村人の男や女だったり、はたまた少年であったり、そんなごく普通の人間で、

残虐の限りを尽くしては口々に永遠の若さを、不死を、権力を、富を金を、と言うけれど、悪の始まりはどれもよくある人間の弱さに起因するものに思う。

人々を巻き込み戦を起こして手に入れても満足はせず、掌を返したように厄災だ、魔物だ、お前のせいだ、騙されたと口々にのたまう所まで弱さをしっかり見せつけてくれるから、悪役サイドに全くと言っていいほど憎しみも湧かず、そのせいで上手に感情移入ができない。

どちらかと言えば、
哀れ悲しきと頭に浮かんだ。



その間、
時々マイクさんのポップコーンなる物を持つ手は自分の口ではなく私の顔面へ押し入れられたが、口元で浮かんだ白い丸はゴミのように邪魔で、突っ込まれる度に数秒漂うのを眺めては、ふ、と吹き出していた。



幾つかの映像は、どれも希望を持たせた反対勢力によって打ち負かされていくという共通点がある。

言うなればそれは、
このポップコーンは吐き出されていると知りながらしつこく投与するマイクさんや、

それが全て床に転がっていて
散らかした本人は拾うこともできない事を理解しながら時々微笑むイレイザーさんのようなヒーローであったり、そのような心を持った者達であったりする。


そして彼らはただ眩しいのではなく、
蓋を開ければそこには葛藤があり、悪であった者達が悪に落ちる前に持っていたものとよく似たものを分岐に抱え、物語に色を付ける要素になっていた。


仲間や大切な人が戻ってくるのなら。
もう少し生きられたら。

そうやって一線を越えて闇に染っていった人間の根源にあった、愛に生きた思いと悲しみと同じ匂いがした。



「水銀を調べる中で出てきた言い伝えを題材にしたものです」


「毒に夢を見たのね」


「所詮物語…な話ですが、水銀は不老の妙薬の言われがあったとか」


「何が聞きたいのかよく解りました。あそこに居た理由ですね」


「カプセルに閉じ込められていたのはそういう事ですか」



静止した画面に走る横線が時々はねて、電気も付けず、画面頼りの部屋の明るさが波のように揺れる。

それに合わせたようなゆったりとしたマイクさんの指が、水膜の耳元から毛先までを撫でて静かに肩に沈んだ。



「ええ。私は物心着いた時から地を踏んでいません。ずっと潜む様にいましたが踊る時は逃げようがなくて海辺で捕まりました

初めはこの海域を無事でいるために水死の予知が欲しいと…その後似たような事を言い始め、カプセルを開けて水銀の摂取をしていました」


「摂…取?」


「水面に顔を入れて私の舌から直接粘液の口内接種を」


「ア゛?…へぇ…口?へぇ…」


「趣向では?口でなくても毒を受けますし。ただの毒ですよと言いましたけど…なので彼の死は水死ではなく、毒によるものです」


「毒を受けると?」


「踊り狂って死ぬか、内臓から破壊され痛み苦しんで死にます」


「oh…」


「でもこうして与えて下さったスーツが素晴らしすぎるお陰で、今はそんな心配なく居られます。通り抜けても毒さずにすむなんて…感謝します」


「良かったです」


「しかし求め続けた者は救済されないのですね。先程の可愛らしい映像も、老婆は魔法が解けて塔から落下しながら老いて死にましたし、錬金を試みた男も死にました」


「エンターテインメントですから、ヒーローが最後に倒して見る者がスッキリする様な作りなんですよ」


「でも、ヒーローもヒーローを保つ事は至難ですね。恐れ入ります」



「救済ねぇ…ユメちゃんは閉じ込めた奴どー思ってんの」


「可哀想な人」


「…ユメちゃんらしいわ」



終わりを認めず足掻く人間。
終わりを知り、藻掻く人間。

どちらも時々、哀れ。
でもその儚さは美しい。
そして悲しくもある。


続きを言えなかったのは、
慌ただしかった出会いの瞬間を思い出し、彼らは恐らく後者の諦めず藻掻く者だと思ったからだった。


もしあのまま、
宣告通りであったら。

カプセルが割られていたら私は空気に触れて、目の前で毒されていく彼を見ながら死んでしまうと叫んだだろう。
落ちた天井は逃げ道を塞ぎ海水は容赦なく酸素を奪って、あの時の真逆の連鎖でたった一人の諦めを三人分に増やしたかもしれない。


緑の灯りがなければ彼は来ず、
私が捕らわれなければ灯りは無く。

何が始まりかは知れないが、

溺死の宣告を受けた上に崩壊が始まった絶望の中でも彼が助ける事を諦めなかったから三人は奇跡の賽を振りあった。


いいから置いていけ
あなただけでも逃げて

私は、それに絶対的拒否を突き付けた彼に救われたのだ。


たとえ、
藻掻く者が哀れに変わりなくとも。
彼を知ってしまった今、
哀れなんて言えもしなかった。

美しさだけを見ていたい
藻掻く姿が、美しい

彼は、美しいのだ。




少し休憩だと電気が着けられて、
床に散らばる湿ったポップコーンを
イレイザーさんが片づけていく。


そのなんて事のない様に拾っていく日常の流れに溶ける動作と、「はーい人魚さんヒレ上げてごらん」とモップで水を吸って歩く、調子の良い口笛混じりのステップをソファから足を上げて眺める。

「あんがとね」と言われて下ろした足は、当たり前に床を濡らした。



画面は静止している。

そこに映る事はできず、飛び出す事も不可能ではあるのに、いま目の前を行き来する確かな映像は、あの四角い枠中にとても似合っていた。

これこそよくはまっているのでは、とお気に入りの映画を見つけてしまった気分になって、助走をつけるようにして急速に胸が高鳴っていく。


お掃除を台無しにして踊り始めた私を咎めもせず、司令塔は他の者が担当していると言うイレイザーさんの言葉を聞いて、今日はあの日みたいにまた二人で来てくれるのかと思うと、まるで発表会の様に嬉しくなり、安心して意識を本能に預けた。




「帰ったらまた、映画を

もっと見せて」




片足を軸に回転した最後の瞬きの中に少し驚いた二人の残像を閉じ込めて、耳に溶け残った口笛を再現するご機嫌な足が、マイクさんにエスコートされて扉の向こうへ飛んだ。



「思ったより速いな…いつもこんなか?あのライトが無いと見えんぞ」


「や、今日は一段と」



弾んで広げた腕は空を飛ぶ。

右右、左左の足跡、
壁にはソファを撫でた指先が
飛行機雲の様に水一筋を残す。



「楽しそうだ」



抱き合った柱と踊るように組んで廻り、離れる瞬間に柱の金具が身体をえぐって、かき落とされた明かりが足元にカラリと転がり落ちる。



「オイオイオイ心臓ぉぉぉ!!言ってるそばから落としてんぞ!?!ユメちゃんライトォォ!!!!」


「お前まで飛んでどーすんだ!!さっさとボート出すぞ!」



止められず船首から海面へ飛んだ背後から僅かな衝突の水音を聞いて、空を振り返る様に身体をひねれば、胸に手を伸ばしたマイクさんが心臓を奪ったみたいに見えたのに、落とした温かさが戻っていて不思議に思った。

私は背面から刺すように着水し、
マイクさんはイレイザーさんの布で巻いて貰えたようで、半分の高さまで落下していたのに、無事船上まで引かれるようにして星空に帰って行った。







ヒレで水面を掬い上げては零すのを繰り返すうちに追い付いた二人のボートは速度を落して並走し、乗っていた調査船の姿が小さくなった頃、止まった私はその場で旋回を始めた。



「明日はここみたい」


「…水上?」


「ハーン…通過する船じゃねぇの」


「戻ったら海上保安に連絡だな」



水中での踊りはカプセルとは違いぶつかる事がなく、手を広げても全てがステージであるなんて新鮮に感じる。そして頭上の船形の影は、無防備な隙を突かれる事はもう無いことを示す。


本能が示す命令から自由を取り戻した私は、海面から顔を出し、私も乗せて欲しいとボートに乗った。

船頭に寄ってもらい、
船尾で立ったままの私はあまりにも気分が良くてお辞儀をし、揺らさぬようにゆったりと夜風を撫でた。




「眠る様に死ねるならそうしたんです」



その場に留まりながらも髪をなぞる指先を、風と共に靡く腕をじっと見る二人は、少し難しい顔をした。



「だから目の前に現れた時、がっかりしました」


「それはすいませんね」


「今だから分かるけどよ…あの時すっげぇ…怒ってたな、ユメちゃん」



「ええ。全然聞いてくれないから。
せめてさっきの映画のように、私を閉じ込めて利用しようとする悪の人であれば、そこまでガッカリする事は無かったかもしれませんね。
なのに助けるなんて言うんですもの。追いかけてきた男まで」



時々零れる二人の笑い声が、それぞれ難しそうな顔を少しずつ溶かし合う。

がっかりしたという一見刺すような言葉でも和やかなのはきっと、彼らが伝えたい事を知ってるからだろう。



「そんな人ほど生きて欲しいのに。でもみんな助かってしまいましたね。ヒーローって、とんでもないですね」


「今日はよく話してくれるんですね」


「踊るとよく喋って、怒るとキツくなんだよなァーユメちゃん」


「酔っ払いと同じですきっと。ヒーローに酩酊してるんですよ」


「待ってぇ、!今日はイレイザーも口説いちゃうわけェ?!」


「今、私はなぜ踊ってると思いますか?実はもう予知の方は終わってるんですよ」


「…いつからです」


「終わったからボートに乗りました」


「ったく…帰りますよ」


「お二人に見て貰うと思うと嬉しくって」


「ビデオでも回してやろうかァ?」


「そんなのすぐに見なくなりますよ、胸に残して下さい」


抱きしめるように手を交差させ、どうか伝わりますようにと踊りの最後に訂正の言葉を詰め込んだ。



「助けてくれてありがとう」



帰るまでの間、飛沫を上げるボートの船尾から海面に触れて、泳げばどちらが速いかしらとふと思う。そしてそんな事を考えつつも、誰かが頭から背中を撫でるのを感じながら、身体は気が抜けるほど怠惰に寝そべっていた。



船室に戻り、テーブルに積まれたディスクは全てマイクさんがどこかへ持っていき、指先にまた新しい一枚をさして口笛を吹きながら戻ってきた。

イレイザーさんはどこかとの通信を終え、こちらへ歩みながら鋭い目をしている。



そしてソファの前で睨み合った二人は、それぞれ拳をこねたり天井を仰いだりした後イレイザーさんが舌打ちをして「あーまたか」とキッチンへ消え、先に座ったマイクさんはその始終を眺めた私に向かって手を広げた。



私は、
マイクさんの太もも辺りで重なって座り、オープニングとエンドロールを除いたほとんどを笑いで埋めつくしたようなコメディと、重なったりズレたりしながら響く男達の笑い声を聞きながら、テレビが映すものと同じ明るさで揺れる暗がりを見つめた。



そして映像の中の少年が
ソファでポップコーンを投げた時、

その隣の少年が上を向いて口を開け
そこへ投げたポップコーンが
落ちるシーンが流れて、

先程から水音を立てて頭を通過するポップコーンの意味を知った私は、画面を見つめて笑ったままの彼の横顔をしばし眺め、
天井を仰ぎ、口を開けた。



「…!!!たーべたぁ!!!!イレイザー!!!HeyHeyHey!!!ユメちゃんが初めって…くううう!!!」


「食べてませんよ」


「うっせえ聞こえねえだろそれ食って喉に詰めとけ」


「胸が詰まるわぁ…」






灯台アンダーグラウンド

xxxxnix you.xxxx

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nix you