BGM:Muse/pressure
チャンネルはそのままで
皆さんは、夜に船内を歩くと "出るらしい" という話をご存知だろうか?
これは、とある船で頻発している怪事件を追って、被害を受けた方々から話を聞いて集められたものであるが、なんでも…船内の廊下が不自然に濡れている事があるのだそうだ。
それはまるで"バケツの水を零したような跡だった"と、見た方々は語る。
「最初はぁ、遊びかと思ったんですよぉ、誰かがイタズラでやってんのかな?ってぇ。なんかぁ、バケツで撒いたみたいな感じでぇ」
「そりゃあ驚きましたよぉ…そこらじゅうびしょ濡れで。最近じゃあ突然、水で包まれたって人もいるらしいし…こんなの怖くて歩けませんよ」
「掃除のオバチャンじゃないっすかぁ?新人で力もなくて、バケツ持ったまま転けてバシャーっと。…そうでもないと怖くてやってらんないすよ」
-プライバシー保護のため音声を変えております-
果たしてこれは、バケツを運ぶのが下手な掃除のオバチャンの仕業か、それとも…?
そうして様々な憶測が飛び交う中、
なんと我々はついに、とある映像を入手する事に成功した。
これは投稿者が撮影した動画である。この怪事件を追い、男女数人で夜の船内を撮影した…という規律違反も甚だしい馬鹿げた内容である。それではご覧頂こう。
「えーやだやだ怖い、先に行ってよ」
「大丈夫だってぇ」
「なあここ濡れてねぇ?」
「ヤダヤダ帰ろう帰ろう」
「………て」
「うっそー」
「ねえ、今何か聞こえなかった?」
「やめてよちょっとぉ」
「…なあ!?…あれ!あれ!」
「え?……」
「うわあああ!!」
「いやあああ!」
「出たァァァァァァ!!」
おわかりいただけただろうか?
それでは、
もう一度ご覧頂こう。
彼が指さした先の曲がり角。
床にゴロンと転がる、
"何か" にご注目頂きたい。
「……来て…」
リプレイで、もう一度。
「……来て…」
これでも解らなかった方のために、
次はスローで、もう一度。
「……来ィイィィ…てェェェ…」
<キャァァァ>
この、"銀色の生首" は…
何者かによるイタズラか?
それとも…
正体は解らないが、
後に彼らはこう話している。
この話はもう二度としたくない。
もう二度と、
夜の徘徊はしたくはない。
…という事だ。
完
―!怪事件は現在も調査中!―
ヒーロー・司令塔、関係者以外の
不要な夜の船内 徘徊禁止!
「悪い子は…お化けだぞぅ」
規律をまもろう!
-風紀委員会-
「この映像は、水難事故救助及び水難事故によるヴィラン事件調査チーム ヒーロー
PresentMIC・イレイザーヘッド に協力中のユメさんと、ハイテクスーツ制作の研究開発部の提供でお送りしました。
……せーの、…いえーい!」
各部屋に届けられた風紀委員からのディスクを再生していたマイクとイレイザーは口々に「意味が分からない」「センスが悪い」と笑っていたが、お化けらしき謎の声がユメに似てるとマイクが笑い始めてから雲行きが怪しくなっていた。
角から転がる生首は明らかにユメで、その顔は何度もリプレイされる度に画面にでかでかと表示され、挙句スロー再生ではあられも無い声にされ、酷い解像度で揺れながら制止する。
正しく息をしているかも分からない様な面持ちで、マイクもイレイザーも言葉がでず、そのまま動画は終わりを迎えた。
そして最後の提供のシーンで、
再びドアップで映った新人アイドル風に「悪い子は…お化けだぞぅ」とセリフを言わされているユメで意識を取り戻し、
例の研究開発の男率いる数人がイエーイと腕を絡めてピースを掲げる列の真ん中で、不思議そうな表情で動きを合わせようとして数テンポ遅れるユメを見て、やっと二人の視線はぎぎぎと本物のユメへと向けられる。
ユメは既にマイクの足の上には居らず、濡れ跡だけを残して開きっぱなしの丸窓の下で液化し、壁を半分ほど登っていた。
静かに窓を閉じたマイクに蔑む様な目で見下ろされながら壁から流れ落ち、行き場を失って目をぱちぱちさせるユメは気まずそうに視線を反らせたが、その先にあったのは、普段の倍に目を鋭くさせたイレイザーであった。
「戻って下さい」
「行けませんでした」
「ひ と が た に!!です!!!!」
「…何を…させられ…てんだ…!!…アイツか!!?…アイツの!…仕業なんだな…あの野郎ぶっ×××××…Holy ××××…チッ…××××、×××××!アァ!」
「これは!!一体!なんですか!!!」
仁王立ちする足元で正座させられたユメはしばらくの間、言葉にならない叫びを一通り浴び、二人がゼェゼェと息を切らして静まった頃「何から話せばいいのやら」とやっと口を開いた。
時は昨晩の聴取に遡る。
二人にその背を見送られ、あの男と聴取に向かう道中の会話が発端であった。
生活には慣れましたか?最近楽しい事はありましたか?と何気なく問われ、幽霊船事件の最後を思い返したユメはマイクが見せた濡れ髪のワンシーンを真似して見せたのだった。
しかし髪を下ろしてお化けだぞと言っても笑っては貰えず、逆にどうしたのかと聞かれ、「こうすると喜んで頂けると聞きました」と話は派生したらしかった。
人を喜ばせたいのならいい考えがある、帰りに協力してくれ、私風紀委員も受け持っているのですが。時間は取らせないから聴取後直ぐに撮影しましょうという事になり、協力しますと答えたユメと男、更に落ち合った数人と個室へ入ったという話だった。
「な、何された」
「用意されたベッドに転がって」
「あの野郎」
「いい度胸じゃねぇかあのクソ!!!俺らが居ねぇ間にユメのハメ撮……っイテェ!!?」
「言葉選べ馬鹿野郎」
「二、三カットでいい、あとは適当にするからと」
「個室でどうやったんだ?」
「生首のシーンは合成なんです、」
くるくると周りを見渡したユメはテーブルの上に横を向いて寝そべると、合成が上手くいかないと注意されたのを思い出して、両手が顔に掛からないように重ねて太ももに挟んだのを思い出した。
自ずと寄っていく胸にマイクの喉が鳴り、イレイザーは気まずそうに目を逸らしていった。
「ベッドにこう寝て、…"……来て…"」
「ア゙ア゙ア゙!!あのクソ…それは…完全にアウトだろ!!!!くそ誰か俺に壊れないベッドを用意してくっ」
「頭動かせ!話がおかしくなる!」
「そそる」
「いつものデケェ目はどうした、頭動かせっつってんだろ!!」
口を開く度にイレイザーに小突かれながらも、マイクは遠くを見詰めるように目を細めたまま止まってしまった。
「怖い映像が撮れれば徘徊者が減り、被害も減るだろうと聞きまして協力しますと言いました」
テーブルから降りたユメは再び正座をし、二人へ話を始める。
何も悪気があった訳では無いユメのそんな姿に溜息を付いたイレイザーは、昨日の廊下で踊る姿を思い出していた。
「昨日…心無い言葉も掛けられたでしょう。…我々の想像を超えて嫌な思いをされてきただろうユメさんには解る筈です。
幾ら共に活動する許可が降りても、
私達を信用しろなんて言いきれないんですよ。
よく思わない者もいる。
悪巧みをする者だって現れる。
ユメさんは国同士が取り合ってもおかしくない特別さなんです。
だから目処がたつまではできる限り貴女の存在を知る者は少ない方がいいと考えていました。まあ…船内テレビに映ってしまったのでもう遅いですが。
それでも扉が時々開いているのは望む場所に行けるようにです。閉じ込めたくはない」
「まぁ…全部こっちの勝手な思いだけどよ。めちゃくちゃ言っちまってゴメン」
先程の剣幕が嘘のように感じる静けさの中で、自身が語らない事にまで深く思いを馳せていたらしい彼らの事を、相変わらず "そんな二人であるな" と思うと、詫びなければならないのに唇が薄く伸びて笑ってしまう。
彼らは得体も知れない者を簡単に救うと言った人であり、まともな会話もないままにその判断を信じ、窮地でも救おうとしてしまう人だ。割ろうと決断した時から、カプセルを割るという行為には既に。今語られたものが詰めらているのだ。
「お二人の優しさは本当に深いですね。長く気を揉ませてしまってすいませんでした」
立ち上がったユメは、
丸窓の前で歩みを止めると、
その縁を指でなぞった。
「逃げてもいいのですね」
「海が恋しい、か」
仕方なさそうにふと笑い、
濡らすだけのユメの指に重ね、
マイクは再び丸窓を開けた。
「信じなくていいのですね」
「勿論です」
「じゃあ扉も開けて下さい」
私は最初から彼らに甘えている。
彼らが勝手に私を深く思うように、
これからも勝手に、私は。
「では好きにさせて貰います」
イレイザーが開けた腕の下をくぐって廊下へ一歩とび出たユメは、振り返って二人に手招きをした。
「早く見回りに行きましょう」
僅かに目を開き、溜息の後小さく笑ったイレイザーは、珍しくユメの頭をひと撫でして手を濡らした。
「口笛が聞きたい」
「あー。もう…あー…リクエストって堪んねぇんだよ」
跳ねるつま先に合わせて、
廊下には相変わらず楽しそうな足跡が弾ける。
現場近くの扉を開けると昨日の通路が真っ直ぐに続き、その向こうに扉はなく、そのまま甲板が見える。
階段を上がり上階ヘリポートデッキ、地下貨物エリア搬入タラップと、水が着く場所を一周りして三人は再び通路へと戻った。
「私、こんなに端は歩いてません」
通路の端が濡れている。
妙な水跡は通路奥の甲板から壁伝いに続いている。三人で通った時に異常は無かったその場所は、ユメが昨夜踊った場所から少しずれた、船室の扉の前で途切れていた。
「オイオイ……、
部屋に入るなんて聞いてねぇぞ」
蠢く水流の音に、
三人の空気が凍っていく。
扉を挟んで左側の壁にマイクとイレイザーが張り付き、右側の壁に背をつけたユメだったが、マイクがドアノブを押し込もうと掴んだ瞬間、ハッとしたイレイザーはユメを呼んだ。
「…!ユメこっちに!」
間に合わず開けられた扉の奥には、
帰宅と同時に押し入られたのか、鍵や鞄の中身が散らばっており、透明なゼリーの如くふるふると、その範囲ごと水を山型に盛ったフォルムで中に人を取り込む何かが居た。
「Japanese…海坊主?!」
ざばんと音を立てて瞬時に一人目が吐き出され、腰を抜かしたように座り込む相部屋と思わしきもう一人の男を新たに水中へ取り込み、ドア枠いっぱいにギチギチと濡らしながら三人とすれ違って廊下へ飛び出した敵は、その反動でべしゃりと壁に跡を残す。
「おい大丈夫か!!?」
「っ!げほ、!…は、…はい!」
「悪い!とりあえずそこに居てくれ!」
敵の目は大きい癖に海水の中で自在に動く。一度目の睨む隙を逃したイレイザーは、透明の敵越しに分断されたユメを視界に捉えていた。
「っ出たあああ!!!」
「!?」
「…あ?」
しかし、
ユメの方角へ逃走しようとしたのか、ぎょろりとした目は丁度後ろにいたユメの目と至近距離でかち合い、敵はその瞬間に悲鳴を上げた。
進行方向へ揺れる水は止まらず、敵は驚いておきながら、そのままユメを飲み込んでいく。
「ユメ!!」
「大丈夫です!でもこの人が!!」
カプセルの中を泳いでいた時のように敵の体内を泳ぐユメは、口を両手で押さえて酸素を吹きこぼさないように耐える船員の周りをぐるりと泳ぐ。
物理攻撃は効かない。
声では取り込んだ二人が飛ぶ。
抹消でしか崩せないこの局面を、ユメを取り込んだ場所こそが踊っていた場所である事が一瞬イレイザーを思考させた。
「相性、か」
しかし水中で広がるユメの髪を見たイレイザーは、面白そうに口を歪めていった。
「ユメ。"おばけ" だ」
不思議そうにしながらもユメの反応は早い。ユメは水中でヒレを振り上げ、背面へ頭を倒してぐるりと回転し、再びピタリと止まる。
動きに遅れたユメの髪は、
その顔を隠す様に揺れた。
「…お化けだ、ぞ?」
「上手です」
敵の目を捉えたイレイザーの目がぎらりと光り、崩れた海水はざあと波のように足元へ広がっていく。
「Awesome!」
床へ着地したユメを背に、
何が起こったのかと焦る人型へ戻った敵と、吐き出された男が、引いていく水上に三点残される。
一転して上手く噛み合っていく感覚に高揚気味に眉を跳ねさせたマイクは、小気味いい音を立ててゆったりと首を回す。
指で首の前に線を引き、ココだけと追加で暗に指示をするイレイザーもやはり、同じようにヴィラン顔負けの笑みを浮かべていた。
「ごろん、だ」
「はい」
床に吸い込まれる様に小さくなっていくユメは、水のシミを上から隠す様にボコボコと音を立てて、辺りを銀色の波で塗り替えていく。
その中から現れたユメの "生首" は、まだらな髪の毛を所々に被って、足を取られて逃げ遅れた敵の真下へごろりと転がった。
「……来て…」
「ぎぃゃあああ!!!!」
ユメと船員を残して駆け出した敵を追い詰めるように歩み出たマイクの後ろで救助者を抱えたイレイザーは、悪くないと捕縛布に呟きを埋めた。
「悲鳴はこうすんだよ…!
Ahhhhhhhhhh!!!」
ヘリポートデッキから護送するヘリを見送った三人は、検証に同行して甲板へと降りた。
敵は海面から船体の横を這うように登って上がり込み、乗り込む方角を少しずつ変えながら毎回甲板から侵入していたらしく、これを機にセンサーと監視カメラでセキュリティを上げるとの事だった。
「他の大型の船も被害にあっていたので終息して良かったです。ありがとうございました」
「いえ」
「あとユメさん、風紀委員の方から事件の資料として映像見せてもらいましたよ。こうしてお二人と協力して立ち向かっていらっしゃるんですから、…本当に濡れ衣も晴れて良かったです。では、私はこれで。
…すっかり有名人ですねー、この後ファンに囲まれますよ」
「ファン?」
「…嫌な予感がしないか」
「…あァ」
マイクとイレイザーは頭の痛い話題が始まり渋い顔をしたが、検証に訪れた男が去り際に指をさした辺りに目をやり、甲板にいつもより多く人がいる事に気が付いて更に面倒そうな表情を浮かべる。
-皆さん、風紀委員より配布の映像はご覧頂けたでしょうか-
その瞬間、突如船上に響き渡った大音量のアナウンスに合わせて三箇所の照明がガンと音を立てて甲板の中央を照らし、三人は光を遮る様に腕を上げた。
-謎の怪事件はただいま、水難事故救助及び水難事故によるヴィラン事件調査チーム ヒーロー PresentMIC・イレイザーヘッド
そして…
注意喚起動画に出演下さったユメさんのご協力で解決致しました。今一度、尽力された英雄に拍手を-
「要らん事を…何を考えてるんだアイツは」
「オイオイ最っ悪だな」
甲板に出てきていた船員達もしれっと海などを眺めておきながら、検証が終わるのを待っていたとしか思えないタイミングで振り返り、照明と放送に合わせて歓声が飛ぶ。
上階のデッキからも人が溢れており、こちらを見下ろして手を振っていた。
眩しさを避ける様に下がり、行き止まった木箱に反動で腰掛けたユメは、光を遮っていた腕を徐々に下ろしながら後ずさる様にもう一段上の木箱に座る。
そうでもしないと、サインを下さいと近付いてきた男達を濡らしてしまいそうだったからだった。
「あの、濡れますよ」
「構いません!ここに書いて貰えませんか!!」
「…サインとは」
「なんでもいいから書いて下さい!!」
「ペンは持てません」
「馬鹿野郎!ペンの蓋閉めろ!ユメさんにインクが付くだろ!!」
「ひ!すいません!」
「大丈夫です。濾過します」
「おおおおおぉぉぉ…」
「すげぇな開発!!」
「頼んます!あの、テレビの奴、見せて貰えませんか!!!」
「…お化けだ、ぞ?」
「うおおおおお!!!」
「握手!握手して下さいお願いします!」
「水でいい!!サインしてくれぇ!」
「ヒレを…ヒレで握手を!!!」
「俺の服をおおお、ハート型にぃぃ!!濡らして下さいいい」
「……なんだこの下僕共は…」
「ア゙ア゙散れ散れぇぇぇ!!」
圧倒されて無表情ながらも対応していたユメだったが、一つ一つの頼みに応えるうちに戸惑いは薄れていき、仕舞いには手に負えなくなったのか、星空を仰いで対応をやめてしまっている。
ただ嬉々とした人々に囲まれて、
ヒレをひたひたと木箱に打ち付け、
水滴を飛ばしていた。
「ねえマイク、イレイザー、
みんな怖くないって」
普段は情を隠しているのだろうユメの "へへ" と笑った一瞬の綻びは、ユメに対して、どこか網で風を捕える様なものだと感じていた二人分の空虚感を確かに貫いていた。
「…今なんてった」
「…今なんつった?」
「…イレイザー」
「…マイク」
群がる人をかき分けながら踏み込んだ輪の中で思わず足を止めた二人は、男がユメに持たせた "全面協力する" という伝言の意味を理解し、やり方は汚いが完全にしてやられたなと、小さく吐きあった。
チャンネルはそのままで
xxxxnix you.xxxx
nix you