BGM[BTS/dynamite]
[Pentatonix/Butter dynamite]

食卓のサンプリングレコード












「大丈夫ですから見てもいいですか」


「いいよ」


「もう驚きません」


「ああ」


コンロの傍で手元を眺めるユメに笑ったマイクは、最後にひと混ぜすると小皿にとったトマトソースに小指をつけた。


「あ、して」

「あー…?」


味見と言って口に差し込まれ、
瞬時に濾過されていく赤色を鼻先越しに眺める。自然と目が寄って、ユメは難しげな表情を作っていた。



「わかりませんね」


「飯食おうぜー!飯飯ー」



そして部屋へ向かって呼びかけた後、
伺う様子もなく、次々と用意をするマイクの手は最後に鍋を掴み、テーブルへ置こうとした素振りのままくるりと振り返り、いつものようにバスルームへ向かうユメを呼び止めた。




「なァ、一緒に食おうぜ」




彼女は食事をしない。

そうは解っていても、時間になるとどこかへ行ってしまうユメの事がいつも引っかかっていたマイクは、今日こそはと思っていた。


気に掛けて姿を消しているのだろう事は解っていたし、いつも言われてしまう通り「なんの意味が?」と問われれば、彼女にとっては無意味である事も承知の上だった。


抑揚を見せない、空気を撫でる様なユメであったが、水に隠して涙も流せば不機嫌になれば口を尖らせる事もあるし、普段の呼び名を間違えた事に気が付かないまま嬉しそうに笑いもする。本当は、口から発する前の思考ではそう呼んでいるんだろう。


ユメが一線を引いて拒むならまた違った三人であったのかもしれないが、時間を共に重ねるごとにユメが見せるようになった感情の綻びを見ていると、性質の違いは大きな壁だと言われた事を否定したくなり、まるで飛び越えるように、マイクはこうして相変わらずおいでと手を伸ばしていた。



「まぁ座れって」


「食べられませんよ?」


「居ろよ。見てるの好きなんだろ」



広げた両方の掌で、指だけがくいくいと動く。
誘われる様に引かれた椅子にゆっくりと腰を下ろしたユメは、その目を一度見上げたが、マイクはもう次の用意を始めていた。


彼らを見ているのは楽しい。
それでも必要性には欠けてしまう分、どこか他人事のように感じる空間は、初めて三人で映画を見たソファを思い出させる。
目の前の白いクロスと置かれた料理、それを取り囲むキッチンダイニングと、そこを楽しげに歩き回るマイクの背、するりとやってきたイレイザーが三つのグラスを出して、水を入れて三人分の椅子の前に置いていく静かでいて流れる様な展開を、ただただ順に眺める。



そうして食べる必要が無いユメにも当たり前に盛られた皿が出され、その中に先程味見と言って口に入れられたソースがかけられて、「映画の完全再現目指してんだよ、オレ結構頑張ったと思うこのパスタ」というものが目の前で完成した。

手を合わせた二人は、それぞれ白い粉を掛けたり、赤い瓶のツンとする匂いのものをかけたりして、フォークを手にクルクルと巻き取っていく。




とても不思議な手の動きだと思った。
ゴツゴツとした男達の手は敵を殴り飛ばしてしまえる程の力強さを持っている癖に、その掌の中で軽々と滑らかに扱われる。そしてそれは大きく開けられた口に吸い込まれていき、顎が揺れ、頬が膨らんだりへこんだりを繰り返す。

前よりそれっぽいなと言うイレイザーをちらりとみたマイクは、斜め上を見ながら何か考えているようだった。



「画面の中のがうまそー…あれなんだろなァ…肉団子か?ミートボールか?」


「どっちも同じだろ」


「まあ美味ェからいいか」



次々と大きな口に消えていく事が、少し膨らんだ頬が、動く喉元が、穏やかでありつつも楽しげに見える二人が時々こちらを見ては優しげな目をする事も含め、総じて興味深くて少しも退屈ではなかった。


テーブルの中央にはいつも小さな瓶に少しの飴が入っていて、その周りに赤い屋根の家の形をした調味料が入った入れ物と、隣り合わせて灯台の形をした調味料が置かれていて、パスタが入った皿と、楽しげな二人が白いクロスの海を囲む事でひとつの世界のように映る。



「この瓶の中はどんな味ですか?」


「飴?それは甘い、だな」


「甘いとは」


「難しいな」


「んー…あー!幸せの味だよ。タンゴだタンゴ」


「食ってんのに笑わせんなよ」


「クッソ大真面目だっつーの!」


「これは」


「塩、海の味」


「…これは?」


「コショウ。…胡椒って何ィ?ぴりぴり?」


「スパイスの味か…難しいな…激物か」


「言い方ァ」


「マイクさんがかけた赤いのもツンとします」


「タバスコなぁ!辛い だ、あれは」


「ほらみろ激物じゃねぇか」


「激物を食べるのですか?」


「混ざると美味いんだよ」



クロスに浮かんだ彼らの世界の味を教えて貰うのは、一つずつ島を飛んでまわっている気分にさせる。テーブルを旋回する私に、おーいと手を振るように二人の笑った顔が向けられて、そんな晴れやかで穏やかな世界を気ままに飛ぶのはとても気分が良い。

そしてそうするうちに、マイクさんの前にある大きな島は、山のように入っていたのにも関わらず、もう空っぽになっていた。



「オカワリィ」


「…めんどくせぇ」


「ええ!近いじゃん頼むー」


「ア゙ア゙ア゙」


「セン…キュ…こんなには食えねぇよ」


「文句言うなら自分でしろ!」


「ユメは食べてみたい物ねーの」


「なにが…食べてみたいんでしょう?」


「まぁ自由に考えてみなってぇ」


「…さかな」


「知り合いを食べるようでそれはちょっと」


「フ、…知り合い…ですか」


「ユメちゃんは魚苦手っと」




楽しげな二人のせいで初めて食べてみたいかもしれないと思ってしまい、私の視線は遂に、目の前に盛られたマイクさんの力作に視線が落ちてしまった。




「同じものが食べてみたい」



皿の横に置かれたフォークを指でなぞってみる。自分と同じ銀色をしていて、合わさって混ざりそうでいながら相変わらず掴むことはできない物質。


食べたい物と言われてもイメージがしづらく、
強いて言うならなんでもよく。

なので、
どうせなら同じ空間を食べたいと思う頃、
つついたり撫でたりする間に
二人がこちらを見た様な間合いを感じた。




「よし。食ってみ」


「…どうしましょう?」


「フリだよ、真似して」




いい事を思い付いたとでも言いたげに、
マイクさんはニカッと笑い、
改めて手を合わせた。



「はい。イタダキマァス」



見習って手を合わせ、
いただきますと呟き、見えないフォークを持ち上げてこうですか?ともう一度目を見る。

嬉しそうに頷いたマイクさんの次にイレイザーさんを見れば、やってご覧とでも言うように、その手は料理に突き立ててフォークを回す、軽やかなあの手つき。


再現する度に頷き、
ニヤニヤと唇を波打たせて笑う二人に見られながら、いよいよ口を開けて頬張る。その瞬間、二人の口元はニカッと歯を見せた。



「美味いだろ」



見様見真似で口を動かす度に、
空間が華やいで色を変えていく。

椅子を引かれて座った時に感じていた、
ただ眺めるだけだった流れる様な展開が、自分事として混ざり合い重なりながら広がっていくように感じて、今まで真似てきた時と全く異なった空気に包まれてしまった私は、とても心がざわめいていた。



私に食事は必要が無い事で、それを真似る事は意味が無く、そのままの通り "無意味" であるのに、説明のつかない気持ちで、穴など空いてはいないのに一欠片ずつ埋められていく感覚がする。



お供えでも置くように
差し出されるあちらの勝手さが。

枠から飛び出しては画面を眺めるだけにさせず、
巻き込んでいく、二人の嬉しそうな所が。


コーヒーを飲む
タンゴを踊る
ポップコーンを食べる
ハイタッチをする


ただ真似るだけだった行為が、

突然温もりを持って
咲いてしまったように感じた自分自身が。


無かったことにできない何かが生まれて、私の中にあった "無意味" という言葉がしっくりこず、踊る様に浮つき始めた。






行こうぜと、一緒にが聞こえる。

水上から伸ばされた腕が見える。

口笛が聞こえる。


着いて行く足取りが見える。





繰り返すのは得意ではないけれど、
こればかりは。

教えられた甘さと爆ぜてしまった気付きに味を占めた私も、何度でも繰り返し頂きたいと思い、食べる事を忘れてまで眺めるだけの二人に飛び込む事にした。




「オカワリ下さい」


「…っ、…くっ…フ」


「…ハ、」


「HAHAHAHA!!!」


「流石ァ!よく見てんな!」


「ありがとうございます」


「ほーら、たくさん食べなァ」


「…こんなには食べられません」


「えええええ???嘘ォ?!!」


「完璧じゃねぇか…ほら見ろ面倒だろ?マイクお前、次から自分でやれよ」


「んな事言ってる場合か?!いや、可愛いな…ユメがわがまま言ってんだぞ!!ほーら、このくらいかぁー?ンー???残したらぜーんぶ俺が食ってやるからなぁ!うまいかァ」




「甘くて美味しいですね」




その後も中々食卓を離れず、クロスの海に浮かぶ赤い屋根の小瓶と灯台を撫でるユメに、マイクとイレイザーは "家は形であり、形はなくなる" という話を聞かせ、だからチームとしての三人を家としろと付け加えた。

人もなくなると答えたユメに笑ったマイクは、「胸に残すんだろ」とビデオを回すフリをして見せ、架空のレンズ越しにいつぞやのユメの台詞を真似て返す。


協力が解消されれば形を失う。だから海底と地上、世界のどの辺であれば長く休まるかと考えていたユメは、たとえ状況が形を変えても心が帰る場所はひとつで、"もう行かなくていい" と決して消えはしない居場所を宣言されて、また水膜に隠して涙を流していた。




何も掴みはしない、空を切るままごとが、
確かに明かりを灯していく。


置かれているだけだった物に次々と意味が宿り、
それはまるで、
家と灯台に明かりが灯った瞬間だった。


ダイニングの照明が落とされ、暗がりに引き立てられて光ったユメの胸のライトは、色とりどり飴の瓶に反射して、家と灯台の麓からテーブルクロスの星空へと昇っていった。




食卓のサンプリングレコード

xxxxnix you.xxxx

comment 0

 






nix you