揺らめく陽炎の美しさと同じで、
その一片には触れる事もできないけれど、時折実態を掴みたくて仕方がなくなる。柔らかな青の中に何があるのか、君はいつもどんな顔を、その中でしているのか。


飛んでいったマルコを見上げて、隣に並んだ皆が同じ感情の溜息を零したのが解った。


共に育った長い年月、
誕生日なんてのはもう、親父以外は大きく祝う事もなくなったけれど、通りすがりに一声掛けたり「歳を食った」と、からかうくらいには当たり前に愛を持っている。



それでもあの人は、その軽さすら受けようとしない。毎年こうして日付け変更線を越えると、皆のうずうずを察知しては空へと逃げてしまう。



「なーにがそんなに嫌かね」


「さぁな。可愛がられベタってとこか」


「老いるとそれなりに色々考えるものだ」


「ジジイみたいに言うなよ、まだ早ぇだろ。…おーいマルコ、飲もうぜー!なぁ!」



夜に逃げた不死鳥は、隠れたがる意思に反して存在を輝かせるばかりで、こちらの喧騒をただ明星のように見下ろしてくる。

だから見上げる私達は、愛だけをこじらせて、届かないジレンマに溜息を付くしか無い。


でも今日は、どうしてもその実態を掴みたかった。


注がれたルビー色のお酒に背を押されたのかも知れない。初めて直接あの人におめでとうを届けた人になりたかった。


しかし四六時中飛んでいる訳では無いにしろ、その姿を捉えるのは難しくて。勝ち目のない鬼ごっこに何時間も費やした挙句、諦めた私は膝を抱えて俯いていた。




「いいなぁ…私も行きたい」



上へ、空へ。同じ世界へ。
君がこの日に見る世界を一緒に。



すると、
三角座りの暗闇にトンと靴音が響いた。すっかり物憂げな気になった私の元へ歩み寄るマルコもまた、神妙な面持ちで。何故だか動く事はできなかった。


顔を向けたまま仕方無く目を瞑れば、瞼の隙間から煌めく水色が見えた。撫でられている頬が熱く感じて、滑る様に緩く肌をへこませていく指の節には、濡れた感触。


初めて自分が泣いていると気がついて、目を開ければ、涙の理由に介入すべきか迷う悲痛そうなマルコが、ずっと私の顔を包んでいた。



「お前には見て欲しいと…思っちまった…よい」


真面目に様子を伺いながら、
ボソりとこぼした一言。

とんでもない事を口にしていると誤魔化しにかかる表情は、ゆっくりと優しそうに歪んだ。



驚いて何度も瞬きをしたから、忘れられた涙がその度に服を水玉模様に変えていく。既に感情とそぐわないものになってしまった雫は、妙に滑稽で笑えた。




「行くかい?」


「うん」



首に手を回すように促され、
持っていかれた両腕を首に絡めれば、長身を曲げてまでの甘い距離に惚けて首を傾げてしまう。

真っ直ぐに見続けてくるお得意の決まり顔には、今の私にだけ向けられている愛しさが見える。


そして唇が弧を描いたその瞬間、
いつも眺めるだけだったグラデーションの蒼炎が、四方へ逃げる様に散った。



まるで宇宙へ行くロケットみたいだった。垂直に飛び上がる重力が体を結び付けて、どこまでも飛んで、それでも上には雲があって、空がこんなにも果てしなく高い事を知る。




「どうだ」



船の皆は私達を見上げていた。

揃いも揃ってなんて顔をしているのか。慈しむ様に笑い、はたまたいつまでも楽しげに。懲りずにずっと名前まで叫び続ける。溢れて止まないこの涙は、きっとマルコの代わりなのだろう。



「祝っては駄目ですか」


「この状況でか?勘弁してくれよい、もう解ったろ」


「だって存在してるから仕方ないです」



何も、憂いて逃げたんじゃない。
この人は、嬉しくてあの暖かさにどんな顔で対峙すればいいのか解らないのだ。

しかしそうは解っても、
この光景を見てしまったら、込み上げる思いで溺れそうなこっちも耐えられそうには無い。



「ありがとうマルコ、おめでとう」



涙は遥か下界へ消えていく。

落ちない様、首に回した腕に力を込めた頃、号泣しているのに嬉しくって変な顔で笑ってしまった。




「ほら、お前もそんな顔するだろ。全く…たまったもんじゃねぇよい」



「…!…どこへ行くんですか?」



「両手が埋まってんじゃあ悪さもできねぇだろ。…一応聞こうかい?イエスかノーか」



へらりと笑った君は、触れるだけのキスを額に落として、私を連れたままどこまでも、夜空を横切る彗星の様に、遠くの街へと落ちていく。



「連れてって下さい、できるだけ早く」



泣かせる暖かさから照れ隠しの様に流れて、静寂の雪降る島へ。極点を最短距離で翔ける私達はこの時、きっと同じ幸せを感じていたと思う。




ポーラショートカット



カクテル言葉: 早く来て
意: 北極圏を最短距離で飛ぶ

カクテルシリーズ。
マル誕企画PBDP提出。

 


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