BGM::Bella Poarch /Build a Bitch

ハロウィン街シリーズ
地下街の悪夢::小さな悪魔/サウザー






内蔵の表面をザラザラと逆撫でられているような嫌悪感で駆けだした先は、いつもの夜の街。それが"いつもの"である事が更に心を尖らせていく。


私だけを愛するって言ったじゃない。

二人で歩いた景色と街並みは、
走る身体中に思い出と記憶を貼り付けてくる。

ここを一緒に眺めたね。
このお店で食事をしたね。
こんな事を言っていたね。

何処まで走れば無くなるか、まとわりついてくる一つ一つを丸めて投げ捨てるように涙を拭って、ひたすらに夜の街をデタラメに進んでいく。知らない所へ行きたかった。気に食わない。今はもう全部いらない



目立つ所だけ小綺麗に取り繕った駅周辺から商店街をぬけ、灰色に影を落とす小汚ない雑居ビルに囲まれて、私はやっと走る速度を落とし、点滅する街灯の下でゴミ箱を蹴飛ばした。

お前と一緒だ。この街は。
美しく見えて進めばこんなにも灰色を隠して。

騙された訳ではない事を解っている分だけ涙が溢れてくる。私が勝手にそのように解釈し惚れてしまっただけの話で、ただ二人の兼ね合いが歪め合ったのだろう事も。だから全て相手が悪い事にして投げてしまいたかった。


ああ、私は、
私が一生愛する人から、私も一生愛されたい。
ただそれだけなのに。



目の前に続くブロック塀に囲まれた怪しげな路地に足を踏み入れれば、右手に潰れた商店のガタついたシャッターと割れた看板、その隣に石造りの不思議な下り階段が続いている。どうにでもなりたかった私は躊躇いなく自暴自棄の階段を降りていく。


行き着いた先は薄ら霧のようなモヤがかかる妙なビルの隙間、そんな印象だった。高い建物に囲まれて、道と言うよりかはただの隙間。人の影はどこにも無く、道でないのならなんのための階段かも解らないなと思いながらも、一人になれた事に安堵した私は、一つしかない街灯の下にへたれ込むように座った。




「貴様は小物だな」


暗がりの中で私を照らす、点滅のスポットライトに突然現れた男に、思わずびくりと肩が跳ねる。

驚くだけで逃げようと思わなかったのは、小物だと言った男が私よりも小さかったからだった。そして、あんたの方が小物じゃない、と馴れ馴れしく返すのを飲み込んだのは、この男の風貌がまるで悪魔だったからだった。


小さな赤い角が金髪の隙間から生えている。
目付きは鋭く、悪そうでいて偉そう。
口元は…牙のような歯をチラつかせて嫌味そうに笑っている。

しかし悪魔のイメージとは少し違って尻尾は無く、フォークみたいな長い棒も持っていない。コウモリのような翼も無かった。ただ代わりに白いマントをはためかせて、あろう事か、伸ばした私の足に座ってしまった。



「名は」


「…縄?」


「貴様は脳も小物か、名を教えろ」


「ユメ…ですけど…」



話す気が有るのか無いのか、ふんぞり返って鼻をフンと鳴らした小さな男は妙にコミカルに見えた。私の脛に腰を降ろしているが、少し高いようで座り心地が悪そうにしている。それなら座るのをやめればいいのに動こうとしない所を見ると、格好つけの頑固にしか見えなかった。


少し観察していたくなった私は、当たりを見回して彼が座るのに丁度良さげな石を拾い上げると、膝の辺りに置いた。



「…良かったらこちらお座り下さい」


「貴様の願いはくだらんな」



石へ移動した男は私に向き合うように座った。高さは丁度良かったようで、組んだ足の上で肘を着き、私を見下す様に、しかし結果的に見上げて嫌味を吐いている。

可愛く思えてきた私は否定はしないでおこうと決めて、"こちらへお座り下さい"なんていうのは願いと言う程でもないのに、いちいち大袈裟な悪魔だなと考えていた。




「男を殺せとでも言えばしてやらんことも無かったというのに」


「…あんな男殺しても何の得も無いわ」


「ほう、思ったより小物ではないな」



なんだそれの事かと思いつつ、何故か噛み合うこの感じはきっと、見守られるみたいに一部始終を見られでもしていたんだと勝手に納得する。どうせ見守るなら有難い存在が良かったのに、バッドエンドにはバッドそうな物が着いてくるんだわきっと。



「悪魔さんはどうしてここへ」


「サウザーと呼べ」


「サ…ウザー…は」



笑ってしまいそうなのを必死に堪えた。

小さいのに、この貫禄と偉そうな所がどうにも笑いのツボを刺激してくる。私これをペットにすれば傷が癒えそうだなんて考えた末、ペットだと思えば笑わずに名前を呼べそうな気がして、落ち着くために心の中で何度もペットを連呼した。



「サウザーは、どうして…ここに?」


「……貴様ァ…無知を恥じるがいい!!!」



くわ、と目を見開いたサウザーは、
身を乗り出して立ち上がってしまった。

怒らせてしまったらしく、憤慨する彼を笑ってしまわないようにやはり堪えて、彼に合わせた答えを必死で探す。



「すいません。今一度、改めて…」


「五臓六腑が煮えるほどの嫌悪感で"全て要らぬ"と叫べば悪魔くらい来るだろう!!貴様…そんな事も知らずにこの!!…まあいい…そんな子供じみた事も愛せぬ俺ではない」



彼の理論によればこうなって当たり前の事を私はしたらしい。何を言ってるのかはさっぱり分からないけれど、それにしても最低な一日だったが、最後に面白いものを見られて良かった。少し心のトゲが抜けて笑えるくらいには気を持ち直せた私は、微笑むように口角を上げていた。



「お越し頂きありがとうございました」


「おい…何処へ行く」


「ひとまず帰ろうと思います。では、行きますね」



フン、と鼻を鳴らした彼に別れの一礼して、
来た道を戻っていく。

こんな不思議な事が起こってしまったのだから、帰り道が消えていたらどうしようかとも思ったが、流石にその先も巻き戻す様に存在している。

どうやら不思議な出来事は、
後ろを付けてくるサウザーだけの様だった。




「…あの、着いてこられるのですか?」



振り返って止まり、目線を合わせるようにしゃがめば、得意げな表情で心配は無用と言われてしまって、大いに心配になってくる。

しゃがむだけだった私はやっと聞く耳が整い、いつの間に正座をして彼の目を覗いた。



「お前が"全て要らぬ"と引き換えて願いの契約は済んでいる」


「…いつのまに?」


「自暴自棄で契約の階段に涙を撒いた。降りれば受理されて当たり前だろう」


「どういった契約でしたか?」


「願ったであろう」


「ここへお座り下さい?です?」


「話が進まん!その小物脳はどうにかならんのか!」


「え?…痛っ…痛ぁ…!…ええ…」



正座をしたまま前のめりになっていたおでこを、右の手、左の手と順に叩かれてしまい、呆気に取られる。厨二病のペットは可愛いけれど流石に持って帰るのは不味いだろうか。どうやってお別れしようかと考えるが一向に考えも纏まらないし、話してる内容もアホの作り話みたいだし、どうしていいか分からない。



「契約内容の確認をお願いします」


「俺に言わせるのか。貴様いい度胸」


「なんのために名前を聞いたんですか」


「一生愛されたいのだろう?ユメ」


「……は?……や、やだちょっと」



突然言葉に表されると恥ずかしくなる。
そんな事。
そんな事大きい声で言わないでよ。
…そんな事、なんだ。


一生愛されたいと願う事なんて普通だろうに、私は自分自身にそれすら恥ずかしいと感じているんだな、とふと思わされて、アホな話題よりも自分がバカに感じる。

かっと熱くなったのに一瞬で冷めてしまって、次はまた気が落ちてしまい、視線が路地の隅へ逃げていく。



「…そうね。愛されたいわね。それが契約内容ですか?いい男でも出してくれるの?」



路地の隅っこに溜息が逃げていく。
視界の端で、そんな私を笑いながら、フォーカスから外れたサウザーがふんぞり返っているような気がした。



「だから愛してやると言ってるだろう」


「…は?アンタが?」


「貴ィ様ァァァ!!!」


「や!!!…痛、!!痛!!ごめんなさいつい!!つい!!!待って、待って下さい!!!」



くわっと目を見開き、さっきより怒りが沸点に近いのか、歯をギリギリと音を立てている。彼はまた私のおでこを右左右と、つぎは三度も叩いた。



「確かに少しばかり可愛いと思いました!でも私!誰でもいい訳じゃない!!私は、私が一生愛する人から愛されたいんです!」


暴れるサウザーを引き離すために、人差し指でその胸を押す。思ったより素直に動力に負けてくれて距離は開いたが、私の人差し指はがしりと彼に掴まれた。




「一生の愛をこの私に捧げろ。そういう契約だ」


「はぁああああああ?!!!」


「五月蝿い!!声の加減をしろ!!」




ペットショップのリスザルに指を握られたようなこの感触は可愛げであるのに、怒鳴り散らしてはおでこを叩くこの男の風貌と性格が台無しであるな。と、そんな事にしか意識がいかないくらいには、とんでもない悪魔と契約した事を理解したくなかった。



地下街の悪夢




10/31 深夜の妙な地下街にて。
妙な契約をしてしまった私は、
愛を嘆いて愛を得たらしい。

こんな滅茶苦茶に強制的な話は真に受けない。退屈しのぎの面白ペットだと自身に言い聞かせ、引き離す事も置いて行くことも叶わなかった私は、仕方なく帰路に着く。こうして小さな悪魔との共同生活が始まった。

 


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