BGM:ヤエルナイム/カムホーム

Twitterイベント フォロワーさんのお題をくじ引き
お題 ファットガム+免許取り立て運転主
ぶつからないように隣から個性で配慮してくれるとか…?

あー、ほんま









夜のパトロールを終え事務所へ向かう帰り道、
車は興味が無い。別に乗りたいとは思わない。なんなら助手席に乗せてもらう事しか考えた事がないと言っていた彼女が免許を取得したと聞いて、男はたいそう驚いていた。

「なんや、免許取らんのちゃうんか」
「気が変わったんですよ」
「ほんなら雨かアラレか、おかきでも降ってきそやな」
「私あれが好きです、絞った綱引きみたいな」
「ひねり揚げやろ!綱引きて」

綺麗とは言い難い街であるが、人情味溢れる夜更かしなネオンは、真っ直ぐな川の水面に反射して原色のパレットを零して光る。下らない話を掛け合う温かみと屋台の匂いが混ざった空気を、告げ合わずとも二人はこよなく愛している。

「ほんでその気は、どう変わった訳や?」
「ファットさんが疲れ果てた時、少しでも早く休まれる所へ連れて行けるようになれたらなって」

隣の彼女を見下ろせば、顔の横で両手を開き、サプラーイズと嬉しそうに歯を見せる。休まれる場所なら隣にあるというのに。

「あー…ほんま…俺が乗れる車なんかあれへんのにそんな事言うてから…かなぁんな…。ちょっとコンビニ寄るで」
「なんです?見回り訪問ですか?」
「ちゃうちゃう!優しい子口説くためにオヤツ買いに行くんや」
「やったー!実は明日の事緊張してたんですよ」
「あんなぁ…絶対オヤツに喜んでるやろ」

真に受けはしないが、
笑ってくれるならどうでもよく。

下らない理由が無ければ愛を説きがたいのは、シリアスが似合わない土地柄のせいにしてしまいたいと思っていた。

「明日のサーキット特別演習、必ずヒーロー同伴なんですから早く寝て下さいね」

送り届け、そう言ってオヤツを抱き締めて手を振る彼女にヒラヒラと手を返し。誰でもよかった英雄枠から選ばれ、頼られた事を考える。そんな元気な彼女を思い浮かべ、いつまでも口の端を吊り上げて夜を歩いた。


「私の夢はここで散るかもしれない」
「オイオイオイ昨日の威勢はどないしたんや?オヤツで元気でぇへんかったんか」

普段の姿はそこになく、サーキット場のコース脇で自分の体を抱きしめる彼女はソワソワと小刻みに右足と左足で駆け足のフリをしている。

「どうしよう!今日失敗したら私……ファットさんが乗れる大きな特別車、運転できなくなっちゃうんですよ…年一しか試験ないの…」
「…っはああ?…そうゆう事かいな…あーほんま」

試験官に誘導された先には特別車があった。
なるほど、乗れるだけあるくらいに一回り大きく、内装も広い。しかし問題なく乗りはしたが、運転席の頭上に身長の差分だけ空いた大きなスペースは、かなり気掛かりだった。

-それではスタート位置で止まってください
-3、2、1。

サーキットコースは、ヒーローの様々なシチュエーションを想定して特撮映画さながらのセットであったから、一つ目のコーンを曲がった所で早速彼女の悲鳴があがった。

「うわあああ!!!爆発するなんて聞いてないい」
「ド派手やな…落ち着け落ち着け」
「どうしようどうしようどっ」
「アホ!息しろっちゅうねん」

アドバイスを聞き入れようとする素直さは彼女の好い所である。そして集中しすぎると他の事が目に入らない所は、彼女のあーほんま、な所である。呼吸を努力する彼女は、口では上手くいかないのか肩を大袈裟に上下して、ぎこちなさを溢れかえらせていた。

「肩ガチガチや、力抜いた方がええで」
「力を、抜く…力を抜く…私は…力を抜っ」

脱力してるつもりなのか、
肩を少し下げたまま固まってしまい、また叫んだ。

「無理いいい!!こんなんどーすんねん!!」
「なんで移ってんねん!」
「誰のせいや!!いつも隣におるから!!」
「スピード出過ぎや!落とせ落とせぇ!」
「うわああああ!」

コースは山岳の岩道へと変わる。大きく波打つ路面は目視で警戒しているらしいが、小さい波でも身体が跳ねる程である事を彼女は知らなかったらしい。シートベルトをしても尚、あいた頭上のスペース分だけシートから離れそうになるのを辛うじてハンドルを握りしめ耐えていた。

「やだ!こんな意地悪!…駄目だ、ファットさん乗せたいのに!」

彼女の目は、
パニックと悔しがった分だけ涙を滲ませている。
だから相変わらず、
そんな必死さにあーほんまと溜息をついた。

彼女の頭上へ腕を大きく伸ばし、スペースを埋めてやれば、抱き寄せるような形で小さな身体が収まる。何処にも跳ねることが出来なくなった彼女の手は、ブレることなくハンドルを握り、アクセルとブレーキに自信を取り戻したようだった。

「これなら…行けますっ!!」
「これは絶対公道あかんヤツやな」
「待ってて未来の疲れたファットさん!」
「あーほんま、俺ここにおんねんけど」

無事にゴールを切った彼女は、発表の電光掲示板を見て飛び上がり、大袈裟な助走を付けて男の胸に飛び込んだ。マスクの下に締りの無い顔を隠し、彼女をより喜ばせるシリアスを考えては自分には柄でもないと首を振り。代わりに喜ぶ彼女を持ち上げて、首と肩の間で抱き直して背中をポンポンと撫でた。

「ようやったな」
「ファットさんのおかげ!」
「そら良かったわ」
「たくさんドライブ連れてってあげますね!」
「それは…もーちょい練習いるやろ」

この日から、合格者であるにも関わらず何度も練習に訪れるものだから、試験官も会場の者も大変微笑ましい目で二人を見ていたそうだ。


【あー、ほんま】

 


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