BGM:Arctic Monkeys/Mardy Bum
Twitterイベント フォロワーさんのお題をくじ引き
お題::ルパン三世の 次元大介
・いつも仲悪い二人が二人きりだと仲がいい
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お題::ルパン三世の 次元大介
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【鍔 先へ亡命】
黒ばかりの男は退屈だと染料が文句を言っている。駄々を捏ねたパレットで、似たような暗い色ばかりを引っ張り合って大暴れした挙句、水が足りねぇとすぐ干からびる。だから好きにしろと言われた通り彼がよく混ざるようにバーボンに筆を沈め、一振りを掬い上げた。
「なぁ、昔ソンブレロ被ったんだって?」
被写体は被写体であるつもりはなく、一切構わず動く。愛銃の手入れの合間に灰を落とし、銃口を突き立てて帽子のつばを押し上げてコチラに睨みを効かせた。
「おい誰から聞いたユメ」
「私よ」
「不二子か…くっだらねぇ事をいつまでも」
「そうでも無いわ。それらしい危機と言えばそうだったじゃない」
「笑ってんじゃねぇぞ。こちとら命狙われてたんだからよ」
「失礼」
酒を煽るフリして大袈裟に顔で留まる手の隙間に赤面。掻き消したい過去であろうか。乱暴に立ち上がった次元は、イーゼルの裏からぬっと顔を出し、私の手元から明るい暖色だけを奪って、私が届かない様に弾丸ケースの裏箱へかくまってしまった。
「他のも被って見せてくれよ。私も見てみたい」
「御免だぜ、好きでやってんじゃねぇんだ」
「世界一のガンマンだろ」
「ああ。世界一の画家サンには関係ねぇ世界だ、そうだろ」
「私が世界一の画家だって?いつ間に」
「この高級五番街であれだけ富豪層の肖像画描きゃ無理もねぇ。名が名を呼んだんだろ」
「幻影の独り歩きだ。金で汚れた街で名を馳せても」
「じゃあお前ェさんの頭に乗ってんのは何だ?俺はてっきり画家の称号かと思ったぜ」
筆を置いた私は腰から垂れるシルクのベルトを引き抜き、手を拭う。そして被りっぱなしだった帽子の
「仮装よ。…貴方がた同様高貴ですのよ、その様な絵を描きますのよと装うため」
「その割にゃあ気に入ってるようだが」
「まあ…そうであるかもな。馴染んでしまった」
「馴染んだ?本気で言ってんのか」
「ああ。割とサマになってる」
「そりゃユメの勘違いだ、雑巾だ雑巾」
「そりゃいい、
天井を突き抜けそうな高笑いをしたのは私だけで、次元は皆から総スカンの表情を一斉に向けられ、テーブルへ投げ出したつま先が怯んで跳ねた。
「はぁ信じられない。だから次元はモテないのよ」
「知ったこっちゃないね」
「次ー元ー?レディに雑巾はねぇーよ?悪いお口にゃ俺が雑巾突っ込んじまうぜぇ?」
「同意。無礼が過ぎる」
「こーんなくたびれた髭男の言う事なんか気にするこたねぇからな、麗しき画家さんはいつだってプリンセスぅってな」
「あーあー!しーけた。仕舞いだ仕舞い!」
虫の居所を悪くしたガンマンは酒を残してアジトの扉を開けた。笑い話に過ぎず、さして気にも止めていない私は被写体を失い、画材を掻き集める。少し乾かそうか。指でなぞる布張りは水分を吸いすぎて重たげである。イーゼルごと隅へ寄せて手を洗い、次の依頼の用意をするためにドレスへ着替えて残った彼らに軽く手を振る。頭に愛用の白いマダムハットを装って、五番街を目指した。
「お待ちしておりました」
邸宅前の柵越し、迎えの者に軽く挨拶を。
バラの庭園には噴水、これは見るからに五番街の象徴が住まうなと思うと溜息が出る。衝動が示す理想的な被写体では無い事を知っているからだった。
金がいるのだ。夢ばかりは見られなくて、どこかで捻じ曲げて息をせねば僅かな夢まで折れてしまうから。運命の筆を置く事はできないのだから、たまには泥くらい
「残念だがお前は重罪者となった」
屋敷の両扉が閉まった途端足首を撃ち抜かれ、
画材のバッグは肩から滑り落ちた。
「貴様、先日思想家の肖像に十字を模したな」
「スコープですわね」
「言い逃れをするな!我々は反逆の意思とみなす」
確かに描いたな。
金を追い掛け、くだらない五番街を
それをこいつら、十字架なんぞと勘違いしていらっしゃる。他人事みたいに祈るお前らとは違うんだ、やりたい様にやれない恨めしさを背負わせたりなんかしない。神なんて自分の中にあるんだ、私は好きな様にしてるんだ、今更そんなもの描きやしないっていうのに。
「罪名国家反逆!捉えよ」
袖から滑らせた染料のチューブ蓋を親指で弾く。
爆発音と煙幕を振り撒く小細工を赤絨毯へ放り投げ、調度品から薔薇を引き抜き、ツボを窓ガラスへ投げ付ける。窓から逃げたと喚くアホ共を聞き分けて、堂々とくぐってきた両扉をあけた。
流石に園庭の中央で大腕を振る訳にはいかないな、垣根にでも沿うか、潜むか、そう思って脚を引きずる。私が亡命する日が来ようとは思いもしなかったな。できるならもう少し、鮮やかなる彼らの元で、バン・クー・シーが如く身元を隠し、洒落た予告状を描いていたかった。
「遂に臭ェもん引っ掛けやがったな」
緑の垣根に突っ伏しそうだった腕を引かれ、
自身の白い鍔はひん曲がり、
黒い鍔の陰へと視界が収まる。
肩を担がれて関節がきしみ一呼吸零れたが、加減のない勢いは中々に強く。ぶつかる形で思いがけず無精髭の頬骨をルージュが汚した。
「悪い」
謝ったのは私である。痛かったのも私であるが。
巻き起こした事と助けてくれた事への罪悪なら、この悪いにも重なるかもしれないが。次元はといえば、それどころでは無い焦りに隠したかったのか、ソンブレロの回顧をしたあの瞬間の色味を肌に乗せて話を逸らせた。
「だから客は選べって言ったんだ」
「ざまぁないね。お別れだ」
「何とだ」
「あんたらさ」
振り解けば簡単に次元は離れた。
その目は…どんな色だろうか。形容しがたくて、脳内のキャンパスには描けはしないだろうな、とふと考えた。
「厄介者を連れて歩くなよ。足取りが重くなるぞ」
「泥棒なんざ元々厄介もんだ」
「…っな、っにすんだ」
「ガタガタ抜かすんならもっと面白い事言え」
「…ソンブレロが…吹っ飛んだ…とかか」
「テメェ撃ち抜かれてぇか」
「次元になら撃たれたいよ」
「冗談が過ぎるぜレディ・ユメ」
「遺言だよ」
抱え直されて敷地を抜ける道程、クソ真面目を交えては見たが軽症ではないらしく息が上がる。瞬きの隙間から足首だけでなく腹へも弾丸を食らっていた事を知り、こんな
「見つけたぞ!!逃がすな!!」
「へぇ、警察に司祭、国家の犬共まで連れてやがるたぁ面白くなってきやがったな」
「なあ、置いてけよ」
「見ろ。皆お前の虜だとよ」
「聞いてくれよ次元」
「血相変えて必死なこった」
「私は死ぬか亡命する身だ、撃てば次元も」
「…お前ぇ血相変えて走ってんのはアイツらだけかと思ってんならそりゃ違うぜ。とんだ勘違いだ」
「ガンマンだって夢もみりゃ浪漫だって追いかけるさ」
躊躇いのない銃声は幾つも快晴の空をつんざいた。
抱き寄せられた耳元からは、
楽しげな笑い声が大音量で弾ける。
…ああ、これだから。
私の持ち得る染料では描けはしないんだよ。
どんな技量を持ってしても、こんな鮮やかさを記す術がどこにも見当たらないんだ。だから傍でずっと、記すためのもがきをしていたかったんだ。
「何に追われるだって?こっちは世界中から追われてんだ」
残さずやってしまった悪びれもしない男はしてやったりと酷くご機嫌でいるものだから、とんでもなく素晴らしい喜劇だと感心する。ただでさえ面白いのに、敷地を跨ぐ最後の一言がお
「お前にとってその帽子はなんだ」
「金に目が眩んだ画家と貴婦人の象徴。……オイオイ…待ってくれよ…捨てる気か?……一応相棒だったんだ。捨て難い」
「ったく女は手がかかって仕方ねぇな」
取り上げた白帽子を黒に重ねて被った世界一のガンマンは、一旦空を仰ぎみて、伏した瞳で私の心臓に照準を合わせた。
「これでいいか」
切れ切れに笑うしかない、こんなにも胸が騒いでは。益々息が殺される事を知っていて欲しいな、血相変えて捕まえた私を浪漫と呼ぶのなら。ずっと一緒に心臓を殺し合っていたい。そして見てみたいを簡単に叶えた男は、涙を流して頷くばかりの私に益々口角を上げた。
「お前は今、死んだ」
その瞬間、空へ大きく振り上げた片腕。
青を切り裂くように飛んだ白が、
遥か頭上で回る、回る。
マダムハットは幕引きの如く空を飛んだ。
私を形容した象徴は鍔先の眼光に捕らわれて、轟く銃声。涙の跡にはかさつく唇を添えられて、私は名実ともに亡命を遂げた。
【