BGM:Jeremy Zucker/comethru

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お題::轟焦凍
・冬の花火

夏の忘れ物








衣替えを乗り遅れてしまった。少し肌寒いなとエントランスを抜けた瞬間から腕をさする。手にぶら下げた雑なゴミ袋と同じく、嫌味な世界線の後悔である。


「サヨナラー。」


マンションのゴミ捨て場ゲートの扉を開けて、袋を二度回す。ぶんぶん勢いでも付けなければ手から離れてはくれなさそうで。それなのにぶんぶんは背後からの声で意味を失った。


「…ゴミに話し掛けるのか?」


嘘だろと振り向けばそこには勇気が届かないばかりに遠目で見るようになった轟君がおかしな距離に居る。


「いや…そうではなく…気合を入れてた」

「重いのか」

「そうでもなく…や、ある意味重いかも」


私の中では。もう見ていれば澱んでしまうし。
君と夏の思い出が欲しかっただけの恋心が頑張って物だけを手に入れた。でも勇気はどこにも売ってなくて買えなかったんだよ。二つ揃ってやっとスタートだってのに、いつまでも走れません!って二の足を踏むから、スタート前であんなにお前ならできる!って励ましてやったのに。いつまでも走り出さなくて座り込んでしまった乙女心には反吐が出るよ。


「貸して」


轟君は何食わぬ顔でゴミ袋を手から取り、その軽さに首を傾げる。当たり前だ。重量で言えばきっと五百グラムも無いだろうから。


「重く…ないな」

「そうなんですけどね…捨てる勇気がね」

「俺が捨てようか?」

「駄目!残酷!!それだけは駄目」

「…残酷…??」

「自分でやらないと意味が無いのよ!」

「一体何入れてんだ……あ…ごめん、別に…他人のゴミの中身聞く気は無いけど」


ふんだくる勢いで轟君から袋を取り上げ。胸に抱き締め直した私は、捨てようとしていた癖にまるで宝物を守るサマで。きっとこれが本心だ。そう思ったら観念してしまった。


「夏の花火」

「捨てなかったのか?」

「使ってないやつ」


轟君は目をとても開いていた。
何か言葉を探してくれている。少し困らせたかなと、半分ほど開いては閉じそうな薄さまでを繰り返す口を見て思う。


「ゴミじゃないだろ」


負け犬みたいにヘタリ込み、走り出す事もできなかった事を、反吐が出るほどイラついた行き場のない恋心をゴミなんかじゃないと言って貰えた気がして嬉しかった私は、溶けだすように泣いた。


吹き出した一呼吸から徐々に大きくなる声を噛み殺して、手がふさがってるから腕に押し付ける。どうした、大丈夫かと慌てふためく轟君は私から宝物を取り上げて地面に落としてしまった。


「なんか…辛い事言ってたらごめん。あの、何かあった?話せるなら聞きたいけど」

「花火、したかった、できなかった、もう夏、ないから捨てる」


訳が分からなかったと思う。欠片を拾い集めたら幼稚園児みたいな理由だった。それでも笑ったりはせず、いつまでもやり所に困る手が背中を撫でるために、その指先を増やしていく。


「夏じゃなくてもいいだろ。今からしよう」


な。そう言って困った子供を宥める温度で微笑んだ。傾いた表情で弱気を伺う優しさに何度夢中になったかな。本当にいつも夢の中でいたんだよ。一人、胸に隠して積み上げた思い出のシーンが沢山浮かぶ。その頃には迷っていた轟君の指は掌になって私の背中をトントン押してくれていた。


「一緒にしてくれるの」

「うん。ユメが俺でいいなら」

「轟君が良かったから大丈夫」

「え」


トントンは空中で止まってしまった。

傾いたままの伺う表情は目をいっぱいに開いてしまって、パクパクの口は全開で一時停止。その中から声にならないノイズが小さく響いていた。


「轟君誘いたいなって買ったのに、誘えなかった」

「な、…な、そんな俺…花火っ…ぐらい断らないぞ」

「知ってるよ。でも勇気がなかったなぁ」

「…捨てる事ないだろ」

「見つけて貰えたからいいや。どこでしよう?」


嫌ではないんだ、良かったな、なんて幸せに自惚れて、さっきの弱音はどこへやらで次の行き先を探す。きっと迎えに来てくれる君の優しいトントンに勇気を貰ってしまったんだ。


ロボットみたいにガタガタになってしまった轟君に着いて歩いて、提案された轟君のお家の庭にお邪魔して、花火をするには明るすぎる夕方であるのに、二人して構わず袋を開けた。


「火、持って来るの忘れた」

「大丈夫、俺が持ってる」

「お水もないよ」

「俺が持ってる」

「…いいの?」

「適役だと思うけど」

「轟君は道具じゃないからやだよ」

「……俺がしたいんだ…構わないで欲しい」


目を逸らしたその先で人差し指から火が灯る。
勝手に初めの一本に付けてしまった轟君は、ゆっくり振り返って私の手に持たせてくれて、隣合う肩と、持ち手にくっ付き合う心配性な掌が夢見た夏の夜を見せてくれる。



「二人で、だろ」


感嘆の声を上げて喜ぶ私の前で、
一つだと思っていた花火は二本になった。

なんの思考も無しに零れてしまった大好きに、轟君は手元を狂わせて、直ぐに一本分だけ花火は消えた。


【夏の忘れ物】

 


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