小さく泣いた
そうするとほんの少し
小さく地球が揺れた気がした
地面の土に手をかざして
しゃがみこんだ体は
重力には逆らえなくて
君が「行くよ」と
手を伸ばしてくれなきゃ
私はここから上がれない
ねぇどうかどうか
私が負ける前に手を伸ばして、
捕まえて、見つけてよ
そしたら私は小さく笑うから
−まい様 没ネタ交換企画 原文−
トリックスターの幸福論
例えば外野には、しかと見えているのに、本人達のみ見えない物があるのだとしたら。そのすれ違いの果てに、自分を責める事しか知らない可哀想な二人に、ハッピーエンドを見せたくなるのは皆同じ事で。
だから元々船長宛に残されていた書き置きは、人知れず誰かの手を渡りながら、こうして一番隊隊長の元へと届けられた。
そして流星がもし本当に願いを叶えるのなら、こんな小さな事くらい聞いてやれと。何も言わず船を飛び出していった彗星色に、誰もが溜息をついていたのだった。
「私ってば、なんでこんなに小さいの」
波が打ち寄せるギリギリの所で
うつ伏せに海を眺めていたら、
いつの間にそう呟いていた。
壮大な星空を見ていると自分なんてゴミのようだと思ってしまうし、こうして砂浜に寝そべれば砂の粒さえ大きく見える。
目の前まで潮が満ちてきているのに身体が動こうとしないのは、夜空に糸を引く数多の星が、今日も私に「ほら、届かないよ」と言っているみたいに見えて、少し悲しくなったから。
小さな世界を揺らがせた犯人は悠々と空を羽ばたいているのに、私はこうしてその重力に逆らえずに立ち上がる事すらできない。
ーマルコあのね、エースがね。
ー良かったなぁ、そうかよい。
ーねぇマルコ、私の嫌いなとこ教えて。
ーあるわけねぇよい。
ー今日はね、流星群が見えるって。
ー知ってるよい。
ー島の子が教えてくれたの。
そしたらね、
あのね、
それから。
…でね、言うのよその男が。
「ほら!星を取ってきたよ!」って。
その手には小さなダイヤが
握られてるんだって。
ーそんな格好付け俺にはできねぇよい。
ー違うのよマルコ、求めたんじゃない。
「凄いね」って一緒に
言ってくれるだけでいいの。
ーああ、サッチみてぇな野郎だな。
全くすげぇよい。
ーうん、凄いね。
思い出される日々はどれも
陽だまりの様に甘いのに。
噛み合わない事に気が付かないフリをしているうちに、必死で隠していた鬼が、心の内で耐えきれないと暴れ始めていた。
近くに居ると上手くいかなかっただろと、頭の中でもう一人の自分の声がして、そいつを相手に“もっとうまくやれれば違う道もあった筈”なんて言い返していたら、ムキになる自分が哀れで途方に暮れて、心の隅には消滅願望だけが残ってしまった。
そりゃあこんなゴミみたいな私にだって目や耳や鼻や口、記憶ぐらいは備わっている。だから側に居ると上手くいかなかったのは本当だったって身を持って理解してる。
それなのに、こうして遠くから眺める事しか出来ないのなら、このまま満潮に攫われていっそ死んでしまいたくなるって事に気が付いてしまったからいけなかった。
マルコはいつも、
余計な事は何も言わない。
求めてもくれない。
だからよく解らなくなる。
酒屋や綺麗な人が居る街角へ消えていって帰らなかった日の朝は、なかなか目覚めない私を起こしてくれる優しい眼差しも囁きも当然存在しない。
そんな時はただ一人分のベッドの余白を見つめながら、なんで私なんかの隣に居てくれるのかとか、仕方なくて終わり方が解らなくて居るんじゃないかとか、愛はそこに有るのか、確信をつく言葉を貰えないのは私の存在が「余計な事」だからなんだとか、自信の欠片も無い私は、いつだってその思いに押し潰されそうだった。
それが何度目だったか、
彼の去り行く後ろ姿を見てから
諦めに変わっただけ。
海賊の決まり文句は自由、
私がしたいのはきっと拘束。
こんなの一生かかっても噛み合わないから、完全に溺れてしまって手遅れな私は、あの船からいなくなる事しかもう方法が浮かばなかった。
追い掛けてくれるかどうかは別として、彼は海の中までは追ってはこられない。二度と会えないんだし、このまま波に攫われるのも有りかなんて思うくせに、口元まで迫った波から逃れるようにひゅうひゅうと呼吸を繰り返してしまう。
島が無数に連なるこの列島から一人の人間を見つける事なんて、きっと不可能だろう。
ああ、それでも。
シャワーみたいに流れる
この星のどれか一つが、
自分を探し回るマルコだったらいいのに。
「私を見つけてよマルコ。
離さないで欲しいのに」
海面と空の境目で最後に見た眩しい大きな一筋に、消滅願望とは真逆の言葉を呟いて。
今後に及んで願を掛ける、浅はかな私の頬を伝う前に涙は海に溶けて消えた。
頭部はもう水の中。
この悪あがきも、
肺の酸素が付きれば終わる。
目を開けても、
そこにマルコが居ないのなら、
私はもう起きたくなんかない。
水中はとても綺麗だった。
でもそれは、海そのものの輝きによるものではなく、私が水面を超える瞬間に、異様な音を立てながら隕石のように無数に降り注いだ、色とりどりに輝く大粒の鉱石によるものだった。
「とってきてやったよい」
止まった時の中、
星が降ってきたのだとぼんやり巡る思考の中で、行き着いた心当たりが確信に繋がって、何を思っても微動だにしなかった身体が、まるで使命を持ったように一瞬で飛び起きた。
「なにやってるの…」
「星に決まってんだろ」
海辺に立つ行為へ向けてそう言ったのに、勝ち気な笑みを絶やさぬ彼は、星空を指さして、境界線をまた一歩超えようとしていた。
「やめて!!止まってマルコ!」
濡れた砂や足元にさざなむ海水の飛沫は、あの表情の下で確かに身体を蝕んでいる。
引き潮に足を取られながら、
なりふり構わず駆け出した私は
彼の胸を両手で押し返していた。
「…入らないで。お願いだから」
マルコが少しだけ顔を歪めたのは、
濡れた手が害になったからだと慌てて離れようとしたけれど、強引に引き寄せた手があまりにも優しく抱き締めるから、その甘さに振り解く事もできなくなってしまった。
「ごめんなさい、こんな風に思う事しか出来なくて。好きでごめんね。大好きで…もう苦しいんだ」
だから船を降りた。
側に居ると求めずにはいられなくなる。でも求めると彼を煩わせてしまうから、消えるしかないのだと、私は彼の前では何も願ってはいけないんだと思っていた。
「さっき何を願ったか言ってみろ」
「私は何も願わない」
「言えよい。何も言わなかったのは俺だけか?」
見透かした様な言葉が胸に刺さって、涙が溢れてくる。もっと言葉が、愛が欲しいのにと心の中では責めてばかりいた事を、マルコは知っていたのかもしれない。
「ユメ」
願わない求めない無欲さが互を苦しめていたのなら、それは当然、求め合う事で解決される。自惚れる事はまだできないけれど、いつか夢みた夜空の星を「俺にはできない」と言いつつ取ってきてくれたその事実は、彼が懸命に何かを求めようとしている証にみえて。
愛おしさが溢れて。
彼に伝えなければと、
伝えたいと心の底から思った。
「見つけて欲しいって言ったの」
「まだあるだろ」
「…なんで解るの?」
甘やかすその笑顔も、
精一杯背中を丸めて落ちてくるキスも、頬に触れる掌も、冷えきった私には糖度が高すぎて、脳が痺れてしまいそうだった。
「唇見れば解んだよい、離せるわけねぇだろうが」
あんな書き置きを残しておいて今更戻れないと言ったのに、攫われるようにしてモビーへ戻った私は、隊長達から親父には伝わっていないのだと聞かされた。
そしてマルコがそれを破り捨てた事も、どんな様子で飛び出していったのかも。
そして、あの時はああだった こうだったと、延々さかのぼり続けて聞かされた、私の知らない空白の時間の中で、本当はどれほど求められていたのかという事も。
「昨日のマルコは、マルコじゃないみたいだったね」
「…嫌かよい」
「大好き。ねぇ、もっと欲しいって言ってもいい?」
「あのなぁ…そういうのは小出しにしとけよい」
「ごめん」
「自制してんだよい、煽られる身にもなれ」
あんなに自信の欠片も無かったのに。愛されてるんだろうかという自惚れが、毎日、目の前で少しずつ確信に変わっていく。
「必死に見えて嬉しい、俺もって言われてるみたい」
「悪いかよい」
窓辺に並べらた七色の流星は、
太陽に照らされて輝きながら
最大の幸福感をもたらし続ける。
あなたの声で目を覚まして。
差し伸べられた手をとって。
太陽が昇る度に、
私は過去の自分を小さく笑った。