次の島で宝を売って宴の資金にするなんて船長が言い出すから、 こうやって宝部屋だか物置なんだか解らない所にお仕事しに来たのに。
「あー…やっちまった」
ユメ一人じゃ無理だろうなんて余計な事するから。
「すまねぇな」
舞い上がる埃で粗末な電球の明かりが余計に霞む。シンバルと銅鑼を同時に叩いたような音をたてて雪崩れたお宝をバックに、無邪気なガキ大将みたいな笑顔の船長がパタパタと埃を払っていた。
「そんな下の物引っこ抜いたら崩れるの当たり前です!…ドア塞がったじゃないですか」
大体いつもこんな感じだから特に驚きもしなかった。毎回お騒がせな事を引き起こしては 悪びれた様子もなく すまねぇ!なんて言って楽しそうに笑う。副船長の白髪の原因は絶対これだわ、なんてつくづく思う。
「仕方ねぇ。…酸素が薄くなる前に片付けるか 」
「じゃあ息止めといて下さいね」
「ひでぇなー」
「誰のせいですか!」
よくもまぁ…と言う程に、大量のお宝達はそう簡単に部屋を出してはくれなさそうで、あちこちに当たって破損してしまったそれは、もうお宝なんだかガラクタなんだか。
「早く片付けちゃいましょう」
適当に細かい物を一ヶ所に集めて大きな物を二人で奥に詰めていく。どんなに山を崩しても果てしなく現れる金属にキラキラと嘲笑われている気がしてくる。その上密室で沈黙ときたら耐えきれなくて、私達はいつの間にやら尻取りなんかを始めていた。
「しかけ」
「…けいかく」
「くも」
「…モルヒネ」
「なんだそりゃ?」
密室に二人という妙な緊張感を無視しようとできるだけ目を合わさずにいたのに、 馴染みのない単語に片付けの手を止めた船長が振り返った瞬間に目があってしまった。
「麻薬に含まれるアルカロイドで麻酔です。医務室にもありますよ」
専門用語を並べられチンプンカンプンな顔をしているのに、緊張に耐えられなくなったのか妙に饒舌になった私は構わず説明し続けた。とにかくなにか話していないと船長の顔を見てしまう気がして。
「アルカロイドの大体は猛毒ですけどね」
「俺達が怪我したとき毒盛ってたのか !それは知らなかったな」
「だから麻酔だって言ってるじゃないですか 」
失礼な事を言って豪快に笑うその声は、密室のせいでやけに響いて離れているのに近くに居る様な錯覚を起こさせる。
この人の身体に包帯を巻く時だって平気だったっていうのに、少しテンポを上げた心臓が呼吸を乱している様な気がした。
なんでこんなに薄暗いのよ。
全部役立たずの電球のせいにして、ユメは休めていた手をまた動かし、薄く埃のかぶった箱に手を伸ばした。
「くっ……っ…蜘蛛っ…!!!」
「次は俺の番だろ」
「違います!!だから蜘蛛がっ……こっち来る!!」
邪悪な黒い影の急襲に壁まで飛び退くと、吊るされた電球が部屋ごと揺れた。
「ただの蜘蛛じゃねえか」
「なっ…何とかして下さいよ!!…っこないでー!!」
「おいっ!危ねぇ!!」
パニックを起こしたユメが部屋の反対側に勢いよく飛び付いた時だった。装飾品が並ぶ一 回りほど大きな棚が、ぶつかった衝撃でユメ目掛けて倒れてきたのだ。
目も眩むほど一瞬の出来事だった。
どんと何かにぶつかる音に目を瞑ると、もつれるように倒れ込んで派手な音が響いた。
「馬鹿野郎、暴れるからだ」
なるほど身体に何の異常もないわけだ。
床に倒れ込んだユメの背中には手が回されていて、私を守るみたいに背中で棚が止められていた。
目の前にある彼の顔と鼓膜にダイレクトに伝わる少し低い声に心臓が一気に駆け出した。
「大丈夫です…か!?」
早く脱出しなければ心臓が爆発してしまうと力の限り身じろいでみるが、彼が動いてくれない事には無理な話だった。
「死んじまう」
「すいません!本当にごめんなさい!」
「嘘だ」
至近距離で笑われてこっちが死にそうだ。
船長が小さく笑う度にはだけたシャツの襟や赤い髪が首元をくすぐって、ハプニングを楽しむ様にはにかんだ笑顔が余計にパニックにさせた。
「…あの、できれば早くどけて下さいっ」
もうなんだか色々と限界で願いを乞うと、急に船長の顔から笑顔が消えていった。
「ユメ、顔に何かついてるぞ」
スローモーションの映像が流れるように顔が段々と近付いてくる。何事かと思えば手が鼻に触れた途端に唇が開かれた。
「鼻だ」
「もう船長!いい加減にして下さい!」
「ハッハッハ!」
やっとできた隙間からユメが脱け出した頃には蜘蛛なんてもう何処かへ行ってしまっていて、それどころか蜘蛛の存在すらすっかり忘れていた。
「また散らかったな」
「…すいません」
ユメ達が次に見た空は夕陽ではなく、綺麗な星空だった。いざ外に出てみればあの空間にいた時間が短くさえ感じる。
今は甲板に一人、輝く星同様に騒がしい心に悩まされていた。あの瞬間以来、船長が頭から焼きついて離れようとしないのだ。
離れていく温もりが惜しかっただなんて。
まさか、あの人にまた抱き締められたいだなんて。
もう一度だけ、と強く願ってしまうこのとてつもなく強い依存性に私はモルヒネを思い出して、胸の中でこっそり船長と重ねた。
*
そこそこの酒をこんなにも美味いと錯覚させた脳内組織に心当たりが一つだけ浮かんだ。
抱き締めたユメがあんなに可愛い顔で見上げるものだからつい唇を奪ってしまいたくなった。
たいして重くもない棚を悪用してずっと腕の中に閉じ込めておこうかと思う程、可愛いと思った。
「毒、盛られたな」
次は何を利用して抱き締めてやろうか、そう思う辺りがもう既に、モルヒネが体中に回ってしまった証なのかもしれない。
「ああ、ユメが足りねえ」
* * * * *
モルヒネ…morphine
アヘンに含まれるアルカロイドで麻薬のひとつ。
モルヒネからは依存性のきわめて強い麻薬“ヘロイン”が作られる。医薬品としては、激しい 疼痛に対する鎮痛や、麻酔前投与・麻酔補助を目的として用いられる。
副作用:ふらつき感・依存性・呼吸抑制
MAIN
「あー…やっちまった」
ユメ一人じゃ無理だろうなんて余計な事するから。
「すまねぇな」
舞い上がる埃で粗末な電球の明かりが余計に霞む。シンバルと銅鑼を同時に叩いたような音をたてて雪崩れたお宝をバックに、無邪気なガキ大将みたいな笑顔の船長がパタパタと埃を払っていた。
「そんな下の物引っこ抜いたら崩れるの当たり前です!…ドア塞がったじゃないですか」
大体いつもこんな感じだから特に驚きもしなかった。毎回お騒がせな事を引き起こしては 悪びれた様子もなく すまねぇ!なんて言って楽しそうに笑う。副船長の白髪の原因は絶対これだわ、なんてつくづく思う。
「仕方ねぇ。…酸素が薄くなる前に片付けるか 」
「じゃあ息止めといて下さいね」
「ひでぇなー」
「誰のせいですか!」
よくもまぁ…と言う程に、大量のお宝達はそう簡単に部屋を出してはくれなさそうで、あちこちに当たって破損してしまったそれは、もうお宝なんだかガラクタなんだか。
「早く片付けちゃいましょう」
適当に細かい物を一ヶ所に集めて大きな物を二人で奥に詰めていく。どんなに山を崩しても果てしなく現れる金属にキラキラと嘲笑われている気がしてくる。その上密室で沈黙ときたら耐えきれなくて、私達はいつの間にやら尻取りなんかを始めていた。
「しかけ」
「…けいかく」
「くも」
「…モルヒネ」
「なんだそりゃ?」
密室に二人という妙な緊張感を無視しようとできるだけ目を合わさずにいたのに、 馴染みのない単語に片付けの手を止めた船長が振り返った瞬間に目があってしまった。
「麻薬に含まれるアルカロイドで麻酔です。医務室にもありますよ」
専門用語を並べられチンプンカンプンな顔をしているのに、緊張に耐えられなくなったのか妙に饒舌になった私は構わず説明し続けた。とにかくなにか話していないと船長の顔を見てしまう気がして。
「アルカロイドの大体は猛毒ですけどね」
「俺達が怪我したとき毒盛ってたのか !それは知らなかったな」
「だから麻酔だって言ってるじゃないですか 」
失礼な事を言って豪快に笑うその声は、密室のせいでやけに響いて離れているのに近くに居る様な錯覚を起こさせる。
この人の身体に包帯を巻く時だって平気だったっていうのに、少しテンポを上げた心臓が呼吸を乱している様な気がした。
なんでこんなに薄暗いのよ。
全部役立たずの電球のせいにして、ユメは休めていた手をまた動かし、薄く埃のかぶった箱に手を伸ばした。
「くっ……っ…蜘蛛っ…!!!」
「次は俺の番だろ」
「違います!!だから蜘蛛がっ……こっち来る!!」
邪悪な黒い影の急襲に壁まで飛び退くと、吊るされた電球が部屋ごと揺れた。
「ただの蜘蛛じゃねえか」
「なっ…何とかして下さいよ!!…っこないでー!!」
「おいっ!危ねぇ!!」
パニックを起こしたユメが部屋の反対側に勢いよく飛び付いた時だった。装飾品が並ぶ一 回りほど大きな棚が、ぶつかった衝撃でユメ目掛けて倒れてきたのだ。
目も眩むほど一瞬の出来事だった。
どんと何かにぶつかる音に目を瞑ると、もつれるように倒れ込んで派手な音が響いた。
「馬鹿野郎、暴れるからだ」
なるほど身体に何の異常もないわけだ。
床に倒れ込んだユメの背中には手が回されていて、私を守るみたいに背中で棚が止められていた。
目の前にある彼の顔と鼓膜にダイレクトに伝わる少し低い声に心臓が一気に駆け出した。
「大丈夫です…か!?」
早く脱出しなければ心臓が爆発してしまうと力の限り身じろいでみるが、彼が動いてくれない事には無理な話だった。
「死んじまう」
「すいません!本当にごめんなさい!」
「嘘だ」
至近距離で笑われてこっちが死にそうだ。
船長が小さく笑う度にはだけたシャツの襟や赤い髪が首元をくすぐって、ハプニングを楽しむ様にはにかんだ笑顔が余計にパニックにさせた。
「…あの、できれば早くどけて下さいっ」
もうなんだか色々と限界で願いを乞うと、急に船長の顔から笑顔が消えていった。
「ユメ、顔に何かついてるぞ」
スローモーションの映像が流れるように顔が段々と近付いてくる。何事かと思えば手が鼻に触れた途端に唇が開かれた。
「鼻だ」
「もう船長!いい加減にして下さい!」
「ハッハッハ!」
やっとできた隙間からユメが脱け出した頃には蜘蛛なんてもう何処かへ行ってしまっていて、それどころか蜘蛛の存在すらすっかり忘れていた。
「また散らかったな」
「…すいません」
ユメ達が次に見た空は夕陽ではなく、綺麗な星空だった。いざ外に出てみればあの空間にいた時間が短くさえ感じる。
今は甲板に一人、輝く星同様に騒がしい心に悩まされていた。あの瞬間以来、船長が頭から焼きついて離れようとしないのだ。
離れていく温もりが惜しかっただなんて。
まさか、あの人にまた抱き締められたいだなんて。
もう一度だけ、と強く願ってしまうこのとてつもなく強い依存性に私はモルヒネを思い出して、胸の中でこっそり船長と重ねた。
*
そこそこの酒をこんなにも美味いと錯覚させた脳内組織に心当たりが一つだけ浮かんだ。
抱き締めたユメがあんなに可愛い顔で見上げるものだからつい唇を奪ってしまいたくなった。
たいして重くもない棚を悪用してずっと腕の中に閉じ込めておこうかと思う程、可愛いと思った。
「毒、盛られたな」
次は何を利用して抱き締めてやろうか、そう思う辺りがもう既に、モルヒネが体中に回ってしまった証なのかもしれない。
「ああ、ユメが足りねえ」
* * * * *
モルヒネ…morphine
アヘンに含まれるアルカロイドで麻薬のひとつ。
モルヒネからは依存性のきわめて強い麻薬“ヘロイン”が作られる。医薬品としては、激しい 疼痛に対する鎮痛や、麻酔前投与・麻酔補助を目的として用いられる。
副作用:ふらつき感・依存性・呼吸抑制