企画45min.より
国語辞典・本のページ数を
指定してもらい、
出た単語をテーマにして
「45分以内を目標」に
指名されたキャラで書き合う
お勉強企画。
辞典お題【戦術、千秋楽】

※学パロ



''フリードリヒ大王は、七年戦争の後半で火力の劣勢を思い知りました。 訓練と精神力だけでは作戦の遂行は無理であることに気づき、これまでの方針を変更します''


「えええ!そうなの…そうなのよ!」


世界史の調べもので、開いた一冊に衝撃を受けた。戦術が書かれた箇所は正に自分と丸かぶりで、一途に追い続けてからの後半、特に生徒会に入ってからの2年は、サボが作った規則により、作戦を変更せざるを得なくなったからだ。




「どーしたんだ?」


「これ読んで凄くショック受けた」


「…大魔王!かっこいいな!文化祭でやろう大魔王!」


「赤ずきんに決まったじゃん」


「じゃああれだ…えー、赤ずきんが狼と出会って…大魔王を倒せばいい」




今まで通りの我武者羅アタックを封じられ、観察するしかなくなって。


そうして迷走している間に2年目の夏が呆気なく終わり、目前には文化祭。

私にとってはまだ、たった二度目の文化祭だけど、これが終われば彼らは生徒会室から姿を消してしまう。それを解っていながら何となく過ごしてしまった裏には、七年という長さがあるのかもしれない。眺めているうちに、諦めの滲んだ憧れが色味を増してしまった。



だからもう、彼らがこの部屋を去ったら最後にしようかと思っていた。いつまでも追い続ける事は不可能だし、手を伸ばしたところで彼は一年も先に人生を駆けていく。


私は、''訓練と精神力だけでは作戦の遂行は無理であることに気づいて''しまったんだ。



「…何やってんだよ」


ルフィと肩を並べ、床に寝そべって教科書を眺めていたら、背後からの声。エースの声だ。


「あ!食いもんの匂い!俺にもくれ!!!」


追うように立ち上がり、スカートの裾を軽く叩いて振り返れば、気が付かなかったけど、ドアの影にもう一人。


「会議終わったんだ。おかえり」


後半の苦しい戦いの中で、よくこの顔を見るようになった。限りなく真顔に近いから見落としがちだけど、少しだけ眉が動くのは呆れている時だ。


「机と椅子があるだろ」


「だって寛ぎたくなるんだもーん」


へへ、と笑い飛ばせば、直ぐにつられて笑ってくれるけど。この「困らせる=私の全行動を否定」という式は、地味なダメージとなって確実に年数分蓄積している。



「三年のクラスと演目が被った。どうする?生徒会としては譲るべきかと思うけど」


「だったら大魔王倒そう!!さっき読んだんだよ!赤ずきんが悪い婆さんと狼を倒すだろ、そんで最後に大魔王を倒すんだ」


「もはや赤ずきんじゃねぇな」


「いいだろ別に!他のやんなきゃなんねぇならいっそ変えちまえばいいんだ」


「うん…そうだな、じゃあルフィの意見で決定」




小さなダメージを引きずる私は、どこか上の空で意見するタイミングを逃し。

決まっていた赤ずきん役の私が、婆さんルフィを倒し、狼エースを倒し、立ちはだかるサボ大魔王を華麗にやっつけるという、最悪のシナリオになった事を後になって理解した。





ルフィとエースはいい。
いつも似たような遊びをしてきたし。でもなんで私がサボを倒さなきゃいけないんだ。


「大魔王、覚悟〜」


気合が入らないのは暑さのせいだと納得してもらった。しかし大魔王は決まってこの後、超絶悪い顔で私を嘲笑いながら「お前みたいな子供は俺に敵わない」と言うから、結局本番までずっと残暑にやられていた。



直ぐに訪れた当日の朝。
チャイムの音、リハーサル、
控え室、開演五分前。


全部の時間がサラサラと流れた。
片思い歴の長さだけ迷走して、何となく過ごしてきたのと同じように。そして過去になった後ろの夏のように、呆気なく終わるだろう。


暗がりに浮かぶ舞台は決して派手ではない。手描きの背景セット、間に合わなかった継ぎ接ぎの大道具、段ボールの剣と盾。

しかしその一見物足りない見た目を、カラフルな照明が射す事で、予想もしない魔法をかけた。



呆気なくは終れないほど輝かされ、舞う埃はスパンコールに変わり、大音量は鼓動を過剰に煽る。


しかし、終演だ。
私の七年戦争はなんとなくでその道を来て、呆気なく終わった。だから最後まで、ラストまで、''なんとなーく''なんだ。


なんとなーく。
悪役の癖に可愛く笑う
婆さんルフィを剣で刺して、

なんとなーく。
一番悪そうな癖に、
光る目に一杯の優しさを宿した
狼エースを切り倒して。


悪の魔法がかけられた
険しいキラッキラの茨道を、
花カゴ揺らしてご機嫌に歩いてく。


そして派手に登場した城主は、ハハハ!と楽しそうに笑いながら、全ての明かりをステージから奪っていった。


真っ青な立て襟に素性を隠し、
悪魔の赤い角までくっつけた深かぶりの黒から、いつでも見守る、強くて暖かい目を覗かせて。「お前は俺にかなわない」と誰より上手に台詞を喋る。


「さあ、これで永遠にお別れよ」


そして、なんとなーく。
勇者の剣で、
ひと突きにしてやった。


''大魔王と手下は去り、王国には数年ぶりに平和が戻りました''



大盛況の中を一度どん帳が下り、その僅かなスペースに出た赤ずきんが高く花かごを放り投げて、舞い散る花びらを浴びながらカーテンコールは始まった。


並ぶ私達を全照明が目立たせ、悪役の抜けた横顔を一列に照らしだす。大ウケして何度も何度もカーテンコールは行われた。

袖にはけては登場し、拍手の数だけお辞儀をして。でもどこかのタイミングで横を向いた時、目が合ったサボの笑顔を見てからは、ずっと幕の裏に居た。


「寂しくなんか、ないんだろ?」


「寂しくないよ。戦い抜いた自分を褒めてるだけ」


柄にも無く泣く私の頭を、察して追いかけて来てくれた優しい狼がずっと撫でてくれるものだから、諭されて、毒気が抜けていったんだと思う。


「サボは鈍いからな」


「ほんとそれ。知的な癖して肝心な事には気付いてくれないし…やる気出せとか無理に決まってるじゃん。なんで好きな人倒さなきゃいけないのよ。七年の最後にあんな恰好いいなんて酷すぎ。サボの馬鹿」



しかし。
盛り上がって振り向いた横にあったのは、狼エースではなく。キョトンと見下ろす大魔王の顔だった。




「……………ユメ?」




あの狼野郎…はかりやがった。


幕が揺れてるのはつまり、カーテンコールに夢中だった彼と、すり変わったと…そういう事か。


「待て、…待てって!」


無言で逃げようとした腕を掴まれ、無理矢理向き合わされた事で、涙は見せないポリシーまで崩されて。両腕を抑えるサボの手はきっと説明がつくまで離れないだろう。


精一杯目を逸らせたけど、
優しく頬を撫でる手が、まだ触れ合えた頃の記憶を連れてくるから、結局その姿を捉えようと目線が勝手に前を向く。



「俺はとんでもない勘違いを…何年もしてたみたいだけど。…今よく解った」



ああ、この顔は…どんな時の顔だったか。困った時のサボは、ここまで優しそうじゃない。

一番近いのは嬉しい時の顔だろうか。選手宣誓をした時の顔にも似てる。…でも。じゃあなんで、こんなに哀しそうにも見えるんだ。


すると夢中で見つめた視界が突然真っ暗になって、混乱の中、曲がりそうなほど身体がぎゅうぎゅうと軋み始める。



「俺、お前しか見てないよ」



それが彼の胸の中だと気付いた時には、もう唇が重なっていた。



「そ、そんな…だって、生徒会は恋愛禁止ってサボが決めたんじゃん!!」


「うん。でもたった今理由が無くなった。だからこれからはユメに専念する」




一方、その頃。
観客席ではどよめきの嵐が起きていた。

照明卓と舞台裏の操作室をジャックした兄弟により、大魔王が赤ずきんを抱きしめて何度もキスをするという滅茶苦茶なエンドロールを、舞台の薄い中割幕がシルエットに変えて映し続けていたからだ。

勿論、
私がその計らいを知ったのは、
この幕が上がってからの話。




「ほら、幕が開くぞ」



手を引かれて立ったセンターで軽くお辞儀をすれば、案の定、したのか?フリなのか?とざわめく観客達。

その疑惑に「さあどっちでしょう」と答えて花道を走り出す彼はきっと、自分の唇に攫った赤ずきんと同じ赤色がついている事さえ知っているのだろう。




【ロングラン上演中】



【千秋楽-センシュウラク-】
1 芝居・相撲などの興行の最後の日。千歳楽。楽日。らく。 2 物事の最後。終わり。

【戦術】
1 戦いに勝つための個々の具体的な方法。2 ある目的を達成するための具体的な方法・ 手段。


・花道
舞台から客席を縦断するように同じ高さで張り出したもので、舞台の延長としてここでも演技が行われる。舞台から一続きの廊下のように見える。

・ロングラン
舞台作品が長期間にわたって連続上演されること。

 


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