不思議な生物ばかりの未知の島に上陸してからというもの、ここにいる海の戦士達は目を疑う程衰弱しきっていた。 今までどんな戦にも倒れなかった屈強な男達が、たかが虫にやられるなんて思いもよらなかった。


まともな船医はユメ一人しかおらず、赤髪海賊団の大半の船員達を看病するので出航から数日間、忙しく動きまわり多忙の極みだ。


「体温計を作った奴を連れてきて欲しいぜ…なんで肉味にしなかったか問い詰めてやる」


鉄の味がして嫌なんだと検温の度にぶつぶつ文句を言うルゥ。初めは肉を噛む力も無いくせによく言うわねと相手をしていたが、何を言っても肉だ肉だとうるさいので相手をしない事にした。


ヤソップだって手がかかる。
安静にとあれだけ言ったのに気が付けば私の目をかいくぐって、朦朧とした意識のまま窓を開けて射撃の練習を始めるというとんでもない事をする。


優秀な患者はベンしかいないみたいだ。
症状は皆似たり寄ったりで高熱や頭痛、食欲もなく体に力が入らない状態だった。



そんな中、船員達は一つの砲弾の音にキッと顔を引き締める。こんな時に敵襲でもきたらどうなるんだろうと考えはしたが、まさか現実に起こるとは思ってもみなかった。


「こんな時に」


医療用の器具を角に寄せながら白衣を脱ぎ捨てて、甲板へと扉を開けてみれば、そこそこ名の通った旗がくっきりと目に写った。

海賊と名乗る男達はたかが病などで大人しくはしてくれないようで、病人達は次々とベッドから飛び降りてはいざ参戦とユメを通りすぎて行く。


皆の病状を一番把握しているのは当然看護しているユメ自信ではあるが、こんな状況下で海賊に“安静に”なんてぬるい事は通用しないだろうと複雑な想いが広がっていく。 そんな私が今できる事なんて患者のフォロー くらいしか見当たらない。



ユメは自分の弓を取りに走ると、医務室を兼ねた自室の窓から弓をしならせた。剣などの接近戦にはめっぽう弱いが、射手としての腕前は赤髪団一の狙撃手にひけを取らない程の命中率を誇っている。ユメはいつも通りの力を出せずにいる船員達を後方から支援すべく次々と矢を放っていった。


「あ、船長…珍しい」


狙いを付けた敵越しに、いつもなら始めから前線に出ることのない船長が本領を発揮している姿が目に入って自然と口元がゆるんでしまう。

一船の船長として嫌でも見直してしまう瞬間だ。 片腕の癖してあんなに華麗に戦うんだからどこまでキザなんだろうなんて思ってしまう。

ほらね、今のかわし方。


赤髪を視界に捕らえながらも腕は動かしていたつもりが、丁度船長が相手をしている敵と目があってしまい、しまったと思った時には引き金を引かれてしまっていた 。
相手の弾は半開きにしていた窓ガラスを砕き 、命中こそしなかったものの降り注ぐ破片は顔や身体を刻んで床へと散っていく。


残党も減り戦いに終わりが見えた事を確認すると、ユメは割れて意味を成さない窓を閉め、医療品が並ぶ机の引き出しからガーゼを取り出すとベッドに掛けて血を拭った。 別に戦闘で負傷するくらいなんて事ないのだが、面倒なその後を考えると気が重たくなってくる。

自分の傷よりも先に観たい人はたくさんいるが、面倒な事への予防線のために先ずは最低限の治療を自分に施さなければならないのだ 。


「よそ見なんかするからだろ」


ほら来た。 過保護な船長。

ずかずかとノックも無しに侵入してきて私の前に膝をつくと、消毒液の小瓶とガーゼを取り上げて乱暴に傷に当ててくる。


「あのねぇ、医者なんだから治療くらい自分でできるわよ」


何を言っても無駄なのは解っているので好きにさせながら溜め息混じりに文句を言う。


「大体よそ見なんてしてないわ」


「ほう。俺が感じた熱い視線は気のせいか」


こんな言い方されたら意地でも言いたくなくなってくる。仲間を守る為に闘う船長は格好良かったです、なんて。


「気のせいじゃないの」


「ユメの腕前はよく解ってる。お前が簡単に的を外すわけないだろ。大体…」


ああー、なんなんだろうこの話の長さは。
同じ内容ばかり繰り返して、年を取るとみんなこうなってしまうのかと。
うんざりする程聞いてきたので話の後半はいつも聞いているようで聞いていない。

お前に何かあったら誰が仲間を治すんだ。
お前は医者だ、戦わなくてもいい。
女なんだから傷をつけるな。

大体いつも言われるのはこの3つだ。私の射手としての腕をかったのであれば戦うなと言うのは相当矛盾しているのだけど。 なんといっても、“女なんだから” と言うのも聞き捨てならない。海賊になる覚悟をした人 間に男も女もない。傷を作るななんて馬鹿げている。
納得できるのは私に何かあれば誰が仲間を治療するのかという点だけ。

予防線とはこれの事で、私が自分の治療をしなければ仲間の治療にすら行かせて貰えないのだ。


「ちょっと何するの!包帯なんかいらないわよ!!医者が包帯巻いてるなんてカッコ悪くて外も歩けないじゃない」


少しは黙ってろと言わんばかりの沈黙に 、ベンはああ見えて重病なのだと嘘を言うと、それはマズいとあっさり諦めてくれた。あんなガタガタに包帯なんか巻かれたら恥ずかしくてたまったもんじゃない。

船員達の元へ戻って白衣に身を包むと、治療に加えて今回の怪我の治療に明け暮れた。敵襲こそなくなったが平穏なのは海原だけで安息が訪れる事は無い。


「そこの薬ちゃんと飲んどいて!戻った時まだあったら座薬ぶちこむわよ」


「勘弁してくれよ、あの薬くそ苦ぇんだ」

「文句言わない!普通の人間なら生死の境目なのよ!?まったく子供じゃあるまいし」


大きな子供を叱りつけては医療品などを取りに行くために倉庫まで何度も往復。怪我の治療に経過のチェック。それだけではない。器具の消毒や補充、やることはいくらでもある。

いつもの手伝い要員まで倒れているので仕事は医療だけにとどまらず、こうして普段の何倍も走り回らなければならなかった。

そんな日が数日続き、手を尽くしただけあって徐々に回復を見せる者も現れ始めていたが、それに引き換え過労と怪我からくる発熱で体力は限界に近付き始めていた。

それでも船長の言葉を思い出すと働かずにはいられない。

病魔が連れてきた憂鬱が、普段なら聞き流せる事も歪んで頭の中をループさせるせいで、
“戦うなと言うなら死ぬまで医療に専念してやる” と、ユメを意地にさせていたのだ。



やっとできた空き時間で眠気を飛ばそうと食堂に来ると、一度座ってしまったせいで動くのが面倒になり、眠気を飛ばすつもりが意識をとばしてしまっていた。


「そんなとこで寝るなよ」


空っぽの食堂に突然響いた船長の声で目を覚ますとユメは飛び上がるように立ち上がった。


「最悪」


壁に掛けられた時計は思ったよりも早く時間を進めていたようだ。
再びテーブルにうなだれて自分の予定が狂ってしまった事に盛大な溜め息をついていると、唐突に暖かいものが頬を包んでいく。


「医者じゃなくても熱がある事くらい解る。 少しは休め」


心配するのは解ってる。

ただ、イライラの原因が目の前で矛盾した事を言い、その上私を気遣っているんだと思うと、爆発しそうな程言いようのないストレスがこみ上げてきた。


「病人がゴロゴロ居るのに寝てる医者なんて聞いた事ないわよ!だいたい戦うなとか寝てろとか…じゃあ私は何してればいいのよ !掃除でもしてろっての?!」


「そうは言ってないだろ」

「ほっといて!!」


感情と一 緒にコップの水まで浴びせてやったのに、すっきりしないどころか相手の “困った” という表情に罪悪感まで湧いてくる。
その場に居られなくなったユメは何度か拳に力を込めると足音荒く部屋を後にした。




あれからしばらく避けていた事もあり、船長は話すどころか出くわしてすらいない。
別に船長に対しての暴言に後悔なんて無いが 、回復するどころか激しく悪化している所を見られたら益々らちがあかなくなるのが目に見えているからだ。

大体いつも行動パターンは同じなので鉢合わせないようにするのはとても簡単な筈だったのだが、予想もしなかった急患に今後のパターンが全く読めなくなってしまった。


「船長が倒れたですって?」


こんな時に一船の船長が倒れて何か問題でも起きたらどうするつもりなのか。まぁそんなにやわな一味ではないのだけれど。

副船長が倒れる程の疫病でも、移される事なくぴんぴんしていたあの船長が倒れるなんて。やっぱり普通じゃなくても人の子だったのかと、そんな事を思いながら自分の目で確かめようと船長室へと足を運んだ。


「…」

船長、と出かけた口をつぐむと船長室の扉を開けるなり棒立ちで固まってしまった。

本当だ。本当に船長が倒れている。
大きなベッドの上でうつ伏せのまま豪快に大の字を作っていた。

とりあえず熱があるのか確認しなければ。

寝ているならつべこべ言われずに済むし、 その方が都合がいいと声を掛けずに側まで寄ると、むこう側を向いているおでこに手を伸ばした。


「捕まえたぞ病人」


驚いて身動きできないのをいい事に、あっという間に立ち位置は逆転してユメはベッドに押し付けられていた。


どうりで熱が無いわけだ。
船長が倒れたと言うのは私を捕らえるためのデマだったのだ。


「遊んでる暇ないんだからふざけた事しないで!」


なんて事なく払いのける筈が、衰弱しきった体ではあまりにも無意味な抵抗になってしまう。こんなにも弱っていたのかと思うと、何も思い通りにいかない自分に悔しさが込み上げてくる。


「俺がいるだろ」

「黙って!」


歯を食いしばってみても堪えきれなかった涙が、次から次へと溢れては不本意に頬を濡らしていく 。


「戦線に出るなって言うなら、船医として命はるべきでしょ?戦う仲間と同じ様に」


この船がこんな窮地に陥る事は今までになかったし、 だからこそ今まで涙を流すことも無かった。

そんな一度も涙を見せなかったユメがこんなにも懸命に話しているのに、上に乗ったままの船長はただ困ったように笑って、乱れた前髪を耳に優しく掛けた。


「たまには甘えたらどうだ」


落ち着こうと必死に深呼吸を繰り返す体に染み込んだその言葉は、不思議なほど安心感があった。

張りつめた糸が切れて、身体中の力がベッドへ抜けていく。


「悪かった、もう戦うなとは言わない。治療も好きにすればいい」


船長の少し強引な優しさが嬉しいと感じるあたり、私は誰かに頼りたかったのだろうか。
そうじゃなければ、よっぽど熱で頭がやられてしまっているかだ。


船長の穏やかな瞳を見ていたら何をムキになっていたんだろうと馬鹿馬鹿しくさえ感じる。

いつもこうだ。

どれだけ目茶苦茶にあたり散らしても笑うだけ、更に優しさがそこに乗っかって、どんどん私が悪かったのが浮き彫りになる。


「私は皆と同じ様に戦います。 でも…無茶してすいません」



ユメにとって船長の言葉はこんな事を言えてしまうほど暖かいものだったのだけれども、やっぱりタダでは許してくれないのがこの船長だ。


「ただし条件がある」


涙を拭っていたところで急に課せられた条件。それは “治るまで看病をさせろ” であった。

綿密に言えば補佐、助っ人という所か、極力動かずに頼れる所は全て頼れという条件だった。

仲間の所へは俺が連れていく。
必要な処置以外は全て俺が動く。
少しでも暇ができたら休め。

一度こうと決めたら頑固なユメに対する船長なりの妥協策だった。いちいち担ぎ上げるつもりなのかと思ったら羞恥プレイもいいとこだが、そんな条件提示ばかりでうるさいところも今ばかりは悪い気もしなくて、たまには頼ってみようかしらなんて思えてくる。

そうと決まれば、まずはここに来る前の仕事を片付けなければ。



「船長」


急に切り出した事で面食らっているのか、両手を広げて、だっこしてくれと言わんばかりの私のポーズを見て固まってしまった船長に、皆のとこまで運んでくれるんですよね?と言うと、 くしゃりと笑みを浮かべて、こうか?とおどけて抱き締めてくる。


「ちょっと何するのよ!補佐でしょ?!真剣にやって」


「鉄壁が崩れるとこうも可愛いんだがな」


「もたもたしてたらベンが死ぬわよ?さっき目眩で何度も注射刺し直したし他にも薬が……………船長!!いい加減にして!お姫様だっこなんて頭おかしいんじゃないの?!」


「もう少ししおらしけりゃ嫁にだって貰ってやるのに」


「私にも選ぶ権利くらい有るわよ」


こんな人が旦那になったら女としての悩みばかりで、きっと10年後には白髪だらけになってしまう。


「いい加減船長ってのも辞めないか?副船長は呼び捨てだろ」


「ベンは話が合うからってだけよ!こんな船長でも一応敬ってるんじゃない……………痛っ!なんで急に降ろすのよっ!!早く連れてって!」


「名前付きで“だっこ“って言えるまでこのままってのはどうだ」


「シャンクスだっこ」


「たまんねぇな」


一度入ったスイッチは中々切れる事は無く、その日一日中ただニヤニヤと笑う船長が文句ばかりのユメを満足そうに抱き抱えて練り歩く光景が夜遅くまで続いた。


会話はあまり噛み合っておらず、既に船長の ペースに乗せられている事にユメが気付くのもまだ少し先の話のようで。


―なぁユメ 嫁にこいよ

―絶対嫌。




………………… end
さおりさんのリクエスト
戦える主人公の看病ネタ

 


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