たとえどんな投稿がこようとも…
書いてやろうじゃねえか…!
どんな無茶ぶりも応えて見せるっ…!

そんなスタンスで、
無茶ぶりリクエストに対し、
1000文字前後の全力で
3人の管理人が挑みます。
−企画 panic room!−

第二弾 採用お題
【いし(いじ)という言葉を
使って愛の言葉を囁く】
+
【100文字ずつ書いた物を
交換し合って残りを書く】




その男のその声は、
甘い音色を持っていた。

もう二度と会うまいと高を括っていたら見事に不意を衝かれ。全くもう、本当に。今日も世界は不条理だ。

運命とか、因果とか。
そういった物に囚われる時、こんな私でもそれなりに恐怖を感じる。

自由になって
不自由を感じるくらいなら
私は籠の鳥で十分だ。






緑の丘の上、
絵に描いた様な赤い屋根の家に住み、鶏が鳴く頃に目を覚まして暁を眺める私の一日は、日の出から日の入りの様に穏やかに流れる。


過ごす毎日が楽しい。
ぐつぐつ鳴る鍋の湯気に鼻歌を乗せ、小鳥達の囀りに微笑みを一つ。

昼間は街へ出かけ、
図書館前の噴水で借りた本を開き、水の弾ける音を聴きながら思いを馳せ。



水色の空に、蝶が飛ぶ。

そんな、絵に描いたように平穏な日々を過ごしていた。しかしそんな日々に突如として、さした彩り。


拾って貰った本が扉絵で開き、子供の悪戯で塗られたのであろう、黄色い筈のカナリヤを見て君は笑った。


「似てますね、貴方にとても」


青く塗り潰された隙間から黄色が覗く。そんな色合いを君に重ねて何気なく呟けば、そんなに可愛いものじゃないと目を細めて。


噴水の飛沫がその微笑みを煌めかせたのかもしれない。誰かがこっそり隠していた、秘密のオルゴールを見つけたような気分になり。私の毎日は輪を掛けて輝き始めた。




君が立つと言った別れの日。
触れぬ様にと、いつもは泳ぐだけだった君の手が、初めて私の頬を撫でた。

部屋の隅に綴じ込められた腕の中で、レースのカーテンが木漏れ日の様な輝きを溢すから、その幻想にあてられて、首筋まで手を伸ばしてしまい。

少し目を見開いた君は、引き返し方を頭の隅に追いやっていたのだろう。躊躇いがちに距離を越えた唇から、甘い溜息と名前がこぼれて重なり。ドキドキしているのは私だけだと思っていたのに、君の首に顔をうずめた時、同じような速度で脈打つ音が聞こえて蜂の巣にされた。


世界は広いと知りながら、小さな島で波風立てず幸福に暮らしてきた。だけど、穏やかな日々だけど、たまにはいいのかしらと自分を許し。私もまた、触れてみたい欲望に負けたのだ。


しかしその手が胸に触れた瞬間、突然すべてが妙にリアルになっていくのを感じて哀しくなり、儚げな君の温度を感じられた感動に痛みを隠して、泣きながらに抱かれた。絵に描いた様な幻想が、夢が、覚めてしまうと感じたのかもしれない。



さよならも見送りも無く、
別れを日常に乗せられるほど大人だった私達は元通り、直ぐにそれぞれの人生へと帰った。
異なる世界を生きる者達が、すれ違い様に微笑みあっただけ。



それでも私は、
幻想を見る事をやめはしなかった。

緑の丘の上、絵に描いた様な赤い屋根の家に住み、鶏が鳴く頃に目を覚まし、暁を眺める私の一日は、今も変わりなく穏やかに流れる。



あの日を思いながら毎日を楽しく過ごす。ぐつぐつ鳴る鍋の湯気に笑顔を思い浮かべ、カナリヤの囀りを、耳に残る甘い声と重ね。

街へ出れば、君の居た場所を通る度に本を読む姿が浮かび、「ねえ、その本には何が書かれているの?」と問いかけて、まだ彼はここに居るんだな、と。しばし微笑み、立ち尽くし。



虹色の空に蝶が舞う。

そんな絵に描いたような幻想の日々を、それはそれは幸せに過ごしていたのに。





「今日は本持ってないんだね」


「ああ。両手が空いてないと拐えないだろう?」




まだ同じ君なら良かった。

月日の流れは惑う君まで流したのか。あの日と同じ場所で、同じ本を拾ってくれた男は、扉絵の青い鳥のように美しくは映らない。


大切に大切に愛でてきたのに、綴じ込めていたのに、強気な言葉に桃源郷が崩れていく。



もう二度と会うことはないだろう。 いや、たとえそんな機会が訪れたとしても、二度と会うまいと思っていた。

しかしこの男は、カナリヤの甘い囀りには程遠い、色のある声で私をたぶらかし、連れ去ろうとする。運命や因果の残酷さに囚われるのはうんざりなのに、なんて世界は不条理か。


その手を取れば全てが突然リアルになる。胸ときめかせるのは青い鳥なんかではなく、愛した人なのだと。

去り行くかもしれないその日までリアルに見せて、幻想ばかり見ていたい私に闇まで見せる。そんなものを、誰が掴みたいと思うのか。

世界はさぞかし広いだろう。でも私はこの小さな島に居たいのだ。これを檻と言うのならそれでもいい。あの日の君がくれた幻想の中で、永遠に生きていきたい。

自由になって不自由を感じるくらいなら、一生を終えるまで籠の鳥でいたいのに。



「我侭に奪っておいて拐いもしなかった、あの日の子供な自分を悔いてる」



だから次は、
余す事なく。全てを、

「意地でも」



迷う事なく触れる手は、軽々しく私の惑いを追い越して、無理やり腕の中へ閉じ込める。

この男は誰なんだ。
あの日の君は何処へ消えた?



オルゴールが聴こえない。

あの木漏れ日も、
カナリヤの囀りも、
噴水の飛沫も、
あの日のようには輝かない。

そう知っているのに。
解っているのに。

過去の温度を返さない真逆の熱が
意思に反し、あの日、
置き去りにした心を融解していく。



【 Fatal of the Opera 】



オムファタルか怪人か。

目の前には、
幻想を無惨に打ち砕く、
私の知らない君がいる。






ファムファタル (仏:Femme fatale)
男にとっての運命の女、運命的な恋愛の相手、もしくは赤い糸で結ばれた相手。 また、 男を破滅させる魔性の女(悪女)

オムファタル (仏:Homme fatal)
運命の男。あまりにも魅力的で、引き付けられずには入られない危険な男


 


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