この壮大な船の上で、連日続くとある出来事が噂となり船員達を騒がせていた。
「南国さーん!!」
「その呼び方はやめろよい」
ユメがこの船の一員となり、クルー達と打ち解けるようになってからだろうか。女が乗ったと言うだけでも充分なビッグニュースなのだが。誰がいつ見ても、ユメが一番隊隊長の後を着いてまわっているのだ。
「じゃあマルコさんね」
「さんは要らねぇよい」
隊長に春が来ただとか、ユメは隊長が好きなのかとか、二人が視界に入る度にそんな話で持ちきりだった。
マルコ自身もそれだけ騒がれれば知らない訳が無かったが、こうしてなついてくるユメを引き剥がす理由も特にないので、そのまま好きにさせているのだ。
とはいえ、寝ても覚めてもつけ回してくる事に疑問を抱くのは至って普通の事である。
「なんで俺をつけ回すんだい」
ヘラヘラ笑っていたユメが一瞬ぎくりとした顔をする 。
「企業秘密です!」
バレてはまずい。
この計画が台無しになってしまう。
「俺に自由はねぇのかよぃ」
まったく話す気のなさそうな笑顔に呆れて溜め息をついた時、丁度後ろから重なる様に声が響いてきた。
「またつけ回してんのかよ」
聞いただけで心臓が跳ね上がるその声に幸せを噛み締めながら、待ってました!と言わんばかりに勢い良く振り返る。
「エース隊長!!」
その帽子も、そばかすも、意地悪そうな笑顔も、全部が眩しく見える。これほど逢いたい人なのに心が耐えられなくて、目を背けたくなってしまうなんて本当に勿体ない。本当はいつでも思い出せるように、どんな表情も見逃したくはないのに。
「隊長は要らねぇって言ってんだろ、しっかし本当にチビだな」
頭をぐしゃぐしゃに荒らしていく手に、心臓まで掻き乱されているみたいで体温が上がっていく。
「ちょっ…!ちゃんと毎日牛乳飲んでますっ!」
「あー腹減った」
こっちの気も知らないでなんて奔放な人だ。好き放題に絡んで楽しそうな余韻を引きずりながら、 メシだメシー、なんて言いながら早々と去って行ってしまった。
「マルコ」
「なんだよい」
「私達もご飯たべよ、マルコもまだでしょ?」
私は煮え切らない返事をするマルコを捕まえて、急いで後を追いかけた。
扉を開けると広がる大きな食堂。いつもの席で沢山の皿を並べ、豪快に食べる後ろ姿は遠目でもかなり目立っていた。
もし私が一人だったら、とても隣には座れないだろう。でも、マルコと居れば。一番エース隊長に会えるチャンスがあって、当然のように彼の隣に行く事ができる。
今日も会えた事が嬉しくて、彼の背中までの道のりが花道にすら見えた。
しかし、そんな二人を見つめる周りのクルー達の思う事は、やはりひとつしかなかった。なんせその光景はどう見たって “大好きなマルコ隊長と食事ができるなんて幸せ” そのものなのだ。
思惑通り隣に座ってグラスに口をつけながら、急に皿の中に沈んでしまった彼の寝顔や、ゆらゆら揺れるフォークを持ったままの手なんかに、釘付けになっていたその時だった。
「お前らはできてんのか」
大声で発せられた、からかい半分の野次をきっかけに、予想外の言葉が飛び交いだしたのだ。
「いや、あれはユメの一方通行だろ」
「惚れてんなぁ」
「違うだろ、フラれてんだよ」
そんな風に誤解されていたなんて目からウロコだった。 信じられない程の危険なワードに、焦りでどんどん追い詰められていく。
それはそれは凄いヒートアップだ。この騒ぎに、いつエース隊長が目を覚ますか解らない。
更にそこへ、ただでさえ冷や汗な私を窮地に追いやる一言が隣のマルコから、とどめを刺さんとばかりに発せられた。
「いい加減ワケを話せ。周りがうるせぇよい」
食堂は一気に静まり返ってしまった。クルー達はなんとも楽しそうに固唾を飲んで見守っている。
ここまで追い詰められてしまっては、いつまでも黙っている訳にはいきそうにない。なんせマルコの協力あってこその作戦なのだ 。
できれば話したくないけれども。どの道迷惑もかけているし、このままでは長くは続かない。
勢いよく立ち上がって手首を掴み、ヒューヒューと盛り立てる口笛と、告白タイムだと騒ぎ立てる歓声をくぐり抜けて、再び甲板へとマルコを引きずっていった。
「あのー…聞いても…怒らない?」
「話によるだろうが」
まるで意中の人に告白するかのような緊張感。いや、告白は告白だけれども、これはどちらかと言うと犯人の自供のような気まずさがある。穏やかな波の音に気を落ち着けて、私はその場に座りこんだ。
「下心なの、ごめんなさい」
まるで理解されていないだろう証拠に、しばしの間沈黙が続く。
「マルコの側に居たらエース隊長に会えるから。笑った顔が、近くで見てたくて」
怒っているのだろうか。尚も続く沈黙が怖くて、とても振り返る事なんてできなかった。
「……ごめんなさい」
「だとよい」
妙にズレた返答に一瞬ハテナが浮かぶ。ユメが振り返ろうとしたその時だった。
「可愛い事言いやがって」
突如襲った後ろからのタックルに、膝を抱えて座っていた身体が前に転がりそうになる。
「…へ?!エース隊長!?!!」
意地悪そうなこの声は紛れもなくあの人だ。後ろから抱きつくエース隊長の頬が自分の頬にくっついて、まるで猫か犬にほおずりでもするかの様な扱いに失神してしまいそうになる。
回想すればする程、誰が聞いたってそのセリフは告白のようにしか聞こえない。
「いや!あの…違うんです!!」
「 俺に会いたかったんだろ?」
ストレート過ぎるこの言葉は、私をからかっているんだろうか?それともただの素直な疑問なんだろうか。
「んな事しなくても会いに来てやるさ。なんなら俺がつけ回してやろうか?」
「絶対イヤです!やめてください!」
「まったく勘弁してくれよい」
今日一番の悪い顔を見せるエースと、慌てふためくユメ。マルコからしてみれば、人を散々追い回しておいて自分が追われるのは嫌だなんて叫んでいるのだ。溜め息がでるのも無理はない。
勿論、 マルコはそんな二人を放っておけないのだけれども。
「さて。俺の隠れファンだったって自慢してくるか」
「それだけはやめて下さいっ!!!ちょっとマルコも止めてよ!!!」
「もう勝手にやってろい」
「マルコの裏切りものっ! 馬鹿パイン頭ー!!…あっ!エース隊長待って!」
宣言通りユメの側を離れないエースと、呆れたマルコを盾に走り回るユメの姿は、影で皆にカモの親子と呼ばれるようになり、更にモビーディック号の明日を騒がせていくのだった。