企画サイト提出作







届け物の途中、花見客で賑わう幅広の道を睨んで立ち止まった。この道を行かねば、三年もこの酒の入荷を待った客の元へは行けやしないのに、普段より賑わい、浮かれた人々が障害物のように点在する。



「ああ、こんな日に」


花びらを追う無邪気な子供達を眺めて、溜息をひとつ。しかし行かねばと腹を括ったのだが、そうして深呼吸をしたばかりの背に、突然タックルを見舞われた。

まだ踏み出してもいないわよと慌てて包みを抱き直し、そのまま走り抜けて行くリーゼント野郎の背を睨みつける。

これは先より強固な決意と忍耐が必要だと改め、注意深く踏み出した一歩。しかし早速第二の難関が訪れた。
真横すれすれを追い越して行く半裸の男が、思わずよろめく程、オレンジ色の残像を残して消えていく。


中々にいばら道だと、普段ならそれで説明がついた。しかしこれが異常であるという証明に、花見客と道を挟んで咲く桜の色、その背を埋める白雲と快晴の中に、まばゆい何かが線を引いていく。空の青より際立って光る、水色の…鳥。



周囲は花見に夢中で、誰も気が付きはしない。ただ私だけが取り残された様にその異変を感じ取り、初めの男達が消えていった方角へ落ちていく、彗星の如き鳥を見つめ。

そして数秒差の強風に煽られた八分咲きが不穏に揺れた頃、追い討ちをかけるように近づく複数の靴音が、落ちた花びらを巻き上げながら容赦なく私の体を通り抜けていく。ゲラゲラと笑う男達はそれぞれ、町で誰もが知るマフィアのトランクを抱えていた。





とんでもない事をしでかした連中に、今後の生活の不安が過ぎる。頭が真っ白になった私は、遂に最後の一人と派手にぶつかり、持っていた物を全て落とした。

割れた瓶はがしゃがしゃと足元に積み重なる。しかし接触した女が、私を抱き寄せて身を返し、飛び散る破片と赤ワインを瞬く間に遮断する。限界まで高まった鼓動はそこで止まった。


「おっと悪いね」


男。紅をさした、男だ。

目が合った瞬間発せられた低音に、目まぐるしかった世界が連写さながらのストップモーションを起こした。

肩を抱き全てを庇っていった男の目元を、幾筋もの乱れ髪が優雅に靡く。それだけが動を許し、命ぜられたように静を貫く私を、まるでいい子だとでも言う様に、微笑んで再び駆け出していく。

そして桜並木の数メートル先で、男は突然振り返った。 唇を綺麗に釣り上げて、放り投げたトランクに、花火の様な二発の銃声を轟かせ。


「さい…、待って、待ってください!」

街の奥からリレーする歓声が辺りを包み、鳴り響く拍手と共に、空からは大量の札束が降り注ぐ。
掠れる声を搾り出し、同時に踏み出した私は、赤が散った和服の裾を捉え、既に全力で駆け出していた。



あの男の近くにいきたい
たとえどんな手段を使ってでも、
それで計算高いと言われてもいい。
何に成り下がったって構わない。

迷えば後悔すると衝動が言うのだ。この世界で私だけがみた胸騒ぎを逃す訳にいかない。


息は上がる、止まる。
どれだけ腕を振っても、いくら大きく踏み出しても届かぬ距離。それでも「見ろ、無にしてはならない」と木々は騒ぎ立て、形振り構わず走れと手を振る。このまま酸欠で死んでも足が朽ちても、あの光を追わねば。今は瞬きすら疎ましい。

眼球に当たる風は瞬く間に世界を滲ませる。がしかし、泡色の中で鮮やかに映える赤までは奪えやしなかった。


「釣りはいらねぇぜ?」

「違う、足りない、」

切れ切れにそう言えば、滑稽な姿を見ていた流し目が開き、見え透いた嘘をからからと笑う。そしてもう走れやしないだろう私の腕を掬い上げるように掴むと、望んだ通りに、助走を越えた疾走へ私を連れ出した。


「時間が無いんでね。残りの支払いはウチで済ませて構わねぇかい?」


嗚呼、動悸は、
この瞬間を予知していたのだ。
落ちていく、引き込まれていく。
いざ私の最速を上回る速度の世界へ。

花吹雪にドラムロールをのせ、
今、始まりの風が吹く。



 


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