16同盟設立祝い提出
自室の天井角に張り付き、若い盗賊がベッドの銃へ手を伸ばすのを見守る。しかしそいつは。
「それを持ち帰らねばどうなるんだ?」
意思に反して動いているように見え、最後のお節介が働いた。
私が見た僅かな光を、親父なら見抜いてくれると思ったのかもしれない。
なんと言われたのかは解らないが、名目は家族となり、納得しきらない本人を差し置いて、愛銃を盗もうとした若者は、直ぐに仲間となった。
「そう尖ってくれるなよ」
肩に置こうとした手を叩き落とされ。子供から大人の境目を迷う、そんな年頃だろうか。口がきけないのか、何も話そうとはしないが、抵抗や反発といった態度だけは示す。睨んだり引っ掻いたり、まるで威嚇する猫みたいだと思った。
「え、さっきユメ隊長が俺に食えって出してくれたんじゃないっすか?!」
「うるせぇ、わけっこだわけっこ。全部持ってかれちまったから食材がねぇんだよ」
野良猫を懐かせるなら餌かと、サッチから皿を奪い、半分より分けて目の前に置いてやれば、必死にかき込む目には涙。
線の細い体、長めの髪、これで飢えているとなれば、まともな扱いなんて受けちゃいなかったのだろう。
自室に住まわせて数日経っても話す事は無かった。ただ無言ながら、荒くれ者の猫が私にだけ懐いたのは解り。餌の次は風呂かと連れ出して裸になった時は、初めて男だと知って驚愕した。
慌ててタオルを巻く私を小さく嘲笑い、本当は話せるのだという事も、名前もこの時初めて知った。
イゾウは時折天井を睨み、爆発しそうな何かを必死で堪える、自由になりたい と叫べない、子供のような顔をする。そして夜は決まって寝床で震えた。
それをいつしか、女を捨てたいと願った過去の自分と重ね。震える体を毎晩抱きしめてやり、撫でながら、今ならあの日の私を救ってやれると。
「女々しいな。一生そうやって生きるのかイゾウ。自分を救えるのは自分だ」
殻を破ろうとしない事に沸を切らし、そう言った日。睨み付けて飛び退いたイゾウを一人残して、このチャンスを掴んで欲しい一心で夜を走り。目指した廃工場で、盗賊共を前に拳を振り上げていた。
察してくれるかも、
追って来る確証も無かった。
しかし、
この行為は無駄に終わると思った時、マズいと思うより先に、シャッター隙から人影はさした。
「早く戻れイゾウ。……おい忘れたか?俺らは仲間だよなあ。さっさと来ねぇとまた泣くハメになるぜ」
「黙んな」
一陣の風は吹いた。
食いしばった歯、血走る目。
私の懐から愛銃を抜き、
守るように立つ激情の男は
別人の様に勇ましく。
「俺は今から自由を手に入れる」
見ててくれと。
銃口を向けるその横に、立ち上がれぬ私の腰からサーベルを抜き取ったサッチが並び。
「そういう事なら俺も連れてけよ」
「悪い。手伝えサッチ」
「てめぇ喋れんじゃねぇか」
「聞け。あいつは死んだフリをかます。殺るなら一発で。その横の奴の刀は毒だ。後は雑魚。でけぇのは影武者だ。ひょろいのがボス。…ケジメだ、俺がやる」
「気ィつけろよ」
「ああ。てめぇも」
我武者羅に、不器用に血を滲ませながら男へと変わっていく二人の背中は、白ひげの名に恥じぬ輝きを放ち。
これでなんの心配もなく船を降りられると、感動の中でかつての先代を思い出していた。
「平凡な女になりたいんだ。だから私は私を救うために、我が道を行く」
別れの朝、親父に
行ってきますのキスをした。
皆には溢れる感謝と愛を。
サッチには刀と、レシピを。
イゾウには先代からの銃と、
「聞けえええ!!これより16番はイゾウに託す!」
誇り高き、この番号を送る。
可愛い奴めと溢れる涙を拭いてやり。懐から、赤い口紅をかざした。
「赤紅を塗る女の心理が解るか?自信の象徴、強気になれるんだ。戦闘モード!って。……ほら…強そうだ。今のイゾウ」
「お前は似合わねぇ」
額をあわせ、
互いに滲む涙を飲み。
後は、
紅さし合う瞳に決意を乗せて。
「さて。スカート買いに行かなくちゃ」
おどけて笑う女の背を
いつまでも手を振り、見送った。
しかし、海賊が来たと石を投げる島民は、容易くはないという未来を示唆する。なりたいと願っても中々に叶わないのだろう。
それでも、変えられるのは自分だけと信じて。赤い紅に背を押され、押し寄せる荒波を戦っていこうじゃないか。
なぁ、ユメ
「俺は行くぜ、何処までも我が道を」
-No.16-
天には祝福の空砲を。
託されたものを背負い
黒髪を靡かせて。
今日も決意の紅は、弧を描く。