とある富豪の依頼を受けた。
「ユメという画家は、島イチの腕と聞いてな」
そう言ったレイリーという男は、四人の男の肖像画を描いて欲しいという。黒髪の大きな髭の人、ひとつは自分、後は少年を二人。
直ぐに立たねばならないというので、期限は長くて明日。少年二人を後に回して1人ずつ招き入れ、まるで玉座の様な椅子に掛けてもらい、急いで筆をとる。
魂は込めた。いつも通り。
何も変わらない。
普段通り淡々と。
安定の仕上がり、良いできだ。
大男二人を描き終え、次に控えるは少年二人。次は赤髪の男の子だった。
「落ち着かんな」
詰めた襟首を緩ませようとするので凝視すれば、言わんとする事が伝わったのか、彼は静かに窓の向こうを見据えてよろしく、と言った。
「先に仕上がった絵を見たんだ」
視線はそのまま、
薄く唇だけが揺れた。
多分さっきの男達の絵の事だろう。
次の瞬間に絶賛か批判か、きっとそのどちらかを言われる。しかし見方は100あるし、画家である以上評価はされる。だから特にどちらを言われてもなんでもよかった。
「楽しいか」
楽しい?
楽しいってなんだ。
淡々と描いていた筆が止まる。
彼は視線はそのまま、薄く唇だけを揺らして、なぁと催促をする。
「楽しくなかったらやんないと思う」
そうか、
とでも言うだろうと思ったが。
窓の先を眺めながら笑うその姿は、まるで何処かの暴君王のように見える。一切目は合わない。だがいつまでも私の返事を笑っていた。
「そうは見えなかったんだ、先の絵も目が…」
''目が違った''
今まさに、この男の目を描こうとしていた手は、次こそ静止した。
「私は…好きだ。けど好きじゃない?…楽しくなければやってない…楽しいのかな」
淡々と、淡々と。
ずっとそうして空っぽで描き続けてきた。だからそんな質問を自身に投げ掛けた事がなかった。
ただ試行錯誤で、
もう一度彼の目に挑む。
が。どうしてか、
流れる様には進まなかった。
「ユメの描いた目は、ユメの目にそっくりだった」
三枚目の肖像画は仕上がった。
出来は、よくわからない。
言われたからか、目には異常な力を入れたが、このシャンクスという男の瞳を全て描けたとは思えなかった。
「てめぇいつまで時間掛けてんだこの派手馬鹿野郎めが!」
「あ、すいません。今お呼びしようと思ってたんです。席を変わってそちらに」
バギーというこの男は「さあ描け」と言わんばかりに王の如くマントを翻し、杖を付いて正面を、挑むように私を凝視した。
「おいバギー、正面からだと鼻がでかく見えるの解ってるのか」
「誰がデカっ鼻だとこのスットンキョーが!ああ?」
「描けません、こっち見て下さい」
先と同じポーズに戻るよう視線をこちらに促しはしたが。私の体を飲み込む様な、挑む目はなんなのか。この瞳の輝きの前には私しかいないのに何故、こんなにも光っているのだろう。
全てを描き終え、最後に目を入れた。しかし、やはり。私が見たままに描き移すことはできなかった。
「終わりました」
シャンクスという男は、
後ろでその仕上がりをずっと静かに見ていた。
立ち上がったバギーもまた、その出来栄えを見るために後ろへ周り、舌打ちをひとつ。絵をバラバラに切り裂いて「鼻がでけえ」とヒステリックを起こした。
「すいません、描き直しですね。返金しなければ」
「いや。いいさ。俺達はついでのようなもんだ」
手を叩いて笑う赤髪が、暴れる男を宥めながら横目をくれる。するとヒステリックを起こしていた男が突然あの目をした。
じりじり歩み寄り、鼻もでけえが、目が気に入らねぇと。
散らばった、バギーという男の肖像画は、パズルのように床に広がる。それを一枚一枚広い、少しずつ当てはめながら何故だろうかと静かに考えたが、答えは出なかった。
「これはどのへんだ?」
「それはこの鼻の右上の部分ですね、大きい赤がこうなってますので」
「派手に散らしてやろうかてめぇ!誰の鼻が」
福笑いのように繋ぎ合わせた絵の目をみれば、やはり普段の安定の仕上がりなのに、彼の煌めきは映していなかった。
一日で仕事は終わった。
少年二人は受け取らなかったので、富豪の男二人の肖像画だけを渡して。
そして去った後
直ぐに海へ出向いた。
答えの出ない不思議な「何故だろう」を消したくて、人間以外を描きたくなったのかもしれない。しかし波を描いていた私の視界を遮ったのは、さっきの少年二人だった。
「さっきは世話になったな」
「ごめんなさい、期待に応えられなくて」
「そうだ。てめぇはもっと俺様をスマートに描きやがれ」
「練習します」
じゃあな、と去る二人を見る事なく、私は夢中で筆を握った。背後から聞こえたシャンクスの最後の一言を、いつまでもいつまでも消化できず、何年も胸に宿したまま。
そして私は、
遂に世界一の画家になった。
他の誰かがではなく、
私が私を世界一と呼んで。
''お前ならきっと描けるさ''
ええ、描いてるわよ。
大きくて、壮大な絵を。
航海をなぞる大きな一筆で。
「ユメ大佐!!!
いました!情報通り2時の方角に……レッドフォース号とビッグトップ号です!!!」
「小舟を出して。すぐ戻る」
彼らを本物の富豪一家だと思い込んでいた私は、久しく見たブラウン管を覗きこんで驚愕した。
海賊であったと知り、描けなかった目の謎を、輪を掛けて益々追い掛けたくなったのが始まりだ。
そして私は海に出て知った。
確かにあった「描きたい」という気持ちは、きっと、もっと違う次元で、違うレベルであったのだと。
それからはたくさんの絵を描いた。
穏やかな船出を、争いの海を、稲妻に割れる天と嵐の航路を、仲間達と何処までも共に乗り越えて。
そして鏡を見たんだ。
ある日、自身の目を。
するとその目は、
あの時描けなかった、
映しきれなかったあの輝きだったんだ。
「海軍大佐が単身で何の用か……………ユメ?!」
古い友人だと告げ、訪れている筈のバギーとシャンクスに会いに来たと言えば、直ぐに奥へ通してくれた。
「捕まえに来てくれたのか?」
貴族の様な格好をしていた少年は真逆の海賊を纏い、全身でその確かな風格を漂わせ、懐かしむ様に微笑む。
それにつられて微笑む私は今、自信に溢れ、彼らと同じステージに立ったと確信した。
「いや、目を描きに来た。あんたのもね」
懐から出した紙を広げて見せる。
あの時受け取らなかった、
若かりし頃の二人の肖像画。
「あれ?これはどっちだ」
「それはデカイ赤のが上向きで鼻のこのへんだろ」
「誰の鼻がデカイだと?もう一度言ってみやがれこの派手馬鹿野郎共」
床に広がる肖像画をパズルのように当てはめながら、時折かち合う数年ぶりの瞳に、互いに微笑み合う。
世界に偉大な画家が三人いるとするならば、間違いなくこの二人だ。そしてもう一人は、その横に並んだ、この私。
【画伯】
企画45min.より
国語辞典・本のページをランダム指定してもらい、そのページのワードから一つを選んで
「45分以内を目標」に、指名されたキャラで一本書くという、深夜のテンションに任せた突発的企画。
【画伯】
1 絵画の道にすぐれた人。
2 画家の敬称。
多く、接尾語的に名の下につけて使う。