「全部引っくり返してやる」と静かに目を光らせたローの横顔を見ていた。そしてきりりとした目の端と、上がりめな口元からナイフのような切れ味を感じて、コーヒーをひとくち、目を逸らす。昔の優しい日々を切り裂くようなその表情を、見ていられなくて。



頑張ってね?応援してるわ?
じゃあ私、それを隣で見てるから?

ローの呟きに対して私が掛けるべき言葉はなんだろうと考えた末、どの言葉も当てはまらなくなったわと、普段通り沈黙を選ぶ。選んだんだけど。


「後ろ姿、最高に恰好いいねー」


気にもとめず置いていく背中が相変わらず恰好良く見えて、ひとり言のように呟いていた。

珍しく振り返ったローは案の定、無表情で全く心が読めない。ただなんとなく、本当に珍しく振り返ったものだから、寿命が伸びる説をためす、行ってらっしゃいのキスを一方的にして、言葉を交わぬまま見送った。



ローがどんなに綺麗な女の人に触れても心が痛まなくなったのも、帰りを待たなくなったのも、真夜中に抜け出した私を追ってこなくなった事も、全部痛くない。無痛だ。平気だ。
さっきの一方的なキスだって、無痛だったから、私って愛が返ってこなくても平気なエコな女ね、と思っていた。


でもじゃあ、なんで近頃はあの光る目を見ていられないんだろうか。

いつもと何かが違う今日、
延々続いた平穏が嘘のように、
すぐに答えが降ってきた。



変化を好む君と、それを嫌がる私。私は変化を恐れるあまり、変わっていく自分にも目をつぶっていたんだ。

無痛になったんじゃない。立ち上がれぬ程痛かったから、傷つかない様に恋心を捨てたんだ。
それでも輝く過去に囚われて、それすら切り裂こうとするあの眼光が怖かったんだ。



「ああ、そうか」


気が付いてしまった悲しみは爆発的に、高速で止めどない苦痛を連れてきた。抱えきれない大きさで、立ち上がれぬ程の衝撃に飲まれて、カップを落とした自分の手のひらを見つめた。これは恋じゃない。だけどもう、ここに愛はない。





自分の変化を知った朝、私は赤いアスター咲き乱れる陸地へジャンプした。

海と陸地を挟むほんの少しの飛距離、皆の多彩な表情とローの顔がはっきりと浮かんで、ハードルを乗り越えるようなフォームで、いつまでも空を飛んでる気にさせた。

一面に赤色を敷き詰めて、線の先に浮かぶサブマリンの黄色が太陽よりも輝いて見える。


そのしつこさと言ったら、
それでもそんな君を好きでいたんだよと、ポーカーフェイスな誰かに繰り返す自分にそっくりだった。




そこに居ると、
思い出が壊れてしまうから。
私が大事に持って行くね。




アスターメモリー




赤アスター/変化を好む

 


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